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(1)「総合的な学習とこれからの学校・授業作り」 北俊夫 光文書院 2000年 ⑥  (2)「信長の欠点が長所になって、あれだけの仕事をやった」松下幸之助 1963年【再掲載】 [読書記録 教育]

今回は1月20日に続いて北俊夫さんの
「総合的な学習とこれからの学校・授業作り」6回目の紹介です。


およそ20年前に出版された本です。
平成10年版の学習指導要領が最新だった頃です。



「教師の創意工夫と子ども一人ひとりのぶつかり合い  教師の力量に」


 創意工夫の時間の確保は自分たちで工夫して、できないのは現場の教員の力がないから
だということなのでしょうか。

 今は、小学校の外国語科と道徳科。

 多忙化解消を図ると言っているにもかかわらず、時間的裏打ち、経済的裏打ちもなく、
次から次へと新しいことを取り入れていこうとする文科省。

 総合的な学習の効果はどうだったのでしょうか。


 もう一つ、5年前の記事の再掲載となりますが、松下幸之助さんの
「信長の欠点が長所になって、あれだけの仕事をやった」を紹介します。

おもしろい説だなと感心するのですが、
「あなた達はわたしに合わせて精一杯頑張ればいいのだよ。」
と言っているのだろうかと勘ぐるのはわたしの卑しさかなと…







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(1)「総合的な学習とこれからの学校・授業作り」 北俊夫 光文書院 2000年 ⑥

◇総合的な学習における「生きる力」の育成

□「生きる力」「地域に関わる力」「共に生きる力」



 目標,方法,内容の明確化
自然と人間の共生

物と心の共生

  伝統と創造の共生


「いかに」という視点と「何を」という視点
 




◇新聞各社の社説に見る

□読売新聞 

 教師の創意工夫と子ども一人ひとりのぶつかり合い

 教師の力量に



□朝日新聞 

 いい授業を 



学び方 学ぶ力を
 




◇先進校の実践に学ぶ

□国際理解  

・留学生,外国人との交流

・衣食住,音楽 体験・創作活動

・外国語会話

・外国人児童を核とした実践



□環境    

・川,雨,空気などの身近な環境調査

・地域の生物の飼育や保護

・ゴミ~リサイクル活動

・菊作り米作りなどの長期的栽培活動



□福祉・健康 

・心身障害児学級,学校,高齢者施設との交流

・車いす・アイマスク体験

・地域の福祉,ボランティア

・自分の命,生命を見つめる実践

・男女の役割,男女平等



□情報  

・インターネット

・ワープロ文書作り

・ビデオレター作り



□地域・食  

・歴史,祭り,行事,伝統

・職場訪問

・食材調理して食べる
 




◇地域に目を向け特色の良さ

□原則 

①テーマの「整合性」

②「地域性」 → マップに整理

③「適時性」「季節性」 時間暦      まとめる

④「連続性」「発展性」














(2)「信長の欠点が長所になって、あれだけの仕事をやった」松下幸之助 1963年【再掲載】

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 信長という人は、非常に粗暴な大将である。非常に力強いところがありますが、また一
面に非常に乱暴である。粗暴である。まあそういうようなきらいのある人である。


 その信長に光秀は嫌われるようになった。

 にもかかわらず秀吉は、信長に終始一貫して愛されている。


 どこに違いがあったんだろうかということであります


 私は、この問題についてちょっと感じたことがあるんです。それを皆さんに申しあげよ
うと思いますが、光秀は秀吉に比べて学問があるといわれた人であります。


 また非常に勉強した人である。そして律儀な人である。非常に正義感の強い人である、
いいかえると、融通のきかん人である、というのが、光秀の一つの性格だろうと思います。


 したがって、闊達であるとか磊落であるという点は、多少私は少ないだろうと思います。


 この二人が、主人の信長にどういうような態度で接したかということですね。



 秀吉は、うちの主人信長という人は偉い男やなあと、こう思うんですね。だからそのま
ま素直に共鳴するわけです。「あんたは偉いですなあ」と言うたらだれでも腹立ちません
わ、実際いうとね。


「そうか、そんなにおれは偉いか」

「あんたは偉うおます」というようなもんですな。(笑)

