(1)「教育一分話」柴山一郎 学陽書房 2000年 ⑥ (2)「欲ばり過ぎるニッポンの教育」苅谷剛彦・増田ユリヤ 講談社現代新書 2006年 ①【再掲載】 [読書記録 教育]
「他人はわれにあらず」 道元
今回は、8月28日に続いて、柴山一郎さんの、
「教育一分話」6回目の紹介です。
出版社の案内には、
「《『心の教育』にすぐ活用できる!》『思いやり』『生きる力』『豊かな心』に分けて子ど
もが他との関わりの中で『心が育つ』130話を収録。子どもが肯定的にとらえて一頁一
話で簡潔明瞭。学活、道徳、朝会、学年集会、父母会、地域の集会の話材・例話に最適。」
とあります。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「経験こそわが師」
・「己の欲せざる所は人に施すなかれ」
・「克己は勝利の最大たるものなり」
・「人の過ちを許すのはよいが,自分の過ちを許してはならない。」
もう一つ、再掲載となりますが、苅谷剛彦さん、増田ユリヤさんの
「欲ばり過ぎるニッポンの教育」 講談社現代新書 2006年 ① を紹介します。
次の言葉が心に残ります。
「家庭の経済力だけでなく,情報収集力や子どもの適性を見極める親の判断力も,こうし
た選択を左右する。共通のゴールがなくなった分だけ,それぞれの判断の責任は個人に
求められる。社会の側は多様な選択肢を用意しようというのが日本。サイコロの不公平
さにはなかなか目が行かない…。」
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
(1)「教育一分話」柴山一郎 学陽書房 2000年 ⑥
◇扇谷正造
1913~1992
経験こそわが師
◇北条民雄
1914~1937 作家
らい病「いのちの初夜」
私はあきらめを敵とする。
◇孔子
己の欲せざる所は人に施すなかれ
恕(じょ)=思いやり
聖書「汝ら人にせられんと思う如く人にもしかせよ」 黄金律(ゴールデンルール)
◇ソクラテス
前470~399
汝自身を知れ - 手と足の話
◇プラトン
前427~347
克己は勝利の最大たるものなり
◇セネカ
前65~5
憤怒より自分を抑えるには,他人の怒れる時に静かにそれを観察することである。
|
争いにけりをつけるより,自制する方がはるかに簡単だ。
◇道元
1200~1253
他人はわれにあらず
◇ダンテ
1265~1321 イタリア・詩人
自分の立てた志こそ重要な道しるべ
汝の道を進め,人々をしてその言うままに任せよ
◇ことわざ
日本 自己に奉仕することは易しく,他人に奉仕することは難しい
イタリア 誰でも自分の十字架が一番担ぎづらいと思う
◇「菜根譚」
人の過ちを許すのはよいが,自分の過ちを許してはならない。
(2)「欲ばり過ぎるニッポンの教育」苅谷剛彦・増田ユリヤ 講談社現代新書 2006年 ①【再掲載】
◇親の不安はどこから来るのか
□親たちの英語塾
ブリ・スクールでバイリンガル学習
□お受験かインターナショナルスクールか
公立校は本当にダメなのか?
□教育プログラムはお料理のレシピ
◇不安と教育の格差 苅谷剛彦
□希望の裏返しとしての不安
見極めの難しさ → 教育キット
□選択と格差
共通のルールもなく,そこに至る道筋も多様で,その線の引き方自体が個人に任されている双六。
ところが,そのサイコロは公平には作られていない。
多くの目が出やすいサイコロを与えられた子どももいれば,少ない数しかでないサイコロを与えら
れた子どももいる。
いや,サイコロを一つしか持たない子供と,二つも三つも与えられた子どももいる…。
↑
家庭の経済力だけでなく,情報収集力や子どもの適性を見極める親の判断力も,こうし
た選択を左右する。
共通のゴールがなくなった分だけ,それぞれの判断の責任は個人に求められる。
社会の側は多様な選択肢を用意しようというのが日本。
サイコロの不公平さにはなかなか目が行かない…。
|
その権限を有効に使える家庭の数は限られる。
↓
教育の個人化
※ 親の選択が子どもの人生ゲームを変えていく
◇完璧な子育てはない
□ポジティブリストとネガティブリスト
日本の教育は完成品を作るための完全なポジティブリスト主義にどんどんなっている
~ 無限のたし算の発想
□英語教育はNHKの言語番組とどこが違うのか
□安心のプログラムを買うと不安が高まる
□人間も教育も計算通りやろうとすると悪くなる
□マクドナルドのシェフの悲鳴 - 総合
□総合は地域の実情に合わせて始めればよかった
□不確定要素の大きい公立校,一定の安心が買える私立校
□世の中全体でプログラム化が進む
◇教育改革を語る前に 苅谷剛彦
□本当にわたしたちは日本の教育制度をリフォームする必要に迫られていたか
→ 冷静に見つめ直すことが大切
□「魔法の杖」
十分なお金も,人の手当も,時間も,専門的な訓練も与えられていないのに実に多様な
問題の原因として教育がバッシングされる。
|
どの程度の期待が身の丈に合っているのか?
