「子どもを変えた親の一言作文25選」明治図書出版 1998年 ① /「朝には紅顔ありて」大谷光真 角川書店 2003年 ②【再掲載 2011.10】 [読書記録 教育]
今回は、明治図書出版の
「子どもを変えた親の一言作文25選」の紹介 1回目です。
編集は野口芳宏さん、水野茂一さん、向山洋一さん。
サブタイトルに「教室で読み聞かせ:子どもの作文珠玉集」とあります。
子どもらしい作文がいいですね。
もう一つ、再掲載となりますが、大谷光真さんの
「朝には紅顔ありて」②を載せます。
我が家の菩提寺は真宗高田派ですが、
浄土真宗本願寺派の門主が、仏さまの教えのほんの一部を分かりやすく教えてくれます。
<浜松のオリーブ園>
浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト
〈ふじのくに魅力ある個店〉
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
☆「子どもを変えた親の一言作文25選」明治図書出版 1998年 ①
1.はじめてのようちえん FSさん(5歳)
ようちえん、とてもたのしかったのに、みずぼうそうでいっぱいやすんだら、ポツンと
しちゃっていきたくなくなってしまいました。
あさどうしてもいけなくて、いちにちおやすみしました。よるねるとき、かなしくてな
みだがとまらなくて、おもいきりなきました。
そしたらママが、
「おおきくなるには、かいだんをひとつひとつのぼっていかなければならないんだよ。ゆ
りたんは、いまかいだんからおちそうになっているの。でもね、パパとママがおしりを
おさえているから、ぜったいにおとさないから、もうすこしがんばってみようよ。」
といいました。
つぎのひ、ママからはなれられなくて、せんせいにむりやりはなされちゃったけど、せ
んせいが、
「せんせいといっしょにおともだちをつくろうね。がんばってまいにちきてね。たのしみ
にしているよ。」
といってくれて、なんだかげんきがでてきました。
2.ごあいさつ SRさん(4歳)
ママは、ときどき、わたしのしらない人と、あいさつをします。もちろんしっている人
とも、あいさつします。
そんなとき大きなこえで、「だれ」ときくと、「しつれいでしょ」と、しかられるので、
小さなこえで、「どなた」とさくと「同じとうにすんでいる人よ」とか「こうえんでよく
あう人なんだけど、おなまえはしらないのよ」とか、「おともだちのおともだちよ」なあ
んて、こたえます。
「おなまえをしらない人でも、ごあいさつするの。」ときくと、「そうよ。おなまえまで
はしらないけれど、おかおは、よくしっているのよ。ごあいさつしたほうが、きもちいい
でしょ。」といいました。
しらないけれど、しっている人、なんだかよくわからなかったけれど、「ごあいさつは、
きもちいいのね。」と、おもいました。
☆「朝には紅顔ありて」大谷光真 角川書店 2003年 ②【再掲載 2011.10】
<出版社の案内>
「朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり」- 人は誰でも独りで生まれて死
んでいく。そんな厳しい命をどう生きるか、そこに仏教の教えのスタートがある。西本願
寺第24代門主が、混沌とした時代を生きる現代人の苦悩を見据えつつ、分かりやすい事
例と文章表現によって浄土真宗の教えを記した1冊だ。専門書以外で著者の言葉が幅広く
出版されるのは初めてのこと。
誰もが願われて生を受けたというポジティブ思考で生きること、善人であることへの執
着を捨てて欲望の存在を認めることなど、説かれているのは仏門に入る者の基本中の基本
だ。しかしそれらの言葉が「スローライフ」を求める世の機運と重なり、読む者の心を洗
ってくれそうだ。
<わたしの生き方に不安や迷いが生じたら>
◇むなしさを生むのは単調な日々ではなく、凝り固まったこころです
□子どもの視点
一つの価値、一つの既成概念に縛られていない → 自由さ
↑↓
◎ 大人になるにつれ「枠にはまった見方」
→ 同じ道を通っても昨日との違いに目を!
