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(1)「総合的な学習とこれからの学校・授業作り」 北俊夫 光文書院 2000年 ⑪(最終)  (2)「教師への手紙 -教職の魅力と責任-」 新堀通也(武庫川川女子大学教授) 『月刊少年育成』2005年4月号より① 【再掲載】 [読書記録 教育]

今回は3月2日に続いて北俊夫さんの
「総合的な学習とこれからの学校・授業作り」11回目の紹介 最終です。


平成10年版の学習指導要領が最新だった頃、およそ20年前に出版された本です。


今回紹介するのは、授業作りのキーワード20③です。



もう一つ、再掲載となりますが、新堀通也さんの
「教師への手紙」を紹介します。




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(1)「総合的な学習とこれからの学校・授業作り」 北俊夫 光文書院 2000年 ⑪(最終)


◇授業作りのキーワード20 ③

(14)子供がつくる学習計画

  - 教師の指導計画を子供の学習計画に
  


(15)DOING IS LEARNING

  - 参加意欲を高める体験活動


  体験の強調 
    ① 分かりたい,できたい基本的欲求 ~ 主体的に実現

② なす事によって学ぶ

③ なすことは学ぶ

④ 参加意欲を高める

⑤知識と生活を結びつける
  


(16)地域にある3つの「もう一つ」

  - 学校を地域に開く方策


 3つの視点
① 地域の自然や社会,人間,文科などの事象や素材を教材化する

    地域を「もう一つの教科書」として生かす

  ② 地域の社会人に授業への協力を得る

地域は先生 「もう一人の先生」を求める

  ③ 地域の博物館や図書館などの教育施設を学習の場として活用する

地域は教室 「もう一つの教室」を活用する



キーワード 「地域との関わり」
  


(17)学習の生活化・生活の学習化

  - 学習と生活との双方向の関わり

子供たちが学校で学んだことを自分の生活に生かすことや,子供たちの生活を学校で
 の学習に生かす
  


(18)子供の学びや育ち

  - 研究授業は生かされているか

授業者の指導のあり方よりも「子供の変容」「学び方」の方が大切

        |

  目の前の子供の学びや育ちで授業を語ること



子供一人ひとりの学びや育ちに焦点が当たった授業研究でありたい
  


(19)評価で授業を変える

  - 評価で子供を変える


 最初に評価

  → それに基づいて指導の方法を考える



  はじめに評価ありき

評価は授業を変え,それによって子供を変える
  


(20)子供の自己評価活動

 - 生きる力としての自己評価













(2)「教師への手紙 -教職の魅力と責任-」 新堀通也(武庫川川女子大学教授) 『月刊少年育成』2005年4月号より① 【再掲載】

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「困難や問題があればこそ、教師の出番が出てきます」

◇A先生へ
 狭き門だった採用試験をくぐり抜けて、念願の教職に就かれてから早くも数年が過ぎま
した。ようやく教員生活にも馴れる一方、いろいろな困難や苦悩を味わっていることでし
ょう。


 最近、教師に対しては世間からの風当たりも強く、子どもや親からさえ公然たる反発が
加えられ、その中にあって「燃えつき症候群」「うつ」「引き込もり」などに陥っている
教師さえいるようです。


 「初心忘るべからず」といいますが、教職を夢みた学生時代や初めて教壇に立ったころ
を思い起こし、改めて教職の魅力と責任、有難さと面白さなどを噛みしめてみることを、
おすすめしたいと思います。



 人間、ともすればマンネリ、惰性、安易に流れやすい一方、「隣の芝生」は青く見える
ので自分が選んだ道を後悔しやすいものです。

 しかしそれでは本人自身も不幸ですし、特に教育の場合、そんな教師に受持たれた子ど
もたちはいっそう不幸でしょう。

 ものの見方、気のもちよう、心がけ次第で、客観的には同じ事実が主観的には明るく感
じられることもあれば、暗く感じられることもあります。 


 今日の教育や教師が多くの困難や問題をかかえていることは客観的な事実ですが、それ
に打ち負かされ、逃避、あきらめ、敗北主義などに陥ることなく、それに毅然として立ち
向う勇気や能力をもとうとする前向きの姿勢、積極的思考(ポジティブ・シンキング)こ
そが、希望や張り合いのある生活をもたらすでしょう。