↑
インプットの評価軸でアウトプットを評価しても,それは教育の失敗と確認したことに
はならない
|
教育は「魔法の杖」ではない
□「魔法のランプ」
そもそも問題の原因が制度の側にない場合にも改革が…
□「魔法の呪文」
「個性の尊重」「伝える力」「豊かな心」「確かな学力」+ 「子どものために」
= 殺し文句
□経済の言葉が一気に入ってきた
市場 選択 競争 受益者 アカウンタビリティ
↑
教育には時間と人とお金がかかる
◇日本は学校に依存することで近代社会をつくってきた
□その道のプロが教壇に立つ
□学校が進路の責任を持たない
□進学率60%のままだとしたら
◇学校間格差がほとんどないフィンランドの公教育 増田ユリヤ
PISA調査で学力世界一
= 教育の自由化と制度の充実
◇フィンランドの教育を日本で実現できるか
□ヨーロッパの国々が教育に持つ自信
PISAの結果に右往左往する日本
□リスニング試験,日本人はおかしな国民
□学歴主義と日本人的教育観
高校や大学の数を増やしたら高校間・大学間で格差が出てきた
◇なぜ日本人は右往左往するのか
□フィンランド型の教育
□間違ってはいけないこともある
□将来に対する不確実
□歴史に裏打ちされた自信
エリートになるトップ2割の教育より…
今回は、8月28日に続いて、柴山一郎さんの、
「教育一分話」6回目の紹介です。
出版社の案内には、
「《『心の教育』にすぐ活用できる!》『思いやり』『生きる力』『豊かな心』に分けて子ど
もが他との関わりの中で『心が育つ』130話を収録。子どもが肯定的にとらえて一頁一
話で簡潔明瞭。学活、道徳、朝会、学年集会、父母会、地域の集会の話材・例話に最適。」
とあります。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「経験こそわが師」
・「己の欲せざる所は人に施すなかれ」
・「克己は勝利の最大たるものなり」
・「人の過ちを許すのはよいが,自分の過ちを許してはならない。」
もう一つ、再掲載となりますが、苅谷剛彦さん、増田ユリヤさんの
「欲ばり過ぎるニッポンの教育」 講談社現代新書 2006年 ① を紹介します。
次の言葉が心に残ります。
「家庭の経済力だけでなく,情報収集力や子どもの適性を見極める親の判断力も,こうし
た選択を左右する。共通のゴールがなくなった分だけ,それぞれの判断の責任は個人に
求められる。社会の側は多様な選択肢を用意しようというのが日本。サイコロの不公平
さにはなかなか目が行かない…。」
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
(1)「教育一分話」柴山一郎 学陽書房 2000年 ⑥
◇扇谷正造
1913~1992
経験こそわが師
◇北条民雄
1914~1937 作家
らい病「いのちの初夜」
私はあきらめを敵とする。
◇孔子
己の欲せざる所は人に施すなかれ
恕(じょ)=思いやり
聖書「汝ら人にせられんと思う如く人にもしかせよ」 黄金律(ゴールデンルール)
◇ソクラテス
前470~399
汝自身を知れ - 手と足の話
◇プラトン
前427~347
克己は勝利の最大たるものなり
◇セネカ
前65~5
憤怒より自分を抑えるには,他人の怒れる時に静かにそれを観察することである。
|
争いにけりをつけるより,自制する方がはるかに簡単だ。
◇道元
1200~1253
他人はわれにあらず
◇ダンテ
1265~1321 イタリア・詩人
自分の立てた志こそ重要な道しるべ
汝の道を進め,人々をしてその言うままに任せよ
◇ことわざ
日本 自己に奉仕することは易しく,他人に奉仕することは難しい
イタリア 誰でも自分の十字架が一番担ぎづらいと思う
◇「菜根譚」
人の過ちを許すのはよいが,自分の過ちを許してはならない。
(2)「欲ばり過ぎるニッポンの教育」苅谷剛彦・増田ユリヤ 講談社現代新書 2006年 ①【再掲載】
◇親の不安はどこから来るのか
□親たちの英語塾
ブリ・スクールでバイリンガル学習
□お受験かインターナショナルスクールか
公立校は本当にダメなのか?
