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『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)静岡県女子師範学校郷土研究会編 1994年 ③ [読書記録 郷土]

今回は、11月30日に続いて、静岡県女子師範学校郷土研究会編による
『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)3回目の紹介です。



出版社は羽衣出版。静岡の出版社です。
素晴らしい本です。
採話してきた学生さんの苦労を考えてしまいます。



今回は、本多みちさんが採話した浜名郡神久呂村神ケ谷(現浜松市)の
「弥三郎婆さ」の話です。 

「弥三郎婆さ」の話、内容の違いこそありますが各地に残っているのではないでしょうか。







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☆『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)静岡県女子師範学校郷土研究会編 1994年 ③

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1山男、山婆、巨人、天狗の話 続き
        
(4) 弥三郎婆さ    (浜名郡神久呂村神ケ谷・現浜松市)


 昔、弥三郎婆さといって、実に物凄い婆さがあった。


 額には幾条かの溝のようなしわがあり、顔は赤銅色をして、口は耳まで裂けていて、銀
色の髪はいつでも肩まで流れていた。

 そして、前にたれかかっている髪の毛の間から、鋭い目を光らしてこっちを向いて笑っ
ている有様は、恐ろしいといってよいか、気味が悪いといってよいか、とにかく縮み上が
ったといわれた。



 村に葬式があるという時には、墓地のある物陰に隠れて人々の帰るのを待っていて、見
送りの人々が帰り終わるや、実に物凄い笑いを浮かべて辺りを見回し、つかつかと新墓標
に近づき、いまだ線香の煙の立ち上っている小高く積み上げられた新墓を、無造作にかき
のけて棺のふたをほかし出し、中から死人をずるずると引き出して手足をもぎり取り、次
第に横食いにむさぼり食う。


 そして血に染まって真っ赤になつた手や口の回りを、きれいになめつくし、舌鼓をなら
して墓地の奥深く消えていくそうである。



 また、時には人家近くへ入り込んで来て、付近で遊んでいる幼児を、墓地へ運び去って
食ったといわれている。


 村人は、婆さの恐ろしい行為に生きた心地もなく、互いに警戒をしておった。


 村としてもそのまま捨ておくことが出来ず、そうかといって弥三郎婆さを退治すること
は、誰も気味悪いことに思っていたのでなおさら出来ず、ただ、こちらで気を付けねばならないという事になって


「夕方は一切子供を外に出す事はならぬ」


という命令を出した。


 これが出なくても互いを気を付けていた事とて、夕日がまだ傾かないころに、もう子供
は申すに及ばず、虫の子ひとつ外で遊んでいるものは無かった。




 こういう訳で、かの婆さは近ごろ食に飢えて、いよいよ当地では駄目だと悟り、場所替
えをしようとして、夕刻、富塚村へ向かってちょうど西来山まで来た。



 神ケ谷の某はその日、用事のため浜松へ出て帰りかかると、はからずも西来山で、この
婆さに行き会ってしまった。


 某は大いに恐れおののいて、何でもこの婆さのご機嫌をとらねばと思って話しかけた。


「お婆さ、どこへ行くでぇ」


「富塚まで用があって」


「こんな雨降りの晩にゃ止しゃいいに。俺が背負って行ってやるで、家へ帰りやいいじゃ
 ないか」


 婆さはしばらく考えていたが、あまり男が親切に言ってくれるので


「それじゃなまじ家へ帰らすか」。


 そうして某はその恐ろしい婆さを背にして西来山から村の方へ向かった。


 婆さは、男が親切にも背負ってくれたものだから嬉しくてたまらず、いろいろと話しかけた。


「お前にゃ嫁があるけ」


「俺にゃ嫁なんかなくて」


「それじゃ、わしがひとつ良い嫁を世話してやらっか」


 男は恐ろしくなって、こんな婆さに世話してもらってはどんな事になるか判らない。断
るにしかずと思って 


「おら、嫁なんか欲しかねぇで、いいて」


 すると婆さは


「なぜいやだ」


と言いながら長い爪を立てて、背中でも頭でも手当たり次第にかきむしるので、某は、ま
すます震え上がり逃げるに逃げられず、そうかといって、このままこうしていれば身体中
傷だらけになる。


 進退ここにきわまって、先はどうなってもまず急場の逃れ道と思って


「それじゃ、ひとつ世話しておくれ」


と言うと、婆さはそれを聞いて大変喜び


「それじゃ何日に嫁を連れて来るで待っておいで」。


 某は、いよいよ返事に困りどうすることも出来ず、ただ黙っているより仕方がない。

 そうしているうちに二人は此故にさしかかった。(此攻は神ケ谷のすぐ東にある坂)

 坂の中途に南へ折れる道があって、それは墓場へ通ずる近道である。

 婆さはここまで来ると


「わしはここで別れるほうが近いで」


と言って、某の背中から下りて


「ありがとう、では何日には間違いなく」


と間道を墓場の方へ急いで行った。



 某は、婆さと別れてほっと肩荷が下りた気はした。

 けれども何となく心配になってならなかった。


「とんだ事になってしまった」

とつぶやきながら大急ぎで家へ帰って、さっそく近所の人に寄ってもらって、鬼婆さとの
いきさつを詳しく話して、何かそれを防ぐための名案を求めたが、なかなかこれといった
工夫も出なかった。



