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「常民教育論―柳田国男の教育観 」長浜功 新泉社 1982年 ① [読書記録 教育]

「今までの教育学の不成功はその学問的姿勢の弱さであり、それを抜け出すためには自 
 己批判の作業なしには語れない。」





今回は、長浜功さんの
「常民教育論―柳田国男の教育観 」の紹介 1回目です。


40年近く前でしょうか、わたしに民俗学のおもしろさを教えてくれた一冊です。


出版社の案内には、


「柳田国男は戦後日本の混乱と低迷を憂い、監修者となって国語と社会の教科書をつくっ
 た。しかし教育界からは無視されて、この教科書は短命に終わった。この柳田の『常民
 教育』が教育に生かされていたならば今日の教育の混乱はなかった、と教育学から柳田
 に挑戦する。」


とあります。







今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「柳田学への批判
   羽仁五郎『趣味の研究であり科学ではない』
家永三郎『科学と言うよりはむしろ芸術』」


・「日本教育学には自己批判の体質が少ない = 言い放し、やり放し」
- 文科省も。


・「絵巻物(に描かれる)武士大将は顔(なのに)農民(の顔)は『へ』の字
しかし『目に一丁字なき人々こそ歴史を作り出してきたのだ』」
- 文献史学も面白いのですが、考古学、民俗学には別の歴史のおもしろさがあります。
  

・「柳田学問(は)文字以前の社会と文字を持たない人々に焦点を当てる
←→ (それに対して)教育学は文字以降に限定した社会」





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☆「常民教育論―柳田国男の教育観 」長浜功 新泉社 1982年 ①

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<柳田学と日本教育学>

◇柳田学徒教育学の問

□柳田学 

 歴史学、文学、思想史

 → 人文社会科学の進展


 教育学では谷川彰英、庄司和晃 柳田学と教育学とは大きな距離



 もっと柳田から教育は学ぶべき


<その理由> 

 ① 戦時下部分的誤りを犯したが子供や農民に対して加害的立場を取らなかった
 
   『村と学童』1945.9

『先祖の話』1946.4


 ②民俗学者であると共に新思考を備えた教育学者
 





□日本教育学の傲り

 柳田学への批判
   羽仁五郎「趣味の研究であり科学ではない」

家永三郎「科学と言うよりはむしろ芸術」



 四方を論敵に囲まれて柳田学は育った

↑↓

日本教育学は恵まれていた
      ~ 市民権・科学性

   戦時下の教育学


 
 日本教育学には自己批判の体質が少ない = 言い放し、やり放し

   自己過信と自己盲信
 





□史観の隔たり

 柳田学 - 息が長い  

      「百年単位で歴史を見なければだめだ」


 教育学は20坪の範囲 
   子々孫々のことを考えて杉の木をうえた時代の真の教育的
   
   営為





□民衆への愛情と学問

「身のまわりのことどもを学問に高めた人」


 絵巻物 
   武士大将は顔、農民は「へ」の字

目に一丁字なき人々こそ歴史を作り出してきたのだ
 




□柳田学問 = 文字以前の社会と文字を持たない人々に焦点を当てる

 教育学は文字以降に限定した社会



 柳田教育学  
   子供は疑問符の王者であり、その融通無碍の疑問に答えることこそが大人の仕事で
  あり、教育の課題であり、教師の任務である。  



  疑問こそ教育の鍵概念
               ↑↓


 今の教育学 
   = どんな知識をどのように子供たちに教えてやるかという
     
     理論化に夢中



柳田は「教科書廃止論」


 柳田学  

  - 身近な疑問を人間全体に結び合わせていく方法

    伊良湖岬の椰子の実から『海上の道』



 民衆への愛情(同情)
常民への限りない愛情からほとばしる教育論

↑↓

 日本教育学  

 ・衆への尊敬と愛情の欠如

 啓発主義と教化主義





□教育の蘇生のために
 
 柳田教育学と日本教育学の相関
1.柳田教育学との接点を日本教育学は持つべきだった

2.柳田教育学の吟味に当たるべき



※ 今までの教育学の不成功はその学問的姿勢の弱さであり、それを抜け出すためには自己批判の作業なしには語れない


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