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キーワード「新津」⑱-「ふるさと新津」新津婦人学級 昭和57年3月5日発行(3) / 「共同浴の世界-東三河の入浴文化」印南敏秀 あるむ 2003年【再々掲載 2011.9】 [読書記録 郷土]

今回は、11月20日に続いて、わたしの教育ノートから、
キーワード「新津」18回目の紹介です。

新津婦人学級による「ふるさと新津」3回目の紹介です。

大分長くなったしまいましたが、よければおつきあいください。


「新津」は「しんづ」と読みます。
浜松市南部、海沿いの農村地区です。


今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「子供たちは皆前浜で遊んだ 『ダシ』危険な場所も身体で覚えた」

-「ダシ」とは離岸流のことです。子ども時代、よく海岸に遊びに行きましたが、泳ぐこ
 とは強く止められていました。ときどき、「ダシ」による事故があったからです。今で
 も、海岸は「遊泳禁止」となっています。


・「地引き網」

- 子どもの頃、我が家の小屋にも「3段の引き出し式弁当箱」が置かれていました。祖
 父が地引き網に行ったときに使ったものと聞きましたが、小屋が建て直されてなくなっ
 てしまいました。かなり盛んだったようです。今は、大きな堤防が作られて、近いはず
 の海が遠くなってしまいました。


・「伊勢参り」

- わたしが生まれる以前のことですが、船で伊勢まで行って帰ったとのこと。風がない
 と何日もかえることができなかったそうです。浜松市博物館の特別展で、近所の小父さ
 んの名前が書かれた旗を見たことを思い出しました。


・「松の落ち葉『ご』が大事な燃料」
- 海岸沿いの防風林に落ちている松の葉の「ご」。父親がよく拾いに行っていました。
 風呂のたき付けに使いました。たき付け当番はわたしでした。薪を作って、入れるので
 すが、あせると煙ばかり出たものでした。


・「『山をつなぐ』本宮山と秋葉山,大通院の松をつないだ角度で判断」
 
- 大きな木は、海上から、方角の目安になったようです。


・「共同風呂調査 浜名高校・小杉達教諭
浜名湖周辺と遠州灘海岸地方のみ独特」

- わたしの町では、わたしが生まれた頃なくなったそうです。
 「当番が大変だった。」
 「終わり頃はいると、お湯がドロドロになっていた。」
 「混浴だったので、若いお嫁さんは辛そうだった。」
などと年配の方からよく聞きました。






再々掲載となりますが、印南敏秀さんの
「共同浴の世界-東三河の入浴文化」を載せます。
幼稚園児の頃(昭和30年代)、集落は違いますが、
我が町で一つ残っていた「共同風呂」に入りました(入ったかもしれません)。
男児女児一緒だったというかすかな記憶はあるものの、実際に行ったのかなあ?
印南さん、武蔵美→日本観光文化研究所ということは、
宮本常一さんの教えを受けた方でしょうか。




<浜松のオリーブ園>
浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト




☆子供たちの学習に
文部科学省の
「子供の学び応援サイト(臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト)」




ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。





☆キーワード「新津」⑱-「ふるさと新津」新津婦人学級 昭和57年3月5日発行(3)

◇新津の人々の暮らし

1.前浜と暮らし 

 ◎ 子供たちは皆前浜で遊んだ

 ◎「ダシ」危険な場所も身体で覚えた
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   倉松海岸
 ◎ 国道1号線バイパスが影響

(1)漁業 半農半漁

   魚米税(明治13年)
高い順
      舞阪宿136円 掛塚村30円 馬郡村21円
篠原村19円 中田島村19円 坪井村12円
倉松村12円



  ◎総収入を三分 1は船と網代 2は漁の人で分け合った 


[地引き網]
・浜のトヤで色見 

 ・「オーイオイオイオイ」大声で

・何をおいても腰網をつけて浜へ駆けつける

・沖合に船を出し網を掛ける
400mくらい 二方に分かれて取り組む

・早朝網をかけ終えてもあがるのは午後2~3時

・一家総出(女子供も)
4~5月 サバ・タチウオ・アジ
12~2月 イワシ

 ・魚はボウラに入れて天秤で担いで肴町の魚問屋に売りに走った

 ・イワシ → 浜に上げ日に干して肥料に
土居(ドエ)の北方までイワシで埋まることもあった

 ・浜弁当 3段の引き出し式弁当箱
     上二段がご飯 
     下一段はイモの煮転がし
浜から仲間の者が各家庭に集めに行った 
     屋号が目印
大漁時は3合ずつ各家から持ち寄り「たいめし」「ひらめし」等にして食べた