□教育プログラムはお料理のレシピ
◇不安と教育の格差 苅谷剛彦
□希望の裏返しとしての不安
見極めの難しさ → 教育キット
□選択と格差
共通のルールもなく,そこに至る道筋も多様で,その線の引き方自体が個人に任されている双六。
ところが,そのサイコロは公平には作られていない。
多くの目が出やすいサイコロを与えられた子どももいれば,少ない数しかでないサイコロを与えら
れた子どももいる。
いや,サイコロを一つしか持たない子供と,二つも三つも与えられた子どももいる…。
↑
家庭の経済力だけでなく,情報収集力や子どもの適性を見極める親の判断力も,こうし
た選択を左右する。
共通のゴールがなくなった分だけ,それぞれの判断の責任は個人に求められる。
社会の側は多様な選択肢を用意しようというのが日本。
サイコロの不公平さにはなかなか目が行かない…。
|
その権限を有効に使える家庭の数は限られる。
↓
教育の個人化
※ 親の選択が子どもの人生ゲームを変えていく
◇完璧な子育てはない
□ポジティブリストとネガティブリスト
日本の教育は完成品を作るための完全なポジティブリスト主義にどんどんなっている
~ 無限のたし算の発想
□英語教育はNHKの言語番組とどこが違うのか
□安心のプログラムを買うと不安が高まる
□人間も教育も計算通りやろうとすると悪くなる
□マクドナルドのシェフの悲鳴 - 総合
□総合は地域の実情に合わせて始めればよかった
□不確定要素の大きい公立校,一定の安心が買える私立校
□世の中全体でプログラム化が進む
◇教育改革を語る前に 苅谷剛彦
□本当にわたしたちは日本の教育制度をリフォームする必要に迫られていたか
→ 冷静に見つめ直すことが大切
□「魔法の杖」
十分なお金も,人の手当も,時間も,専門的な訓練も与えられていないのに実に多様な
問題の原因として教育がバッシングされる。
|
どの程度の期待が身の丈に合っているのか?
↑
インプットの評価軸でアウトプットを評価しても,それは教育の失敗と確認したことに
はならない
|
教育は「魔法の杖」ではない
□「魔法のランプ」
そもそも問題の原因が制度の側にない場合にも改革が…
□「魔法の呪文」
「個性の尊重」「伝える力」「豊かな心」「確かな学力」+ 「子どものために」
= 殺し文句
□経済の言葉が一気に入ってきた
市場 選択 競争 受益者 アカウンタビリティ
↑
教育には時間と人とお金がかかる
◇日本は学校に依存することで近代社会をつくってきた
□その道のプロが教壇に立つ
□学校が進路の責任を持たない
□進学率60%のままだとしたら
◇学校間格差がほとんどないフィンランドの公教育 増田ユリヤ
PISA調査で学力世界一
= 教育の自由化と制度の充実
◇フィンランドの教育を日本で実現できるか
□ヨーロッパの国々が教育に持つ自信
PISAの結果に右往左往する日本
□リスニング試験,日本人はおかしな国民
□学歴主義と日本人的教育観
高校や大学の数を増やしたら高校間・大学間で格差が出てきた
◇なぜ日本人は右往左往するのか
□フィンランド型の教育
□間違ってはいけないこともある
□将来に対する不確実
□歴史に裏打ちされた自信
エリートになるトップ2割の教育より…