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五木寛之「第28話 コロナ禍に思うこと~その4」(連載『五木寛之のラジオ千夜一夜』)2020年 ② /「教師のための66の語録」杉山正一 東洋館出版社 1995年 ④【再掲載 2014.9】 [読書記録 一般]

今回は9月27日に続き、月刊『ラジオ深夜便』誌より五木寛之さんの
「第28話 コロナ禍に思うこと~その4」の紹介2回目です。

月刊「ラジオ深夜便」誌の記事です。


法然から親鷺へ、そして親驚から蓮如への教えの流れが易しく説かれています。




もう一つ杉山正一さんの
「教師のための66の語録」④を載せます。
心にしみたことを思い出します。
随分前に出版された本ですが、おすすめです。




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☆五木寛之「第28話 コロナ禍に思うこと~その4」(連載『五木寛之のラジオ千夜一夜』)②


◇教が学問と化していたとき、法然の「易行念仏」が人々の心に光をともした。 

 口称念仏の生みの親・法然が浄土宗を開いたのは、1175年、平安時代末期の
ことでした。  


 当時の仏教は学問的な色彩を強め、庶民には難解で縁遠い宗教と化していま
した。


 たび重なる戦乱や飢饉のなかでその日暮らしを強いられていた人々に、救い
の道を示してはくれなかったのです。


 そんななか、比叡山を下りて民衆の中に入り、「易行念仏」を唱えた一人が、
法然でした。


 念仏という易しい行を積みさえすれば誰でもが必ず救われるというのです。
 

 当時の仏教では「人が救われる」とは、地獄に落ちることなく極楽往生でき
ることを意味していました。


 また、救われるためには、主に三つの道があると考えられていたのです。
 

 その一つは、戒律を守ることでした。

 殺生をしない、噓をつかない、酒を飲まないなど、その他いくつもある戒律
を厳格に守れば救われるというのです。

 しかし現実には、生き物の命を奪うことで生活の糧を得ている人がいます。

 噓をつかなければ商売にならない人たちもいます。

 厳格に戒律を守ってなどいたら、庶民は命をつなぐことさえできませんでし
た。



 二つ目の道は、善行を積むことでした。

 しかし、当時でいう「善行」とは、私財を投じて立派な仏像や五重塔などを
お寺に寄進する宗教行為を指していました。

 と、なれば、「善行」を積めるのはお金持ちや身分の高い人たちだけの特権で
した。



 三つ目の道として、難行苦行の修行を積むという方法もありました。

 しかしこれも、一般庶民には無理な話です。比數山のような山にこもり、長
年月にわたって行を積みなさいというのですから。

 これでは庶民は救われません。

 その日の糧にも困る毎日で、人々は生きるも地款、死んでも地獄かと、絶望
の日々を過ごしていたのでした。



 そこに法然が現れ、街頭で人々に語りかけたのでした。


 戒律を守れなくても、善行や難しい行を積めなくても、仏様にすべてをお任
せして「南無阿弥陀仏」と一心に念仏を唱えさえすれば、念仏の功徳によって
必ず人は救われると。


 法然は民衆が投げかける質問に一つ一つ丁寧に答えながら、易行念仏を語り
続けました。


 「易行」とは、誰にでもできる易しい行ということです。


 そんな法然の語りかけが、たちまち人々の心をつかんでいったであろうこと
は、想像に難くありません。


 法然を師と仰ぎ、法然の死後、その教えを忠実に受け継ぎ広めようとしたの
が親鷺でした。


 今に受け継がれる親鸞の言葉「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」
(『歎異抄』)は、あまりにも有名です。


 親鷺は、法然の説いた「易行」をさらに深く追究しようとした人だったので
はないかと私は考えています。


 念仏を唱える行為そのものも「他力」の動きであると、弥陀の本願を深く信
じる姿勢を求めたと言ってもいいでしょう。





◇法然と親鸞と蓮如。三人の仏教者が私たちに遺してくれたものとは?