[小船]
・小船「チョロ」(一丁櫓)
    2~3人 
    海底に針をおろして引きずる
コチ・ヒラメ
昭和26・27年頃から舞阪の船に押された



現在 倉松新田 船と網 = 仲間のレクリエーション・観光用



[船日待ち]
  ・20日日待ち

・1月20日 船頭の家に歳神棚
仲間が集まり神主様がお祓い→新年の会食



[伊勢参り]
・4月東風が吹く頃前浜から伊勢神宮へ

・船縁に藁を飾り,紅白の幕,吹き流しの幟

・船に帆を張り,東風で出発 → 西風を受けて帰る
伊勢には2~3日滞在(悪天候で帰れないこともあった)

・伊勢まで凡そ9時間
氏神様にお参り,水盃をしてから出発

・神島付近が難所

・村中の大人子供が浜へ出て船を見送り出迎え






(2)ごかき・こわし拾い
・味噌・醤油・砂糖・塩 - みな手作り

  ・松の落ち葉「ご」が大事な燃料

  ・風の吹いた翌朝,前浜松林に競って「ごかき」

  ・熊手で寄せ集めて縄でつかねて家に持ち帰る→乾いたごは小屋や軒下に

  ・浜で打ち上げられた木の枝 「こわし」→燃料に

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 松林がごかきの場所の一つ


(3)天気
・波の音で天気を予想 波小僧

  ・波の音
     西から聞こえると  → 晴れ
南東から聞こえると → 雨
ずっと東からドロドロ → 台風
たたきつける音 → 暴風雨





(4)方角 
  ・大通院のひときわ大きな松の木がめあて

  ・「山をつなぐ」本宮山と秋葉山,大通院の松をつないだ角度で判断








2.共同風呂

□明治から昭和35,36年まで新津には十か所の共同風呂があった
(米津地区本船は42年まで)



□共同風呂調査 浜名高校・小杉達教諭

「浜名湖周辺と遠州灘海岸地方のみ独特」
・30~40戸が共同で

・湯番
       昼過ぎ水を汲み → 沸かして火加減の世話
一か月か一月半に当番が回ってくる

   ・廃止は燃料節約が一番の理由 → 社交と情報交換の場

 ※ 昭和42年米津町本船の共同風呂が最後

















☆「共同浴の世界-東三河の入浴文化」印南敏秀 あるむ 2003年【再々掲載 2011.9】

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◇印南敏秀

 1952年生

 1974年武蔵美大-近畿日本ツーリスト-日本観光文化研究所

 現愛知大学経済学部教授 
   民具学・民俗学

共同浴~銭湯,もらい風呂,共同浴場


□共同浴場 … 仲間意識 + 海での共業(顔が見える相手と入る)

 ① 身体観
   
 ② 折り合い方





◇駒形共同浴場を訪ねて

□共同浴場の組合員

 明治41年 元銭湯 → 大正6年共同浴場に 磯部村内の駒形組

 昭和30年再建



□共同浴場組合員と善光寺講員



□共同浴場での観察





◇共同浴場の発見

□共同浴場を巡る人の輪
  
 静岡県側 - 小杉達氏の調査

 東海地方    東三河~天竜川





◇二つの入浴文化の展開

□「フロ」と「ユ」の系譜

 「フロ」   ムロ(室) 窟あるいは岩屋-風呂(石風呂か)

 「ユ」    ユ(斎)  潔斎のための沐浴



□入浴文化の地域差 

 宮本常一
   西日本 「風呂に行く」フロ

東日本 「湯に行く」 ユ



□「フロ」周縁の籠風呂





◇入浴文化とエネルギー

□共同浴とエネルギー  

 1/15のエネルギー

 江戸時代の湯銭は蕎麦の「もり・かけ」とほぼ同額



□個人浴のエネルギー

 鉄砲風呂

 子持ち風呂

 五右衛門風呂

 籠風呂

 へそ風呂

 長州風呂



□もらい風呂と共同浴場

 共同浴場
   明治・大正・昭和前期 ~ 昭和30・40年代





◇共同風呂成立

□辻風呂から共同浴場

 辻風呂 - 辻辻で営業しながら移動する小規模銭湯



□シマと共同浴場

「静岡県史資料編25 民族三」 小杉達氏論文

 東三河 「シマ」中心に

    シマヤ同士の競争意識 ~ 共同浴場ブーム



□沿海文化と共同浴場



□銭湯から共同浴場





◇共同浴場が衰退した理由

□だれと入るのか
  
 混浴のところも<経費・手間の軽減>
混浴だと女性特有の陰口や告げ口がなかった



 内風呂の普及 =  嫁の力,女性の社会的地位の向上



□共同浴場のエネルギー 地域開発と共同浴場





◇共同浴場の魅力

□共同浴場と情報

  情報伝達の場



□顔が見える交流



□子供の頃の記憶

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