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「続午前8時のメッセージ」草柳大蔵 静岡新聞社 2002年 ② /「歌で愛を伝えるそれが私の天命」 美輪明宏 (「ラジオ深夜便」2018年12月号) ② [読書記録 教育]

今回一つ目は、7月3日に続いて、草柳大蔵さんの
「続午前8時のメッセージ」2回目の紹介です。


出版社の案内には、


「評論家・草柳大蔵が送る待望の第2弾。家庭、学校、社会、さまざまな角度から子ども
 の心を見つめ、輝く未来のために祈りを込めて語る珠玉の99話。」


とあります。


東井義雄さんについては、拙ブログでもたびたび紹介してきました。
「村を育てる学力」が著名ですが、時代が違っても大切なことを、
今でも著書等から学ぶことができます。



もう一つ、昨日に続き、美輪明宏さんの
「歌で愛を伝えるそれが私の天命」②を紹介します。
「見えないものを見る」ことの大切さは、子どもたちと接するときに特に感じています。
月刊「ラジオ深夜便」を定期的に購読するようになり20年。
毎月、神沢書店さんが届けてくれるのを楽しみにしています。
ラジオ放送の内容がギュッと詰まった月刊誌。お薦めです。



4月から始まった、午前中勤務の働き方。
午後の時間を十分に使えるありがたさを感じています。
家の外での作業を有効に生かしていましたが、このところの梅雨空。
午後外に出ると蒸し暑さにやられてしまいます。
夕方小一時間出るのがやっとです。

