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「やまと教 日本人の民族宗教」ひろさちや 新潮選書 2008年/「対ストレス 3つの言葉」高田明和 [読書記録 宗教]

今回は、ひろさちやさんの
「やまと教 日本人の民族宗教」を紹介します。



出版社の案内には、


「明治以降の国家神道はニセモノ宗教、現代仏教はインポテ宗教だ!本物の宗教は、古来
 より受け継がれた民衆のメンタリティと生活にこそある。仏教、儒教、道教、キリスト
 教など国家権力によって支配の道具とされてきた外来宗教と、民衆宗教との混淆の歴史
 をたどりながら、真の民族宗教=日本人古来の精神的基盤を明かす。」


とあります。



ひろさちやさんの本はたくさん出されています。
人気の高さが分かります。
気がつかない視点から
「弱いままでいいのだよ」「そんなに頑張らなくても大丈夫だよ」と教えてくれます。



「やさしさ、まこと、とも生き」のやまと教、なるほどと目が開かされました。





今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「天の昼夜 地の昼夜  人の昼夜 」


・「神道 = 古き良き時代の日本人の生き方 」
「皇室神道(弥生的)と民衆神道(縄文的) やまと教の発祥は縄文時代」


・「『尋常でないもの』『すぐれたもの』が神 = プラスもマイナスもある」


・「江戸時代前 ~ 人が死んだらホトケになり,そのホトケを各家が祀っていた。大体
  2年するとホトケは自然にカミとなった。するとカミは産土神として鎮守の森に祀ら
  れる(ムラのカミ)。」


・「盆正月は各自の家でするおまつり
だから,ほんの少し前まで(1970年代)浄土真宗ではお盆の行事をしなかった。
浄土真宗は,仏教の純粋さを守っている宗派で神社に参拝することを嫌う。お盆行事
は神道そのものだから,浄土真宗ではやらなかった。」

- およそ20年前、父を亡くしたとき、お盆飾りをどうしたものかと住職(浄土真宗高田
 派) にうかがったところ、「やらなくていい」ということでした。



もう一つ、精神科医高田明和さんの
「対ストレス 3つの言葉」を載せます。
ストレスに悩んだとき、自分に言い聞かせるように
この3つの言葉をつぶやくようにしています。




<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト







ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
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☆「やまと教 日本人の民族宗教」ひろさちや 新潮選書 2008年 

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◇宗教とは何か

「ノー」という名の宗教 

  日本人の民族宗教は「やまと教」



 宗教の定義

  … 人々に人間としての生きる道(生き方)を教えるものである



 神の奴隷になったユダヤ教徒



 江戸時代の一日の始まり 
   天の昼夜 … 真夜中0時過ぎに一日の始まり  現代

地の昼夜 … 日没をもって一日の始まり    古代神道

人の昼夜 … 朝の日の出をもって一日の始まり



 神道 = 古き良き時代の日本人の生き方
 
   惟神(かむながら)の道
     外国人が信者になれない民族宗教



 社会的階層と住期に応じた人間の生き方 

古代インド人 
     ① 学生期 
     ② 家住期 
     ③ 林住期
     ④ 遊行期



 日本の仏教は日本仏教(神仏混淆)



 イエスはユダヤ教徒だった
   ユダヤ教を否定したイエス



「コーラン」は全人類に与えられた啓示



 儒教プラス道教が中国の民族宗教
   (儒教…支配階級,道教…庶民)





◇仏教の伝来と神道

 仏教の伝来により気付かされた「神道」 
   初見は「日本書紀」 
  


 わが国への仏教の伝来 
   崇仏論の主張,排仏論の論理 

   試みに礼拝した結果
  


 584年
   恵便と3人の尼-巫女? 
  


