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時を超える「おばさん、ありがとう!」  河合敦 (上) <中日新聞 1月15日付> [読書記録 教育]

今回は、中日新聞より、河合敦さんの、
「時を超える『おばさん、ありがとう!』を紹介します。


1月15日付中日新聞「文化」人生のページの記事に目がとまりました。
このごろテレビでよく拝見する河合敦さんの文章があったからです。



新卒で養護学校に勤務していた頃のお話でした。




(上)と記されていますので、(下)の記事を期待してしまいます。





わたしも特別支援(浜松市では発達支援)教育に関わるようになってから、
子どもたちの素直さに多くのことを教わっています。










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☆時を超える「おばさん、ありがとう!」  河合敦 上 <中日新聞 1月15日付>

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 私は今、歴史作家、歴史研究家として活動しているが、もともとは高校の日本史の教員
になるのが夢で、1988年、念願かなって東京都の教員採用試験に合格した。


 翌年4月に配属されたのは町田養護学校(現町田の丘学園)。


 ただ、期待とは裏腹に、そこでは授業で日本史を教えることはかなわなかった。

 それどころか、いきなり高校1年生を受け持った。

 クラスの生徒は全員で10人、担任は3人のチームティーチングだった。

 摂食補助や排泄補助など初めてづくしで、とまどうことばかりの毎日が始まった。



 2年目の春、クラスで小田原(神奈川県)へ遠足に出かけた。この時、私は忘れられない
経験をした。


 昼食に、混み合っている食堂に入ったときのこと。

 年輩の女性店員が注文を取りに来たが、字の読めない生徒が多く、メニューに写真が付
いていないので、なかなか決まらない。


 業を煮やしたのか、店員はプイと向こうへ行ってしまった。忙しいのはわかるが、その
態度に腹が立った。


 ようやく注文が決まり、別の店員に頼んだ。


 待っている間、押し入れの奥に座布団があったので、生徒に配り始めたところ、先刻の
年輩の店員が血相を変えてやってきて「これは使わないでください!」と私からひったく
り、別の場所から持ってきた座布団を投げつけるような乱暴さで生徒たちに渡したのだ。



 さすがに頭に来て、一言いってやろうと口を開きかけたその時、座布団を受け取った勇
太(仮名)が、にっこりと店員に笑いかけて「おばさん、ありがとう!」と言ったのだ。


 
 一瞬、私は体が動かなくなった。


 すると、ほかの生徒たちも「ありがとう!」と言い、言葉を発することができない生徒
は感謝の気持ちを込めて手を合わせている。



 「だれかに、なにかを、してもらったら、ありがとうと、いいなさい」



 それは、私がいつも生徒達に教えていることだった。


 われに返った私は、自分の短気を深く恥じた。


 それまで乱暴な態度をとっていたあの店員も、この言葉を聞いて人が変わったように、
よく世話をしてくれ、生徒たちといろいろと話し、帰り際には見送りにまで出てくれたの
だ。



 勇太の一言が、帰りの列車の発車時間が迫って焦る私や忙しさで苛立っている店員の心
を、一瞬にして正気に立ち返らせてくれたのだ。


 何とこの子たちから学ぶことが多いことか。


 この子たちとともに生きている自分が幸福だと思った。


 そして、この子たちが、心から好きになったのだ。


 この体験を、多くの人に知ってもらいたくて91年、「NTTふれあいトーク大賞」とい
うエッセーの公募に、「おばさん、ありがとう!」と題して出したところ、優秀賞をいた
だいた。

 24歳の時に書いた文章なので拙いものだが、鮮烈な感動は今でもよく覚えており、私
の中では作家活動の出発点となる記念碑的受賞だった。


 しばらく前、民放の「ぶっちゃけ寺」というお坊さんのバラエティー番組に、歴史解説
者として出演させていただいた。


 司会は爆笑問題と阿川佐和子さんだが、実は「NTTふれあいトーク大賞」の選考委員
に、阿川佐和子さんがいた。


 阿川さんに

「あなたのおかげで作家になることができました」

と告白したところ、はじめは奇妙な顔をされていた阿川さんだったが、事情を説明すると、
大変喜んでくださった。



 30年後にこうした日が来るとは、人生というのはつくづく「縁」だなと思う。



◇河合敦(かわいあつし)
 歴史作家、多摩大客員教授。1965年生まれ、東京都出身。
 早稲田大大学院博士課程取得満期退学(日本史専攻)。
 91年郷土史研究賞優秀賞(人物往来社)、2018年雑学文庫大賞(啓文堂書店)を受賞。
 主な著書に『逆転した日本史』(扶桑社新書)、『日本史は逆から学べ』(光文社知恵の
森文庫)など。「世界一受けたい授業」などテレビ出演も多数。
                   
               <中日新聞 1月15日付>
                  
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