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「教室の困っている発達障害をもつ子どもの理解と認知的アプローチ」宮口幸治 明石書店 2017年 ① /「東京12チャンネル運動部の情熱」布施鋼治 集英社 2012年 ①【再掲載 2015.1】 [読書記録 教育]

今回は、宮口幸治さんの
「教室の困っている発達障害をもつ子どもの理解と認知的アプローチ」1回目の紹介です。



出版社の案内には


「長く医療少年院で矯正教育に関わってきた著者は、そこで出会う少年少女と学校現場で
 様々な困難を抱える子どもたちに共通の特徴、課題を発見する。医療少年院で実践し効
 果が得られた視点を通して教室で困っている子どもたちへの支援のヒントを解説。」


とあります。



今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「ケーキが切れない非行少年たち」
- この言葉は一時期よく聞きましたね。


・「子供が少年院に行くのは『教育の敗北』
学校や家庭で長い間障害などのハンディに気づかれず、特別支援などの特別な配慮を
  受ける機会を失い、自信をなくして非行化している実態があった」


・「困っている子供の特徴<5点セット+1>
  ① 認知機能の弱さ 
② 感情統制の弱さ
③ 融通の利かなさ 
④ 不適切な自己評価 
⑤ 対人スキルの乏しさ」






もう一つ、再掲載となりますが、布施鋼治さんの
「東京12チャンネル運動部の情熱」①を載せます。
わたしの地域ではテレビ東京の番組をあまり見ることができませんが、
表紙に惹かれて読んだ本です。
タイトルに偽りなしと強く感じた本、おすすめです。





<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





☆子供たちの学習に
文部科学省の
「子供の学び応援サイト(臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト)」




ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
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☆「教室の困っている発達障害をもつ子どもの理解と認知的アプローチ」宮口幸治 明石書店 2017年 ①

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◇障害をもった非行少年の特徴と学校で困っている子供の様子
 
□何が問題になっていたのか

 見る力や聞く力の弱さは被害感にもつながる

みる力の弱さ → 相手がにらむように感じたり、ばかにされているように感じたり
          する

  きく力の弱さ → ひとりごとが悪口に聞こえる ①Reyの被害行動
 


 ケーキが切れない非行少年たち
「ケーキを切って」2人 3人 4人 ②ケーキ切り図

 


□特別な支援が必要な非行少年の実態 

 ・簡単な足し算や引き算ができない

・漢字が読めない

 ・簡単な図形を写せない

 ・短い文章すら復唱できない

 

□子供が少年院に行くのは「教育の敗北」

 学校や家庭で長い間障害などのハンディに気づかれず、特別支援などの特別な配慮を受
ける機会を失い、自信をなくして非行化している実態があった

                       ③谷あり山ありマップ   



□彼らは手遅れなのか?

 学ぶことに飢えていた。認められることに飢えていた。

 


□学校で困っている子供の様々な行動(=少年院にいる非行少年の特徴とほぼ同じ)

 ・感情コントロールが苦手ですぐにカッとなる

 ・人とのコミュニケーションがうまくいかない

 ・集団行動ができない

 ・忘れものが多い

 ・集中できない

 ・勉強をやる気がない

 ・やりたくないことをしない

 ・じっと立っていられない

 ・身体の使い方が不器用

 ・自信がない

 ・先生の注意が聞けない

 ・その場に応じた対応力がない

 ・嫌なことから逃げる

 ・漢字がなかなか覚えられない  など

 


□困っている子供の特徴<5点セット+1>
  
 ① 認知機能の弱さ 

見たり聞いたり想像したりする力が弱く、そもそも教育を受ける土台が弱い


 ② 感情統制の弱さ

感情をコントロールするのが苦手 すぐにキレる
  

 ③ 融通の利かなさ 

何でも思いつきでやってしまう 予想外のことに弱い
  

 ④ 不適切な自己評価 

自分の問題点が分からない 自信がありすぎる 自身がなさ過ぎる
  

 ⑤ 対人スキルの乏しさ 

人とのコミュニケーションが苦手


 +1 身体的不器用さ(あてはまらないケースもあるので+1)