 そうこうしているうちにその日が来た。


 近所の人々は一同家に集まって、霊験あらたかな心経や念仏を一心に唱えて、弥三郎婆
さが不吉なものでも持ってこないように祈っていた。


 夕刻になると、一天にわかに墨を流したようにかき曇り、電光さえ白昼のごとくひらめ
き渡り、雷は鳴り、打ち上げるような大粒の雨が降る、実に物凄い空模様となってきた。


 人々はどうなることかと生きた心地もなく、ひたすら百万遍を唱えて、事なかれと祈っ
ておった。すると俄然、電光とともに破れ響きわたるような音がして落雷した。



 一同ははっと思う瞬間、失神してしまった。



 しばらくして正気にかえって辺りを見ると、これはいかに、座敷の真ん中には白木の箱
がちゃんと置いてあるではないか。


「おおかた、あの婆さのする事は、こんな事だろうと思った」


と一同は呆れ果てて棺を見守るばかりであった。


 そのうち、それでもと思った一人が、白木のふたを外してまたもや驚いた。


 中には歳が17、8の目も覚めるような長者の姫君とも思われる娘が、正装してまるで
眠ってでもいるように静かに横たわっていた。


 人々は意外に自分たちの想像をすっかり裏切られた気持ちになったものの、初めて弥三
郎婆さの心底がどこにあったか分かるようになった。


 すると突然、今まで死んでいるものと思っていた娘が、ぱっちりと目を見開いて、夢か
ら覚めたように不思議そうに辺りを見回した。


 人々は、ますますその奇異に驚きの目をみはり、娘の顔をうち眺めた。娘は人々に向か
って言った。


「ここはどこだか、またどなた様のお家だか、私にはちっとも見当がつきませんが、私は
 某地の某長者の娘です。昨日まで何ともなかったこの身体が、夕方になると急に気持ち
 悪くなったと思うとそのまま眠ってしまいました。頓死したのでございます。そして今
 日の午後、葬式まで済んだ私が、ただ今、今一度生き返ることが出来ました。これもご
 当家があればこそ蘇生したのでございます。ご当家様は私にとっては再生の恩人です。
 このご恩は決して忘れません。厚く御礼申し上げます」


と自分を生き返らしたのは当家の某なりと信じて、深く感謝し心から喜びにたえないよう
であった。


 そこで人々は、弥三郎婆さと当家の主人との話の大略を話して聞かせた。


 その娘はうなずき


「さようでございますか。それで初めて私の頓死した理由が分かりました。その弥三郎
 婆さと仰せられる方が、私を頓死させたのでございましょう。私には国元に両親もござ
 います。この事を国元までお知らせくだされば、誠にありがたいことでございますが」


と言うので、人々もその真偽を確かめるために、使いを長者の家へ急がせたところ、やが
て使いは帰って来て、その通りである事を告げた。

 そして長者もその後から馳せつけた。


「誠に我が娘は、昨日突然に頓死して、本日葬式を済ませたのでした。それで家内中泣き
 悲しみ、娘はこの世に無きものとあきらめておりました。今、目の前に生き返ったのを
 見てこんな嬉しいことはありません。家内も、娘のこうした顔を見れば、どんなにか喜
 ぶ事でございましょう。私どもでは、これは一旦死んだものとあきらめていましたし、
 また娘も無い命と思って恩返しをしたいと言っておりますから、もし貴方様にお気持ち
 があるならば、娘をお上げしたいと思いますが、家内とて何の異存もないと思います」


 こうして即座に話がまとまった。


 そして、某は長者から莫大な礼金をもらい受けたといわれている。




 人々に悪鬼のごとく嫌われ、恐れられていた弥三郎婆さも、こうして恩に報いたのだ。

 今でも子供らがあまりひどい悪ふざけをしたり、甘えて泣いた時など「それ、弥三郎婆
さが来る」と言うと、すぐおとなしくなるという。           (本多みち)




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コメント 4

ぼくあずさ

おはようございます。
弥三郎婆さんの話、終わりまで読んでしまいました。
どうしたことでしょうか?後で考えてみます。
Liebe Gruesse,

by ぼくあずさ (2017-12-14 07:28) 

yuzman1953

ハマコウさん、とても面白いお話を読ませていただき、ありがとうございます。
by yuzman1953 (2017-12-14 14:45) 

ハマコウ

ぼくあずさ さん ありがとうございます。

昭和のはじめごろ 師範学校の女子学生さんが現地で採取した話は面白く魅力的ですね。

by ハマコウ (2017-12-14 20:37) 

ハマコウ

yuzman1953さん ありがとうございます。
こういった伝説を今残しておかないと忘れ去られてしまうのではないか心配です。
素直の面白く感じます。知っている地名が出てくるからなおさら楽しく感じます。
by ハマコウ (2017-12-14 20:40) 

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