 困難や問題があればこそ、教師の出番が出てきます。

 教師自身がこうした主観的解釈の重要性に気付くとともに、子どもたちにもその重要性
に気付かさせることが極わめて大事だと思います。

 このように考えて、次に教職の魅力と特徴を個条書き的に再認識してみることにしまし
た。




◇人間的な職業

 世の中には数え切れないほど多くの職業がありますが、その中にあって教職は人間的と
いうか人格的というか、相手の人格を全面的に尊重し、相手の人間に直接ぶつかり合う極
わめて人間味に満ちた職業です。


 人間を相手にサービスを行う職業はいくらでも存在しますが、そのほとんどは相手(
カストマー、クライエントなどと呼ばれます)と一時的、部分的、打算的に関係するにす
ぎず、名前さえ知らないことがふつうです。


 これに対して学校の教師と児童生徒との結び付きは生活全体にわたる上、毎日数時間、
最少限一年間、継続します。

 教師は子ども一人ひとりの名前も性格も知りつくし、学力や能力だけでなく、性格や人
物を高めることを目指し、ひたすらに子どものために献身します。

 相手の人間、人格の全面的肯定と全面的成長への願いが具体化する活動が職業として成
立するのは、ほとんど教職だけだといっても過言ではありません。 

 相手と自分との全人格的で没利的な結び付き、一心同体的な喜びは、親子、夫婦、親友、
同志などに見られるものですが、これらの関係はもちろん職業ではありません。


 ところが同じような人格関係が師弟の間に学校という職場で発生します。


 師弟相互の尊敬、信頼、感謝、成長の関係は、場合によっては職場を離れた後にさえ持
続します。「教師冥利」というコトバがありますが、「冥利」を感じ得る職業は教職に限
られると思われます。


 しかも相手の成長、幸福をひたすらに願うという他者肯定、利他的・没利的な愛情と行
為は、自己犠牲や自己否定を意味しません。

 子どもに教えるためには、教師自身が学ばなくてはなりません。

 教える内容(知識や技術)はもとより、教え方(教授法や指導法)、子どもの実態や心
理を、教師は研究、習得しなくてはなりません。

 子どもに教えるだけでなく、子どもから学び、教えられなくてはなりません。


 つまり教師は自らたえず向上しつづけること、不断の研修を必要とします。

 教育という利他的な他者肯定活動は、教師自身の自己向上、自己肯定を要求します。子
どもが学習し成長するためには、またそれに応じて、教師も学習し成長しなくてはなりま
せん。

 知識や技術だけではありません。人物や性格の形成にしても、教師自らがモデルになる
ことが必要かつ有効です。




◇自由度

 以上とも関係して教職、第二の特徴、魅力、特権は、職業活動における自由度、独立性
です。

 ふつうの職業、特にサラリーマンなど、組織に雇用される職業では、上下の地位体系や
役割分担がはっきりしていて、組織や規則、マニュアルにしばられて、個人の自由裁量権
は大きく制限されており、自分の思い通りになることは限られています。


 学校はちがいます。


 新採の若造といえども最初から「学級王国」の国王として、校長や同僚から監視、観察
されることもなく、ただ一人で何十人かの子どもの教育、指導、評価を全面的に委されて
君臨します。