 法然と親鷺の時代からおよそ200年後、今度は蓮如というユニークな仏教者
が現れます。


 法然も親鷺も謙虚な人柄で人々を魅了したようですが、蓮如はあっけらかん
と自慢話をするような世俗的な雰囲気の持ち主でした。


 しかし、人間は隙のない人に警戒心を抱くところもあるものです。


 蓮如の人柄は、むしろ人間的な魅力として人々に受け入れられたようでした。


 「真宗王国」といわれる北陸地方で、蓮如が「蓮如さん」と親しみを込めて
呼ばれていることからもそれは分かります。


 蓮如は「浄土真宗の中興の祖」と称されるだけあって、権謀術数の政治家的
な一面も持ち合わせていました。


 そのため、人によって評価が分かれる宗教家であることは確かです。


 しかし、親鷺の『歎異抄』を発見し、世に出した功績は揺るぎのないものと
いえるでしょう。


 蓮如のユニークなところは、親鷺の教えをより多くの人に広めるベく、今で
いうならメディア戦略を駆使したところでした。


 信仰の心得をリズム感あふれる文章にしたため、書簡として諸国に送り、文
字の読める指導者に託して人々の前で朗読してもらうという方法を編み出した
のです。


 これらの文章は「御文」あるいは「御文章」と呼ばれ、わざわざ蓮如が出か
けていかなくとも、全国各地の庶民が親鸞の教えに触れ、信心を深めることが
可能になったのです。



 法然から親鷺へ、そして親驚から蓮如へ。


 この三人の果たした役割を、私は 「易しく」「深く」「広く」という言葉で
表現することにしています。


 法然は易しく、親鷺はそれを「深く」、そして蓮如が広く人々に手渡したの
です。


 この三人がいなかったら、「南無阿弥陀仏」という念仏の文句が現代まで
生き続けることはなかったでしょう。


 他力という考え方も傍らに押しやられていたかもしれません。


 コロナ禍の今こそ、私たちには「物語」が必要なのではないか。


 科学的なものの見方は大切ですが、人はそれだけで生きていけるものでは
ないように思うのです。


 人が生き、死んでいくうえで、そこに物語を作り、それを信じる。例えば
他力思想、あるいは仏教も一つの物語なのかもしれません。


 そして、その物語を信じるか信じないかの決断に、何か大事なものが潜ん
でいるような気もしています。


 何かを信じたほうがよく生きられると感じるなら 信じればいいし、自分
には信じるものなどないという信じ方もあるでしょう。


 いずれにせよ、その人にとって生き方の支えとなるようなもの、言い換え
れば死生観と呼べるようなものを形づくることが今、コロナの時代に求めら
れているのではないでしょうか。  
              2020年10月12日放送/聞き手・渡邊幹雄









☆「教師のための66の語録」杉山正一 東洋館出版社 1995年 ④【再掲載 2014.9】

[出版社の案内]
あいさつや講話の話材や、論文などへの引用として、すぐに利用できる
世界の名言集。教育者であるあなたへ贈る、心に響く66のことば。



<生徒指導を考える眼>
◇サン・デグジュベリ

「規律は宗教の儀式に似ている ばからしいように見えてもそれが人間
 をつくるのだ」


◇サミュエル・ジョンソン 英文献学者・批評家・詩人(1709-1784)

「君の隣人を知れ そして彼に関するすべてを知れ」

  君の友人の心を理解しろ


◇孔子

「過ちて改めざる これ過ちという 過ちて則ち改むるに憚ることなか
 れ」

 過ちを改めないでいることが本当の過ち


◇ヘロドトス

「人は環境に依存し、人間に依存するものにあらず」

 人は一人では生きられない



◇アルキメデス(287BC-212BC)

「言うべき時を知る人は 黙すべき時を知る」

 教育のタイミングを知る

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