暑さに少しずつ、上手に慣れていきましょう。



<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト







ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。








☆「続午前8時のメッセージ」草柳大蔵 静岡新聞社 2002年 ②

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◇父とは生涯に3度叱りつける存在

 東井義雄先生という大変な指導者がいらっしゃいました。


 この先生が、6年生の理科の時間に、カエルを一匹ずつ捕まえて解剖をさせたんです。


 先生が教壇の上に立っていると、ヒソヒソと子どもたちが何かをつぶやいている声が聞
こえる。


「何を言っているんだろう?」


と教壇から下りて耳を澄ますと、


「カエルさんごめんね。カエルさんごめんね」


と言いながら、カエルのお腹を子どもたちが開いていたというんですね。
 

「この『カエルさんごめんね』に対してどう答えてやるか。子どもたちが納得するように
 答えられるのが教師ではないかと子どもに教えられた」


とエッセイの中で書いていらっしゃる。


 私は息を呑みました。

 こういう人が本当の教師なんだな、と思いました。
 



 東井先生のお父さんは、貧しいお寺の和尚さんでした。


 生まれついてのお人よしで、他人の借金の連帯保証人になったために差し押さえをくら
い、お寺の中のものをすべて持っていかれてしまったんですね。


 それでもお酒をやめないで、時々道で寝ていたんだそうです。


 先生はお父さんを起こして、その重い体を引きずってお寺に運んだけれども、どうして
もお父さんが憎めなかったそうです。


 その後、師範学校にお入りになるのですが、いよいよお父さんが、お酒の飲み過ぎで肝
臓を悪くしてお亡くなりになるんです。


 その臨終のときに、

「チチキトク」

という電報を貰った東井先生は、深夜に10キロの道を自転車を漕いで駆けつけるんです
ね。

 そのときお父さんが目を覚まして、

「わしこそ、幸せのど真ん中。こんな遠いところまでせがれが来るもんなあ」

と言った。


 それが臨終の言葉だったというんですね。


「わしこそ、幸せのど真ん中」、


ちょっといい言葉ですね。




 また、升田幸三さんという将棋の天才がいます。


 この方のお父さんも村一番の飲み助で、その上に博打好きなんですよね。


 升田さんは、子どものころから将棋が強かった。そこで、家出を決意するんですね。


 それをお父さんに言うと暴れて怒られるから、墨をすって、細い筆を探してきた。


 お母さんが一所懸命に仕立物をして家計を支えているのですが、そのお母さんのものさ
しを裏返して、

「日本一になるまで帰りません」

と書いて家出をし、大阪に出てくるんですね。                  




 教育者の森信三先生が、

「父とは生涯に3度叱りつける存在である」

と言っています。


 1番目は、子どもが嘘をついたり、盗みを働いたり、弱い者いじめをしたときはこっぴ
どく怒れ。


 2番目は、人を裏切ったとき。友人でも、先生でも、社会の人でも、とにかく自分の
子どもが卑怯な心から人を裏切ったときはこっぴどく怒れ。


 3番目は、母親に手向かったときにこっぴどく怒れ。


 この3つを挙げていらっしやいます。


 また、

「父は働いている姿をなるべく見せろ」

と言うんです。これはいいですね。












☆「歌で愛を伝えるそれが私の天命」 美輪明宏 (「ラジオ深夜便」2018年12月号) ②

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◇見えないものを見る

- 大切なのは見えない心根だと。


美輪

 そう。たいてい本当に美しいもの、尊いものは見た目では分からないんですよ。


 私が15歳まで過ごした長崎の実家は、銭湯やカフェ-を経営していました。


 お手伝いさんと一緒に銭湯の番台に座っていると脱衣場が見える。


 昔は自宅にお風呂のある家はほとんどなくて、皆銭湯でしたから、立派な身なりの人も来
ます。


 そういう人が着物を脱ぐと、実に情けない、干物みたいな体をしてる。


 逆に工事現場で働くおばさんや労働者が、ギリシャ彫刻のようなすばらしい体をしてる。


 子ども心に「着るものって一体なんなのうそじゃないか」と思いました。


 カフェーには、政治家とか僧職の方、学校の先生などがお忍びで見えるんですよ。


 要職にある人たちが酔うほどに本性を現して、ホステスさんの着物の裾から手や頭を突っ
込んでヘラヘラしてる。


 これまた「この人の昼間の顔はなんなのうそじゃないの」と。人を見るときには、容姿
や服装も、年齢性別、国籍肩書、いつさい物差しにしない方がいいと子ども心に学びました。


 見えるものは見ない、見えないものを見る。


 目の前にいる人の心が清らかか汚いか、それだけが重要なんです。


 そのときの経験は、表現者である私の根幹を作ってきたと思います。





◇半生を過ごした銀巴里

- 歌手としての出発点は銀座のシャンソン喫茶店「銀巴里」でした。



美輪

 16歳から40年近く、歌い続けた場所ですね。


 お客様は皆教養深くて、どんな話でも丁々発止とやり合う文化人ばかり。


 有名人もたくさんいました。


 三島由紀夫さんが川端康成さんと見えたり、吉行淳之介さんが遠藤周作さんと連れ立って
いらしたり、画家の岡本太郎さんが「歌わせて」と飛び入りで、上手なフランス語でお歌い
になることもありました。


 まるで自分のサロンのような空間でしたね。


 楽屋がないから、休憩時間に客席の空いてるところへ座っていて、お客様ともお友達にな
っちゃう。


 いろんな話を聞いて、歌で慰めたりアドバイスしたり。


 山ほどの思い出が、今でも私の宝物になっています。




- プロの歌手としての心構えも学んだとか。



美輪

 北海道から出稼ぎに来ている青年が見えて、受付で恥ずかしそうにくしゃくしゃの百円札
をお出しになったことがありました。


 汗がにじみ出てくるょうなお札でね。


 他ではコーヒーー杯60円が、ここでは150円。


「果たして私はこのお金に匹敵する歌を歌っているだろうか」


と思いました。


 上手ぶって鼻歌歌ってるんじゃ申し訳ない。一曲一曲真剣勝負で、慰め励まし、憩いにな
るような歌を提供しなきゃいけないんだと、その百円札に教えられたように思います。

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