「議論を逃げるな 教育とは日本語」宇佐美寛 さくら社 2017年 /「じゅもんは九九 (さんすう文庫 2)」藤沢市算数教育研究会 太平出版社 1986年【再掲載 2013.6】 [読書記録 教育]
今回は、宇佐美寛さんの
「議論を逃げるな 教育とは日本語」を紹介します。
出版社の案内には、
「半世紀の余、はったりや誤った言説がまかり通る学界に論戦を挑み続けた千葉大学名誉
教授・宇佐美寛先生。その手になる刺激的すぎる書をお届けします。
日本語の論理性をおざなりにするところから生じた、様々な教育界の問題。教育史の大
家も、新指導要領の目玉も、その批判を逃れることはできません。知は厳密さの上には
じめて成り立つもの、そんな基本を思い出させてくれる一冊です。」
とあります。
問題点を分かり易く教えてくれます。
わたしのもやもやしているものが晴れ、すっきりとした気分になりました。
さくら社の本、わたしは好きです。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は…
・「研究者ははしゃいではいけない」
・「アクティブ・ラーニング(とは)教材から遊離した学習まがい(のもの)」
「安易な思いつきの活動ばかり」
・「『鍛える』要素を欠いては教育は成り立たない」
・「何をやってもどんな事態についても『アクティブ・ラーニング』だと称して通用する。」
・「『。』で終わる。 句点の意義を考えない状態を伝染させる。」
- 読んでいて恥ずかしくなりました。
・「番を意識して小出しに述べるべきである。全部を述べようとするとすきができる。」
・「×『~思う』」
- 昔々、ラジオでTBSの榎(榎本勝起)さんが、
レポーターの「~したいと思います。」を批判していましたが、
今はすっかり当たり前になってしまっています。
もう一つ、再掲載となりますが、藤沢市算数教育研究会の
「じゅもんは九九(さんすう文庫2)」を載せます。
たまたま図書館で見つけた本ですが、大変おもしろく読むことができました。
およそ40年前に出版された本ですので、図書館に期待するしかないようです。
今日は振り替え休業日、片付け作業を進めることができそうです。
<浜松のオリーブ園>
浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト
〈ふじのくに魅力ある個店〉
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
☆「議論を逃げるな 教育とは日本語」宇佐美寛 さくら社 2017年
◇序
アクティブ・ラーニング
片言英語
ただありがたがっているだけ
研究者ははしゃいではいけない
→ 常にはしゃいでいる者に冷水を浴びせ、慎重・入念・冷徹に志向することを教え続
ける職分の者
- 研究者は「塩」でなくなったら外に捨てられるべき
↓
◎ 意味が乏しく不明瞭な記号(言葉)が大量に繰り返され、しつこく流れるという事
態は極めて有意義な記号である
◇「アクティブ・ラーニング」の害
アクティブ・ラーニング
→ 教材から遊離した学習まがい
↓
それなのに、学習者も教師も学習が活発であると錯覚しているのだからたちが悪い
= 安易な思いつきの活動ばかり
(例)作文
1 自力で書く 他者と相談しない
2 身体を使う 手書きする ワープロは不可
3 反復して念を入れる 繰り返し推敲する
アクティブ・ラーニング
→ アクティブなのはあくまでもラーニング
× 行動的
「ご機嫌取り授業」(宇佐美)
※「鍛える」要素を欠いては教育は成り立たない
◎ 一人で机に向かって熱心に読み書きしているときこそ「ラーニングはアクティブ」
何をやってもどんな事態についても「アクティブ・ラーニング」だと称して通用する。
◎「アクティブ・ラーニング」は粗雑、曖昧語である。だから、日本語に訳することがで
きない。定義もできない。しかたがないからカタカナ語のまま「アクティブ・ラーニン
グ」と発声している。定義されていないままで、気分的に馴れ合って使われている。何
が正確な「アクティブ・ラーニング」なのかを確定しようともしない。
◇句点無ければ文は無し
◎ 「。」で終わる。
句点の意義を考えない状態を伝染させる。
◇番
◎ 番を意識して小出しに述べるべきである。
全部を述べようとするとすきができる。
◇教育史の害
梅根悟氏 「単元活動」論
無責任 自分の実践で確かめた上でするべき
時枝誠記「国語学原論」
芦田恵之助「綴り方教授」「読み方支援」
垣内松三「国語の力」
石山脩平「教育的解釈学」
×「~思う」