 病気の平癒を祈って仏教に帰依する
   586年 用明天皇 



 ついに仏教国となった日本
 
  - 国の体制を固めるために使われたのが仏教



 初期の日本仏教のあり方 
    624年「日本書紀」寺院46寺,僧尼1385人 



 「国家仏教」 - 社会の上層部のみ



 東大寺の大仏造営と宇佐八幡宮
   720年 神仏習合





◇神道とやまと教

 日本に伝来した国家仏教は宗教でなかった

  = 仏教は文化・文明であった … 大仏



 皇室神道と民衆神道
   やまと教の発祥は縄文時代 

   東京 … 弥生的 ,大阪 … 縄文的



 縄文文化と弥生文化 

   縄文文化 → やまと教へ 

   弥生文化 → 皇室神道へ 
戦闘的な弥生文化



 ライヴァルとウェザーの本来の意味
   ライヴァル…リバーより



「まつりごと」とは何か





◇やまと教の神々

 神の語源は不明
   平田篤胤「古史伝」 … 神の「カ」は「彼の」意味,「ミ」は「霊妙なるもの」



「霊力あるもの」と「霊力そのもの」
       
  「尋常でないもの」「すぐれたもの」が神 = プラスもマイナスもある



 大リーグ級の神々が住む世界  

   天つ国 - 中つ国(地上) - 根の国



 出雲に参集する神々と留守神
  
   留守神(竈神,大黒天,亥の子神 等々)



 固有名詞の神,普通名詞の神 
  
   「神社に祀られている神」と「神社の外にいる神」



 天の神,地の神,人の神
    吉田神社 人は死んだら神となる

ホトケ - 荒御霊    カミ - 和御霊



 お寺が葬式をやるようになったのは江戸時代から

  2年まででホトケがカミに → 産土神

   江戸時代前
   ~ 人が死んだらホトケになり,そのホトケを各家が祀っていた
大体2年するとホトケは自然にカミとなった
するとカミは産土神として鎮守の森に祀られる(ムラのカミ)



  ◎江戸時代
     寺請制度 幕府が寺院に檀家の葬式をやるように命じた

それまでは家長の責任で葬式が行われた

お寺が儲けるためにはホトケの期間が長い方がよい

2年が32年になり寺の収入源となった



 年神を迎えて祀るのが正月の行事
  ホトケとカミ(祖霊)
     少しずつホトケがカミに変わっていく

→ 大体2年(3回忌)すればホトケがカミに



  ◎しかし祖霊
    7代ぐらいも(普通3,4代)100年くらい
    年に2回,正月と盆に帰る

  ◎ やまと教 = 神人共食



 お盆は御先祖様を迎えるめでたい行事 
 
   盆正月は各自の家でするおまつり

  ◎だから,ほんの少し前まで(1970年代)浄土真宗ではお盆の行事をしなかった。

◎浄土真宗は,仏教の純粋さを守っている宗派で神社に参拝することを嫌う。お盆行
   事は神道そのものだから,浄土真宗ではやらなかった。


  ◎盆はめでたいまつりの日
「庶民に関する限り,日本人の宗教はやまと教であり,そのやまと教にほんの少し仏
   教が影響を及ぼしている」





◇神様との付き合い方

 庶民の生活に密着したやまと教
 
   貧乏神ってどんな神 - 七福神の戸籍調べ



 固有名詞の神様は特別招待客
  「鬼は外」から「鬼も内」へ
  


 神をさわらぬ方法        

   貧乏神も福の神も同じ神の二面性 



 馬鹿正直の頭に鬼がある     

  「請求書の祈り」と「領収書の祈り」 


◎「ありがとう」の感謝の祈りがやまと教の祈り




◇神様は「空気」である

 神輿とは祖霊の乗り物 - 神輿振り  
  「空気のような」神



「空気」の列席の下で開かれる寄り合い



 神はブラウン運動をする微粒子である
   ハレとケの対比 

   ケガレとは何か?



 ミソキ・ハラエ・イミ → 宇宙には気が充満している




◇やまと教の教義

 三種の神器は何のシンボルか?
八咫鏡(ヤタノカガミ)・草薙剣・八尺勾玉(ヤサカニノマガタマ) 「正直・慈悲・智慧」

正直     智慧   慈悲  北畠親房



「正直・慈悲・智慧」は為政者のためのもの

や・ま・と  →  やさしさ・まこと・ともいき



 やまと教には権力を出し抜く智慧がある



 国家への忠誠よりも仲間への忠誠



 間違いばかりする人間



 やまと教 - 日本人の誇り





◇後書き

 宗教を持たない人間が心のよりどころにするのは,いわば「美学」

↑↓

 ◎ 宗教を持っている人間には「美学」なんて関係ない

昨今の日本人 ~ 完全さを求める
完全な人間なんているはずがない

 ◎◎◎ やさしさ・まこと・とも生き ◎◎◎









☆「対ストレス 3つの言葉」高田明和

困ったことは起こらない
すべてはよくなる
嫌なことは考えない

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