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『習熟度別授業でほんものの算数の学力をつける』 京都府綾部市立中筋小学校 黎明書房 2004年 ③ /「神様がくれたサツマイモ」 海老名香葉子 2005年 出典未記録 【再々掲載 2014.3】 [読書記録 教育]

今回は、3月15日に続いて、京都府綾部市立中筋小学校の
「習熟度別授業でほんものの算数の学力をつける」の紹介 3回目です。


小学校の算数科、習熟度別授業についての研究実践の報告です。
習熟度別学習では、自分に適したコースを選ぶことが大切になります。
それができるようにするには…



今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「事前テスト3つの活用
  ①単元の系統性を掴む ②児童の実態を掴む ③コース選択のめやすとする」


・「コースのネーミング = 優劣を感じさせない」


・「児童の意欲を大切に
2コース選択制も ,教師のガイダンスで,人数調整あり」





もう一つ、再々掲載となりますが、海老名香葉子さんの、
「神様がくれたサツマイモ」を載せます。
落語家のおかみさんとしていつも明るいイメージ海老名香葉子さんだけに、
こころに響きます。





<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





☆子供たちの学習に
文部科学省の
「子供の学び応援サイト(臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト)」




ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。







☆『習熟度別授業でほんものの算数の学力をつける』 京都府綾部市立中筋小学校 黎明書房 2004年 ③

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◇オリエンテーションのポイント

(1)事前テスト3つの活用

 ① 単元の系統性を掴む

 ② 児童の実態を掴む

 ③ コース選択のめやすとする


 
①単元の系統性を掴む



 ②児童の実態を掴む

・個々の実態を掴む

 ・児童全体の傾向を掴む

 ・生活経験や予備知識を掴む



 ③コース選択のめやすとする






(2)自己選択の見通しを持たせる3つの例示

 ① 学習の内容

 ② それぞれのコースの違い

 ③ 事前テストの活用


 ①学習の内容 

  ・劇化して 

  ・本や資料を使って

  ・具体物を用いて



 ②それぞれのコースの違い

 ・コースの学習方法や学習内容

 ・コースのネーミング = 優劣を感じさせない



 ③事前テストの活用 教師の声掛け






(3)アンケートについての3つの留意点 

 ① 自分を見つめる時間を大切に

 ② 児童の意欲を大切に

 ③ 保護者とともに

 

