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「子どもたちに伝えたい昔話と絵本」藤本朝巳 平凡社 2015年 ①(前半) /『灯し続けることば』大村はま 小学館 ⑤【再掲載 2012.5】 [読書記録 一般]

今回は、藤本朝巳さんの
「子どもたちに伝えたい昔話と絵本」1回目(前半)の紹介です。



わかりづらい要約となってしまいました。


出版社の著者紹介には

「絵本に興味のある学生だけでなく、じっさいに子供に接する親たち、図書
 館司書、読み聞かせグループ、幼稚園や保育の現場の人たちに向けた優し
 い語り口の絵本入門。
 『絵本は、子どもが生まれてはじめて出会う文学であり、芸術である』―
 現実に飛び込むまえに世界を知る入口であるということをスタートに、絵
 本のしくみ、眼で見て、触って、聞いて楽しむというユニークな特徴、そ
 れを活かしたメッセージの理解に力点をおいている。また同時に、絵本は
 『大人が再び出会う文学であり、芸術である』とし、より深く絵本を楽し
 むためのポイントや、絵本作家の創作の秘密にも迫っている。」
 
とあります。




もう一つ、再掲載になりますが、大村はまさんの
「灯し続けることば」⑤を載せます。
大村さんのことばが自分に刺激ややる気を与えてくれます。




<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。






☆「子どもたちに伝えたい昔話と絵本」藤本朝巳 平凡社 2015年 ①(前半)

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◇日本の昔話に見る伝承の知恵

□「夢の橋」に見る伝承の知恵

  発端句
   = 昔話の入り口 ファンタジーへの導入

  欠乏  
    欠乏→解消の方向へ

  極端性
    極端性の対比

  色   
    しろ・黒・銀・金 原色

  数字  
    一・二・三や七と七の倍数(聖数) また十二(聖数)

  川 
    現実性と非現実性の境界

  出発
    go there and back story(行きて帰りし物語)

  試験
     
  孤立性

  繰り返し

  数字
    3×2=6 3の倍数

  一対一 
    孤立性

  行動的な文体

  状況の一致

  試験に合格

  欠乏の解消

  結末句
   試験の克服

 [構造]
┌─発端句
│┌ 欠乏 - 貧しい・劣る
││ ┌ 試験 - 言われたことを実行する 援助者=白髭の老人
││ │ ┌ 出発
││ │ │ ┌─試験 信じて行って待つ 援助者=豆腐屋親父
││ │ │ │ ┌─試練
││ │ │ │ └─試練の克服
││ │ │ └─試験に合格
││ │ └ 帰還
││ └ 試験に合格 - 宝のありかを知る
│└ 欠乏の解消
└─結末句


□待つことと耐えること
教訓
    ① 劣った若者の成功
② 夢を信じることが大切
③ 夢を見たら(チャンスを与えられたら)素直に実行すること
④ 成功するものはじっと待つ(耐える)
⑤ 若者が成功するには援助者との出会いが大切
⑥ 援助者の教えをつなぎ合わせて推理できること
⑦ 権利を実行すること

  昔話
    ◎ 耐える若者、待つ若者の姿
 ◎ 昔話のおもしろさの背後に大切な情報が埋め込まれている

伝承の知恵
◎ 辛くても待つことが大切だよ
◎ 待てばその報いがあるよ

   類似
     英国「スワファムの行商人」









☆『灯し続けることば』大村はま 小学館 ⑤【再掲載 2012.5】

[出版社の案内]
「国語教育の神様」とまで言われた国語教師・大村はま、98歳になる今日
 までの著作・執筆から選びだした珠玉のことば52本と、その周辺。
 自らを律しつつ、人を育てることに人生を賭けてきた大村はまの神髄が
 ここに凝縮された。「熱心と愛情、それだけやれることは、教育の世界に
 はないんです」「したことの悪さより、しかられた傷のほうが大きいとい
 うことはないでしょうか」「熱心結構、いい人あたり前です」「スタート
 ラインが一緒でも、ゴールには同時に入りません」「しかられ上手である
 ことが必要です」etc.子どもにかかわるすべての大人、仕事に携わるすべ
 ての職業人に、折に触れてページを開いて読んでほしい。