◇引用無きところ、インチキはびこる。
必ず引用せよ。
作文教育界「引用無きところ印象はびこる」
☆「じゅもんは九九 (さんすう文庫 2)」藤沢市算数教育研究会 太平出版社 1986年【再掲載 2013.6】
◇たし算がはやくなる術 入門編
◎覚えてしまおう 16個の足し算
①2+2=4
②3+2=5
③4+2=6
④5+2=7
⑤6+2=8
⑥7+2=9
⑦8+2=10
⑧5+5=10
⑨3+3=6
⑩4+3=7
⑪5+3=8
⑫6+3=9
⑬7+3=10
⑭4+4=8
⑮5+4=9
⑯6+4=10
□足して10になる数 5つ
①9と1
②8と2
③7と3
④7と4
⑤5と5
◇足し算が速くなる術 達人編 (さくらんぼ計算=ハマコウ註)
2は1と1
3は2と1
4は3と1,2と1
5は4と1,2と3
6は5と1,4と2,3と3
7は6と1,5と2,4と3
8は7と1,6と2,5と3,4と4
9は8と1,7と2,6と3,5と4
◇足し算が速くなる術 神さま編
上の位からやる
ちらっと右を見て
◇ひき算のコツ
□2つだけ
① 2から10までの数が何と何でできているか
② 10は何と何でできているか
◇かけ算の秘密
□数えもしないであててしまう恐ろしい魔法
∥
同じ数同士の集まりをひとまとめに数えてしまう
◇ゆびでやるかけ算
その1,その2 (略)
◇九九の覚え方
かけ算は算数の中でもとびきりの魔法
→ 呪文を唱える
答えが1桁の時は「が」がつく
◇九九の謎
九九 中国生まれ 朝鮮から奈良時代に日本へ
奈良時代
貴族 九九の便利さにびっくり
◎「こんな便利な物と平民に知らせるのはもったいない」
◎「9の段の最後の九九81から唱えよう。馬鹿な平民どもには難しすぎて覚えられ
ないだろう」(だから九九=ハマコウ註)
安土桃山時代
町人「読み書きそろばん」
◎ ようやく九九がみんなのものになって今の順序に
(しかし,名前だけ九九が残った)
∥
「三十六計逃げるにしかず」ろくろく36から
「四苦八苦」四九36 八九72 足すと108
◇九九を忘れた時は
8×7=7×8 忘れた時に使える
※ 掛ける数と掛けられる数をひっくり返す(交換)
◇九九の形
1・9の段…十角形
2・8の段…五角形
3・7の段…星型
4・6の段…星型
5の段…線
◇「×」はバッテンではない
「×」かけ算
350年前 オートレッド(イギリス)
◎たすきを掛けたように唱えたから
「議論を逃げるな 教育とは日本語」を紹介します。
出版社の案内には、
「半世紀の余、はったりや誤った言説がまかり通る学界に論戦を挑み続けた千葉大学名誉
教授・宇佐美寛先生。その手になる刺激的すぎる書をお届けします。
日本語の論理性をおざなりにするところから生じた、様々な教育界の問題。教育史の大
家も、新指導要領の目玉も、その批判を逃れることはできません。知は厳密さの上には
じめて成り立つもの、そんな基本を思い出させてくれる一冊です。」
とあります。
問題点を分かり易く教えてくれます。
わたしのもやもやしているものが晴れ、すっきりとした気分になりました。
さくら社の本、わたしは好きです。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は…
・「研究者ははしゃいではいけない」
・「アクティブ・ラーニング(とは)教材から遊離した学習まがい(のもの)」
「安易な思いつきの活動ばかり」
・「『鍛える』要素を欠いては教育は成り立たない」
・「何をやってもどんな事態についても『アクティブ・ラーニング』だと称して通用する。」
・「『。』で終わる。 句点の意義を考えない状態を伝染させる。」
- 読んでいて恥ずかしくなりました。
・「番を意識して小出しに述べるべきである。全部を述べようとするとすきができる。」
・「×『~思う』」
- 昔々、ラジオでTBSの榎(榎本勝起)さんが、
レポーターの「~したいと思います。」を批判していましたが、
今はすっかり当たり前になってしまっています。
もう一つ、再掲載となりますが、藤沢市算数教育研究会の
「じゅもんは九九(さんすう文庫2)」を載せます。
たまたま図書館で見つけた本ですが、大変おもしろく読むことができました。
およそ40年前に出版された本ですので、図書館に期待するしかないようです。
今日は振り替え休業日、片付け作業を進めることができそうです。
<浜松のオリーブ園>
浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト
〈ふじのくに魅力ある個店〉