 ①自分を見つめる時間を大切に  

   希望コースと理由



②児童の意欲を大切に

2コース選択制も ,教師のガイダンスで,人数調整あり



 ③保護者とともに 特に低学年














(2)「神様がくれたサツマイモ」 海老名香葉子 2005年 出典未記録 【再々掲載 2014.3】
 

 昭和20年3月10日、米軍による大空襲に遭い、たった2時間のうちに10万人が亡く
なりました。


 早いものであれから60年。


 当時11歳だった私も70歳になり、これ以上齢を重ねては、戦火の恐ろしさと平和の大
切さを後世に伝えることができなくなる。


 その思いに駆られ、3年前から慰霊碑と母子像を建立したいという思いを抱いていまし
た。



 当初は都や区から土地を分けていただこうとお願いにあがりましたが、なかなかOKの
返事をいただけません。


 そこで上野の寛永寺様へ一隅を安く分けていただけないかと相談に伺いました。


 3日後に


「あなたの熱意に打たれました」


とお住職様からお電話をいただき、土地を項戴することができました。


 結果的に都からも上野公園の一角を分けていただくこととなり、次はいよいよ建立です。


 慰霊確と母子像の二つも建立するとなると大事業です。何度も無理かと思う場面があり
ましたが、


「お母さん、こんな機会はもうないから無理してでもやったほうがいい」


「私のお年玉の貯金を全部ばあばにあげる」


と、子や孫に背中を押されました。


 その他にも数え切れないくらい多くの方々に励ましていただき、戦後60周年である今
年の3月9日、無事除幕式を迎えることができました。


 その時下の息子が、


「空襲で亡くなった10万人の方がお母さんに力を貸してくれたんだね」


と言いましたが、私もまったくその通りだと思っています。


 その力を貸してくれた10万人の中には、私の両親と3人の兄弟がいます。


 私は戦火を逃れるため、前年の昭和19年に静岡県沼津市のおばの家に一人で縁故疎開
しました。

 出発当日、私は大好きなおばさんの家に行けるとわくわくしていましたが、母は涙をぽ
ろぽろこぼしながら、お守りを首からかけてくれると、


「かよちゃんは明るくて元気で強い子だから大丈夫よ」


と何度も、何度も言うのです。

 母があまりにも悲しい顔をしているので、だんだんと心細くなってきました。


「母ちゃん、友達ができなかったらどうしよう」


とつぶやくと、母は私の心細さを取り払ってくれるかのように、


「大丈夫よ。あなたは人に好かれるから大丈夫よ。明るくて元気で強い子だから大丈夫よ」


と何度も何度も繰り返しました。




 それが最後の言葉となりました。




 空襲後、生き残ったのは疎開していた私と、すぐ上の兄・喜三郎だけでした。


 兄は家族5人が亡くなったことを伝えるため沼津までやってきましたが、きっと焼け爛
れた死体の山をまたいで、汽車にぶら下がるようにして東京からきてくれたのでしょう。


 その夜、私は兄にしがみ付きながら、いつまでも泣いていました。


 戦中戦後の動乱で誰もが生きていくのに精一杯の時代、2人もおばに世話になるのは悪
いと、兄はあてもなく東京へ戻り、私は引き続き沼津のおばの家に残りました。


 そのあとは東京・中野のおばのもとへ身を寄せました。


 どうにか置いてもらおうと一所懸命お手伝いをしましたが、ある冬の日、瓶に水を張っ
ていないとい理由で、おばにものすごく叱られました。


 それまでは「いい子でいなくちゃ、好かれる子でいなくちゃ」と思っていましたが、そ
の日はひどく悲しくなって家を飛び出しました。


 向かったのは、昔家族で住んでいた本所の家の焼け跡でした。



 焼け残った石段に腰を下ろし、ヒラヒラと雪が舞い散る中、目を閉じると家族の皆と過
ごした平和な日々が蘇ってきました。


「どうして及んな私を一人にしたの? もうこのままでいいや…」




 その時、一人の復員兵が通りかかりました。


 私の前で立ち止まり、鞄の中から1本のさつまいもを取り出したかと思うと、半分に割
って差し出しました。


「姉ちゃん、これ食べな。頑張らなくちゃダメだよ!」


 物が食べられない時代、見ず知らずの人が食糧を分けてくれることなど考えられないこ
とです。


 私は夢中になって頬ばりましたが、ふとお礼を言うのを忘れたと気づき、振り返りまし
たが、もうそこには誰もいませんでした。



 このエピソードは『あした元気になあれ-半分のさつまいも-』として、今夏映画化さ
れましたが、いまにして思うと、あれは神様だったのかもしれません。


 神は私に「生きよ」と告げたのだと思っています。


 さつまいもを食べて元気になった私は、走っておばの家に戻りましたが、しばらくする
とその家にもいられなくなりました。


 つてで転々とする中で、つらいことはたくさんありました。


 でも、すねたり、くじけたり、横道にそれるようなことはありませんでした。



 それは両親に愛された記憶があるからです。悪さをしたら父ちゃんが悲しむ、こんなこ
とで泣いたら、別れ際に「かよちゃんは強い子よ」と言ってくれた母ちゃんが悲しむ。

 それが生きる支えとなり、いつも笑顔で生きてきました。



 平和な時代に生きるいまの人たちには、子どもをいっぱいいっぱい愛してやってほしい
と思います。親に心底愛された子どもは、苦境に遭っても絶対に乗り越えていけます。


 そしてもう二度と戦争によって私のような悲しい思いを、地球上のすべての子どもたち
にさせられません。


 それが戦後60年の節目に願うことであり、私のすべての活動の原動力になっています。
                               (談)
                        (えびな・かよこ=エッセイスト)

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