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◇優劣のかなたで、学びひたる体験をさせたいのです

 教材がその子に合った適切なもので、そして指導もまた適切な場合、一人一
人の子が自分の力いっぱいに読み、調べ、学びます。


 ほかの子どもと比べて、できるとかできないとかがまったく頭に浮かばない
ところに、しばし身を置いているのです。


 それは、ほんのひとときで、また下品なことを考えたり、つまらないことに
くよくよしたりするところに戻ってしまうでしょう。


 けれども、たとえひとときであっても、そういう世界から離れた体験をさせ
ることの値打ちは大きいと思います。


 誰より優れているとか劣っているとか考えるのは、一種のゆるみです。


 そんな優劣を超えた、いわば優劣のかなたで自分の学習にひたることが大切
なのです。


 そこでこそ子どもは成長し、その実感と喜びを知るのだと思います。


 教師のほうにそれだけの実力がいります。


 その子のすぐれた力をはるかに上回る幅や高さがなければ、夢中にさせられ
ないのです。


「優も劣も」といったときに、どうも教室では「劣」のほうに重みがかかって
しまい、その子たちの面倒を見ることで教師が満足して、「優」の子を退屈さ
せてしまうことが多いようです。


 それが教室の魅力を失わせているのです。




◇仕事がたとえ実を結ばなくとも…

 あるとき、新聞に梅の花についての記事が載りました。


 梅の花は他の木から花粉をもらわないと、花は咲いても実を結ばないと書い
てありました。


 やがて梅の季節になりました。


 私の住んでいたところの門の左右に白梅と紅梅の木があったのですが、ひょ
っと見ましたら、白い梅がたった一輪、咲いていました。


 何とも言えない、いい香りで、私は「たった一輪、友達もいないのに咲いて
いるんだな」と思いました。


 この花は、他から花粉をもらえなくて実を結ばないのだろうな、でも、早春
のすがすがしい朝の喜びと、すばらしい香りを私に与えてくれたのだから、こ
の美しさは変わらないのだなと思いました。


 人の仕事もそういうことがあるのかもしれません。


 一生懸命やった仕事がたとえ実を結ばなくとも、咲く美しさだけ、仕事をし
たことが値打ち、というものもあると言えるのではないでしょうか。




◇ことばを豊かに扱えることは、人間らしいということではないでしょうか

 子どものことばが悪くなった、という、保護者や先生方の心配のお声を聞く
ことがあります。


 でも私はことばが悪いというのは、あまり気にしないでいいと思っていま
す。


「悪いことば」は、大人になってくるにしたがって、使ったら恥ずかしい、
「こりゃいかん」ということに気がついていくはずです。

 それよりも、子どものことばが貧しいことを心配しなくてはいけません。
テレビに出てくる若い人や子どものことばを聞いていると、

「いくつことばを知っているのかな」

と問いかけたくなります。


 ことばというのは人間の宝物です。


 ことばがあるからこそ、人間が人間になるのです。


 ですから、それを豊かに使えるということは、人間として深く細やかで、
人間らしいということではないでしょうか。




◇人に聞き返されてはいませんか

 教室で、あるいは友人や家族と話しているとき、自分が何か言った後で、

「え?」

「なに?」

と聞き返されることはないでしょうか。


 あるいは、自分が話したことが人に取り違えられて、

「ちがうちがう、そうじやなくて」

ともう一度説明することはないでしょうか。


 私は、それが、自分の話がわかりやすいものだったか、はっきり意図を伝え
ていたか、をふり返るひとつの目安だと思っています。 


 周りがうるさかったり、聞き手がよく聞いてくれなかったということもある
でしょうが、話す力を磨こうとするのでしたら、

「聞き手が悪い」

などと言っていてはいけません。


 聞き返されたら、自分の話し方がまだ十分ではない証拠だと思って、工夫を
重ねたいものです。

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