「まあ一杯酒飲め」というようなものです。


 ところが光秀はどう言うたか。光秀もそういう点は分がらんこともないだろうと思いま
すが、光秀の性格上、忠言したわけです。


 主人の信長は天下をまさに取らんとする人である。だから、今までは力で、策略で、こ
こまでのし上がってきたけれども、これからは、徳をもってやらないといかん。やがて将
軍にもなる人であるから、もっと徳ということを考えてもらいたい。


 もっと情け深くやらないといかん。それが主人信長のために非常に大事なことである。
それを忠言するのが臣たる者の務めやと、こう光秀は思ったんでしょう。


 まあ実際のところは聞いてへんから分からんですけれども。(笑)


 それで、そのとおりやったわけですわ。


「もうあなたはここまで成功されて、やがて天下を取るんだから、今までみたいに打った
 り蹴ったりして暴れずに、少しおとなしくしなさい。そうしたら、さらに徳があなたに
 備わって、よりよいあなたになるんだ」

と、こういうように光秀は言うわけです。


 いわば諫言というやつですわな。


 そうすると、

「そうか、いや、おまえはいいこと言うてくれた。ほんとうにおまえの言うとおりや」

と言うような信長であったら問題ないんですな。


 ところが信長はそうは言わん。


「生意気なこと言うな」

と、こうなるんですな、信長は。

「しゃらくさいこと言うな」

ということですわ。


「賢そうにおれに意見するとは何ごとや。だいたいおまえが五十万石の大名になったのは、
 おれのおかげやないか」

ということになりますわ。


「徳をもてとか何とか、しゃらくさいこと言うな」

というので、だんだんと憎んできたわけです。


 光秀にしてみたら、こと志と違う。自分は信長を侮辱するんでも何でもない。ほんとう
に誠心誠意、そういうようにしてもらうことによって、信長はもっと偉くなり、早く天下
が取れる。


 そうすれば一般万民の幸せになるんだというように考えていたのかもしれない。


 ところがそのことが非常に逆鱗にふれたわけである。ここが面白いところですな。


 いいこと言うて叱られるということはソロバンに合わんわけですな。



 秀吉はそんなこと言わんのですね。そこに光秀と秀吉の違いが出てきたわけですね。だ
から、なにも光秀は悪い人やない。悪い人やないけれども、信長にそんなこと言うてもあ
かんのですわ。


 信長のそういう粗暴さが、彼をして天下をまさに取らんというところまで仕事をさせた
んである。

 光秀の言うようなことが分かり、そういうことを頭へ入れ、


「そうか、おまえの言うとおりや」

と言うような尋常一様の人であれば、尾張一国の殿様で終わったかもしれない。


 しかし、彼は非常に剛勇闊達であった。まじめな少々の意見ぐらいは、ほんとうのとこ
ろ知っていたかもわからない。信長がそういうような人であるということを、秀吉は見抜
いていたんだと思うんです。


 このおやじさんに何を言うても頭に入らない。むしろおだてておいたほうがいいんだ。


 そうしたほうが、信長の性に合うんだ。性に合うから、信長は力が出るんだ。力が出た
から天下を取らんとするまで成功したんだ。またそれがためにおれが今日あるんだ。それ
で勘定がきちっと合うんです。(笑)


 だから、要らざる忠義だてするよりも、ほんとうにこの人の手となり足となって働いて
あげたらそれでいいんだ。なまじっか意見するよりも、働いてあげることがいちばんいい
んだというように、秀吉は考えたんだろうと思うんです。


 これが秀吉の偉いところやないかと思います。相手をちゃんと見て、物事を判断するわ
けですね。



 光秀はいい人であるし律儀な人ですから、信長に意見をすることが臣の道やと思った。
信長の本質を見抜かず、一般常識によって、光秀は事を決しようとしたわけです。これが
正しいことと思ったんです。


 ところが、人間というものは、ここにおられる皆さんを見ても、顔がみな違いますわね。
だいたい顔のまん中に鼻があって、その上に目があって、ついている位置はあまり変わり
ませんわね。そやけど全部違うでしょう、ほんとうは。顔のような、目に見えるものでも
違うんです。


 ましてその心組みというものは千変万化、同じものやありません。一般常識をもって人
を律することはとてもできない。


 信長には非常に欠点がある。けれども、見方によればその欠点が彼の長所になって、あ
れだけの仕事をやったわけです。



『松下幸之助発言集』(全45巻)第11巻108ページ1行目
昭和38年(1963)2月26日、
郵政省 近畿管内長期訓練生研修会(68歳時)


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