力加減ができない 身体の使い方が不器用

     <5点セット+1>














☆「東京12チャンネル運動部の情熱」布施鋼治 集英社 2012年 ①【再掲載 2015.1】

<出版社の案内>

日本で初めて、サッカーW杯や箱根駅伝、アリの世界戦を中継したのは?ローラーゲーム
やキックボクシング、女子プロレスのブームに火をつけたのは?それは“テレビ番外地”
を舞台に奮闘した伝説の男たちだった!熱き昭和のスポーツ裏面史を活写する渾身のノン
フィクション。

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◇まえがき

 12チャンネル 敏腕プロデューサー 運動部部長 白石剛達

 白石一家

 昭和40年代 「3強1弱1番外地」




◇12チャンネル運動部の夜明け(昭和42~43年)

□初代運動部部長 白石剛達という男

 12チャンネルの母体は日本科学技術振興財団
  科学技術の普及目的-お堅いテレビ局


 昭和39年4月12日開局
  当時白石はレスリング全日本チームの強化コーチと早大レスリング部監督



昭和39年8月1日付で入社 35歳
事業普及部部長

  
 昭和39年10月10日「題名のない音楽会」公開放送コーディネート
オリンピック選手村シアターで

   3本柱 科学技術学園工業高校

   科学技術館

※テレビ事業本部 経営は数百社からの1回百万円の寄付による



  ※不況により営業
2年後 昭和41年放送時間5時間半に(うち3時間通信制高校講座)

182名の大量リストラ

  

□早稲田大学新宿夜間部

 白石 海軍兵学校78期生



元の中学に復学 2年後第一早稲田高等学院(理工科系)入学
レスリング部
暴れっぷりは「早稲田大学新宿夜間部」


 
□昭和42年4月1日

 運動部 - 編成局編成部参与に抜擢

 東京本部長:村木武夫(住友工業副社長)

視聴率本位に


 
□昭和44年11月1日

 日経新聞が経営に参画


 
□昭和48年11月1日

 教育専門局 → 一般総合局


 
□昭和50年10月1日 

 中川順(すなお)社長 翌年黒字
    

 
□昭和56年10月1日 

 東京12チャンネル → テレビ東京    


 
□3大都市ネットワーク 

 S57テレビ大阪

 S58テレビ愛知

 

□プロ野球中継スタート

 昭和42年4月11日~ プロ野球ナイター中経

 サンケイアトムズVS広島カープ 19:00~21:30 1.3%     
 主にサンケイ・大洋ホエールズ・東京オリオンズ3チーム
  野球中継に教育をトッピング

  

□東京スタジアムの風景

 球団広報は橋爪四郎(ヘルシンキ1500m自由形銀メダリスト)

南千住(荒川区)



□男の約束がつかんだ巨人戦

 昭和42年4月29日 巨人戦 こぼれたゲーム 12.9%

  

□バックスクリーンからの映像を導入 

 12チャンネル 野球中継

    わずか3台で → 予算

 
□初 SBO S43~

バックスクリーンから S49~

  

□マイナー競技に光を当てた「サンデースポーツアワー」

 アマチュアスポーツ中継を13時から3時間

サッカー ラグビー テニス アイスホッケー ハンドボール

 アメリカンフットボール リトルリーグ
    


□昭和42年10月1日

 メキシコオリンピック代表選考会 ボクシング   
2%とれれば上出来



   アマチュアスポーツとの絆が強くなる

  

□負けてたまるか男子バレーボールの逆襲
 
 松平  屈辱  男子バレーボールを扱うように

 松平一家の一員になる
男子バレーをよく見せるために工夫と努力

ブロック用カメラ 監督にワイヤレスマイク(ピンマイク)

 バレーが開いた東ドイツとの国交

  

□世界への窓「ダイヤモンド・サッカー」

 昭和42年夏 サッカー担当 寺尾皖次(静高)

「ダイヤモンド・サッカー」S43~S63 

 前身S43.4.13~ 「イギリスプロサッカー」
解説 岡野俊一郎 実況 金子勝彦

 編集に時間 1年以上のタイムラグ
「ロンドンタイムズ」丸善から


 S43.10「三菱ダイヤモンドサッカー」
  日曜午前10時へと移動 = 選手が見られるように

  

□西ドイツワールドカップ衛生生中継

 S49(1974)西ドイツでのワールドカップ放送権獲得に
7.7決勝生中継

 金子勝彦サッカーへの愛を語る




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