 これほど強大な権限、自由裁量権を最初から与える組織は、学校以外にはほとんどない
といえるでしょう。

 それだけに教師は孤立無援になりやすい反面、自分のクラスや教科という「タコツボ」
の中で独善的、閉鎖的になりやすい。

 「タコツボ」の中で暮らす教師が「世間知らず」「常識はずれ」と蔭口をたたかれるの
も、そのためでしょう。

 実際、教師は小学校入学から大学卒業まで学生生徒として学校で暮らし、就職後は定年
まで教師として学校で暮らすのですから学校という世界しか知っていない。


 それだけに教師は独善的、閉鎖的にならないよう意識的に努力する必要があるでしょう。





◇子どもの理解

 教職の第三の特徴、魅力は、子ども理解、子どもとの接触の有利さです。


 時代や社会の変化が急激であるため、世代間の相互理解、相互接触が希薄化しています。
子どもが何を考えているか、どんな生活をしているか、親でさえ理解しかねています。

 子どもについては数多くの調査、研究、評論が行われていますが、理解を越えた行動を
示す子どもが続出しています。

 こうした状況の中で、子どもの日常生活の全般にわたって、彼らの世界を内側から観察、
理解し得る唯一の大人が学校の教師だといえるでしょう。

 教師はなぞに満ちた子どもの世界を「現地調査」「内地留学」できる唯一の大人です。
一般の大人と子どもとの架け橋、適訳たるの役割を果たせるのが教師です。

 通訳たるにふさわしい能力と生活が教師に求められます。

 その上、教師は職歴の最後まで若い青少年を相手に暮らし、体育や生徒会活動の指導は
もちろん、授業でも身体を使わざるを得ないので、心身ともに若さを保つことができます。





◇ドラマ性

 自由度とも関係しますが、第四に教職ほどドラマ性に富む職業は他にあまり見当たりま
せん。


 なるほど学校は時間割と出席簿、全国一律の法規や学習指導要領にしばられ、くる日も
くる目も、同じクラスメートや担任教師といっしょに同じような生活をくり返すマンネリ、
全国一律、単調、退屈な場ということもできますが、子どもにせよ教師にせよ、ものの見
方によっても、事実としても、毎日毎日、毎時間毎時間、変化し、次から次に新らしい出
来事が起こる場です。


 教師の生活の舞台は教室や運動場であり、この舞台の上で日々、教師と子どもを登場人
物とする新らしいドラマがくり広げられます。

 教師はあるいは主役、あるいは脇役、あるいは監督、あるいは演出家として、このドラ
マに参加します。

 ふつうの職場とは異なり、学校は劇的な事件に満ち、新鮮で変化に富む感動の場です。

 脚本家、演出家、舞台監督としてクラス全員を思い通りに活動させること、主演俳優と
して観客である子どもたちを魅了すること、裏方や男子役として落ちこぼれた子どもの相
談に乗り救い上げること-これらは教師しか経験できず味わい得ないドラマです。

 全力投球してもなお解決できない問題にたえず直面する悲劇もまた、教師につきまとう
ドラマです。

 
 こうしたドラマがたえず起きるのが教師の一生です。芸術にも似た教職の道に感受性に
富む教師は、心を動かすにちがいありません。


 ふつうの職場では時代が下がれば下がるほど仕事の分業化、細分化が進み、一人一役的
になる傾向がありますが、学校は逆に全人数育の名が示すように教師の仕事はますます広
範多岐となり一人多役的になる傾向があります。

 教師は舞台の上でいろいろな役を臨機応変にこなさなくてはならず、そこに教育の苦労
と同時に名人芸的な面白さがあるといえるでしょう。





◇無形の財の生産

 教育は人づくりといわれると同時に、「国家百年の大計」ともいわれます。

 人づくりはモノづくりとはちがって、知識や性格など無形の財を相手の子どもの中に作
り出すという独特な生産活動です。

 無形の財はモノやカネのように直接、目で見、手で触れることができません。

 無形の財には独特な性格がいくつかあります。その一つは公共性ないし共有性です。モ
ノやカネには所有権の移動が起きます。私が千円を他人に渡せば、私から千円がなくなり
ます。

 ところが私がある知識を生徒に伝えても、その知識は私からなくなるわけではなく、私
と相手とに共有されます。子どもが立派な性格をもつ場合、その性格はその子どもだけの
財産でなく、子どもをとりまくすべての人、社会全体にとっての財産になります。

 知識や性格という無形の財を生産するという人づくりは、同時に国づくりに通じること
になります。

 いいかえれば教師は相手とする子ども一人ひとりに対して大きな責任をもっていると同
時に、広く社会全体に対する公共的な責任をもっているのです。

 この責任の自覚が教師に求められます。

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