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
☆「議論を逃げるな 教育とは日本語」宇佐美寛 さくら社 2017年
◇序
アクティブ・ラーニング
片言英語
ただありがたがっているだけ
研究者ははしゃいではいけない
→ 常にはしゃいでいる者に冷水を浴びせ、慎重・入念・冷徹に志向することを教え続
ける職分の者
- 研究者は「塩」でなくなったら外に捨てられるべき
↓
◎ 意味が乏しく不明瞭な記号(言葉)が大量に繰り返され、しつこく流れるという事
態は極めて有意義な記号である
◇「アクティブ・ラーニング」の害
アクティブ・ラーニング
→ 教材から遊離した学習まがい
↓
それなのに、学習者も教師も学習が活発であると錯覚しているのだからたちが悪い
= 安易な思いつきの活動ばかり
(例)作文
1 自力で書く 他者と相談しない
2 身体を使う 手書きする ワープロは不可
3 反復して念を入れる 繰り返し推敲する
アクティブ・ラーニング
→ アクティブなのはあくまでもラーニング
× 行動的
「ご機嫌取り授業」(宇佐美)
※「鍛える」要素を欠いては教育は成り立たない
◎ 一人で机に向かって熱心に読み書きしているときこそ「ラーニングはアクティブ」
何をやってもどんな事態についても「アクティブ・ラーニング」だと称して通用する。
◎「アクティブ・ラーニング」は粗雑、曖昧語である。だから、日本語に訳することがで
きない。定義もできない。しかたがないからカタカナ語のまま「アクティブ・ラーニン
グ」と発声している。定義されていないままで、気分的に馴れ合って使われている。何
が正確な「アクティブ・ラーニング」なのかを確定しようともしない。
◇句点無ければ文は無し
◎ 「。」で終わる。
句点の意義を考えない状態を伝染させる。
◇番
◎ 番を意識して小出しに述べるべきである。
全部を述べようとするとすきができる。
◇教育史の害
梅根悟氏 「単元活動」論
無責任 自分の実践で確かめた上でするべき
時枝誠記「国語学原論」
芦田恵之助「綴り方教授」「読み方支援」
垣内松三「国語の力」
石山脩平「教育的解釈学」
×「~思う」
◇引用無きところ、インチキはびこる。
必ず引用せよ。
作文教育界「引用無きところ印象はびこる」
☆「じゅもんは九九 (さんすう文庫 2)」藤沢市算数教育研究会 太平出版社 1986年【再掲載 2013.6】
◇たし算がはやくなる術 入門編
◎覚えてしまおう 16個の足し算
①2+2=4
②3+2=5
③4+2=6
④5+2=7
⑤6+2=8
⑥7+2=9
⑦8+2=10
⑧5+5=10
⑨3+3=6
⑩4+3=7
⑪5+3=8
⑫6+3=9
⑬7+3=10
⑭4+4=8
⑮5+4=9
⑯6+4=10
□足して10になる数 5つ
①9と1
②8と2
③7と3
④7と4
⑤5と5
◇足し算が速くなる術 達人編 (さくらんぼ計算=ハマコウ註)
2は1と1
3は2と1
4は3と1,2と1
5は4と1,2と3
6は5と1,4と2,3と3
7は6と1,5と2,4と3
8は7と1,6と2,5と3,4と4
9は8と1,7と2,6と3,5と4
◇足し算が速くなる術 神さま編
上の位からやる
ちらっと右を見て
◇ひき算のコツ
□2つだけ
① 2から10までの数が何と何でできているか
② 10は何と何でできているか
◇かけ算の秘密
□数えもしないであててしまう恐ろしい魔法
∥
同じ数同士の集まりをひとまとめに数えてしまう
◇ゆびでやるかけ算
その1,その2 (略)
◇九九の覚え方
かけ算は算数の中でもとびきりの魔法
→ 呪文を唱える
答えが1桁の時は「が」がつく
◇九九の謎
九九 中国生まれ 朝鮮から奈良時代に日本へ
奈良時代
貴族 九九の便利さにびっくり
◎「こんな便利な物と平民に知らせるのはもったいない」
◎「9の段の最後の九九81から唱えよう。馬鹿な平民どもには難しすぎて覚えられ
ないだろう」(だから九九=ハマコウ註)
安土桃山時代
町人「読み書きそろばん」
◎ ようやく九九がみんなのものになって今の順序に
(しかし,名前だけ九九が残った)
∥
「三十六計逃げるにしかず」ろくろく36から
「四苦八苦」四九36 八九72 足すと108
◇九九を忘れた時は
8×7=7×8 忘れた時に使える
※ 掛ける数と掛けられる数をひっくり返す(交換)
◇九九の形
1・9の段…十角形
2・8の段…五角形
3・7の段…星型
4・6の段…星型
5の段…線
◇「×」はバッテンではない
「×」かけ算
350年前 オートレッド(イギリス)
◎たすきを掛けたように唱えたから