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「好胤の言葉」高田好胤 学生社 2011年 ② [読書記録 宗教]

今回は、3月20日に続いて、高田好胤さんの
「後胤の言葉」の紹介 2回目です。




出版社の案内には、


「高田好胤がラジオを通して全国の人々に語りかけた『心を救う』三分間のはなし。」



とあります。




薬師寺貫首として知られた高田好胤さんが、心に浸みる言葉をたくさん教えてくれます。




今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「それまでわたしは、子どもたちに種をまくつもりで話をしてきましたが、それは思い
 上がりで、まかれていたのはわたし自身でした。」


・「自分自身の内にある責任の所在を明確に自覚する精神がなかったら、わたしは今日の
 世の中は救われないと思うのです」


・「過去の業によって今のわたしたちがあり、現在の業によって来世をつくりなしてゆく
 のです」


・「与えられたものを何べんも、同じものをコツコツと繰り返していく職人的な…そこに
 わたしの人生はあるように思うのです」






昭和のわたしには、子どもの頃、いろいろな方からからよく聞かされていた、
懐かしい言葉だと感じます。

亡くなったあのおばさんの声が、語り口が今にも聞こえてくるように感じます。





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☆「好胤の言葉」高田好胤 学生社 2011年 ②

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◇心に種を蒔く

「宗教者は人生の案内人」

 情熱 
  ① 写経運動 

  ② 修学旅行生に話


 佛心に種まき、民族精神の種まきに!
  → 語りかけた子どもは500万人超

「寺は金閣、庭は竜案、坊主は薬師寺 ベリーグッド」 = 中学生感想文


◎ それまでわたしは、子どもたちに種をまくつもりで話をしてきましたが、それは思い
 上がりで、まかれていたのはわたし自身でした。






◇「社会が悪い」のか

 日本人がいちばん失っている心 = 責任を自分に痛感する心

         ↑↓

何でも悪いのは向こうの方に 卑怯!


◎ 政治が悪いとさえ言っていたら、新聞が売れるというようなことをおかしな事だと
 うのです

◎ 自分自身の内にある責任の所在を明確に自覚する精神がなかったら、わたしは今日の
 世の中は救われないと思うのです






◇食作法と「体食五観」

「喜びと感謝の心でご飯をいただきましょう」

= 基本的な心の養い(日本人の基本的な)






◇酒が許されるとき

 釈尊  
  五戒の中に不飲酒戒

「いまよりもし、われはこれ仏の弟子なりという者は飲酒するを得ず」


「智度論」鬱病を治したり、ふさいだ心を明るくし冷えた身体を温めたりしてくれる






◇自業自得ということ

 わたしたちは他人の言動に対しては必要以上に厳しい鬼検事となり、自分には甘い弁護
士になりがちです - 自業自得


 三業
   … 身体でする行為、語でする行為、意(こころ)で思いめぐらす行為

     行為が価値を決める


「罰は目の前、当たるが早い」

  業には悪業もあれば、善業もある。  悪業=黒業  善業=白業 


◎ 過去の業によって今のわたしたちがあり、現在の業によって来世をつくりなしてゆく
 のです






◇有り難いことがあり得ていること
  
 大正13年生 甲子   甲子園球場と一緒


「親がいてくださるというのは 本当に有り難いことなのです」






◇わたしの生き甲斐

「生き甲斐などと言うことを贅沢言うな」 と言いたい、本当に

~ やらねばならぬことをコツコツ~

  ふと気が付いたときに生き甲斐という者があった


 繰り返すことが力だと思っているのです


◎ 与えられたものを何べんも、同じものをコツコツと繰り返していく職人的な…そこに
 わたしの人生はあるように思うのです



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