□あるお寺の本堂の垂れ幕の心得
1 このたびのこの「ご縁」は初事と思うべし
2 このたびのこの「ご縁」我一人のためと思うべし
3 このたびのこの「ご縁」今年最後と思うべし
「ご縁」を「今日一日」「今日の出会い」
◇あなたの鏡には何が映っているでしょうか
□浅田正作
毎朝毎朝洗面所の鏡に向かってわたしは自分の何を見ていたか、どんなに高い地位に立
ってもどんなに権力を得ても自分を見失わない人
= 自分のこころにも映し出す鏡を持っている
|
◎ こころの鏡
◇誰もがいずれは老いていく それもまた人間のつとめなのです
□どんなに頑張っても皆老いてゆく
→ 素直に年を重ねていくことが努め
老いと死
~ 周囲の者へ
「いのちながらえば老いてゆくのが人間だ。おまえたちは将来老いをどう生きるのか。
わたしはこのように生きているぞ」
「自分のいのちは自分の所有物ではない。いろんな人のいのちによって支えられ生かさ
れている。様々なつながりの中にあるひとつのいのち、それがわたしたちなのです」
↓
◎ 「老いる」(迷惑を掛けるのも含めて)を次代に伝える大事な役割
↓
「ありがとう」
◇あなたはどこから来たのでしょう
□湯治場にお坊さんも滞在 → 法話
農作業が暇になると冬湯治場に
↓
◎ わたしたちもしばしば何もしない贅沢な時間を持つことが必要
3~5分でも
□蓮如上人のお手紙「白骨の御文章」
◎ 「朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり」
↓
忙しいという理由で自らを振り返ることから逃げ回っているばかりにもいかない
◇大事な声がきちんと聞こえていますか
夜の虫の声
= 昼は無意識のうちに聞き流している
→ 子どもにも
◎五感 - 意識的に一つ一つすることも必要
◇他力とは他人をあてにするようなことではない
□他力
他人をあてにすることではない
◎ 自分は何もしない
□法然
人間が努力を重ねて仏になるのではなく、仏の方から人間に向かって「どうか仏になっ
てくれ」と願い働き掛けてくださる
~ それが本当の仏教
|
◎ 阿弥陀さま 独自に48の願い
18番目「あらゆるものを必ず救う」=「本願」
「他力 = 阿弥陀如来のはたらき」
□親鸞聖人
阿弥陀さまの本願の力によって救われていく、わたしが浄
土に生まれていく = 「他力本願」
□他力本願
◎ 人間の願いを仏さまにかなえてもらうのではなく、仏さまの願いをわたしが聞かせ
ていただく
◇名誉、財産、子ども、それ以上に大事な「生きた証」があります
□親鸞聖人
京都生 9歳で得度 比叡山で20年間の修業時代
法然上人との出会いにより浄土教へ
越後へ流罪 妻帯
刑を解かれて後寝る、茨城、栃木中心に活動
※長男の善鸞を関東に遣わすが教えの違いから絶縁
↓
◎ 80歳を越えても執筆
絵空事ではない魅力
◇何を基準に考え、行動したらよいのでしょう
◎ 過ちを犯さない完璧な人間などあり得ない
|
◎ 人間は皆、根源的な愚かさをもつ「凡夫」
◎ 聖徳太子
「世間は虚仮なり」 自分も含めて
↓
三宝(仏法僧)を敬いなさい
※仏法僧 = 仏さまとその教え
「子どもを変えた親の一言作文25選」の紹介 1回目です。
編集は野口芳宏さん、水野茂一さん、向山洋一さん。
サブタイトルに「教室で読み聞かせ:子どもの作文珠玉集」とあります。
子どもらしい作文がいいですね。
もう一つ、再掲載となりますが、大谷光真さんの
「朝には紅顔ありて」②を載せます。
我が家の菩提寺は真宗高田派ですが、
浄土真宗本願寺派の門主が、仏さまの教えのほんの一部を分かりやすく教えてくれます。
<浜松のオリーブ園>
浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト
〈ふじのくに魅力ある個店〉
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
☆「子どもを変えた親の一言作文25選」明治図書出版 1998年 ①
1.はじめてのようちえん FSさん(5歳)
ようちえん、とてもたのしかったのに、みずぼうそうでいっぱいやすんだら、ポツンと
しちゃっていきたくなくなってしまいました。
あさどうしてもいけなくて、いちにちおやすみしました。よるねるとき、かなしくてな
みだがとまらなくて、おもいきりなきました。
そしたらママが、
「おおきくなるには、かいだんをひとつひとつのぼっていかなければならないんだよ。ゆ
りたんは、いまかいだんからおちそうになっているの。でもね、パパとママがおしりを
おさえているから、ぜったいにおとさないから、もうすこしがんばってみようよ。」
といいました。
つぎのひ、ママからはなれられなくて、せんせいにむりやりはなされちゃったけど、せ
んせいが、
「せんせいといっしょにおともだちをつくろうね。がんばってまいにちきてね。たのしみ
にしているよ。」
といってくれて、なんだかげんきがでてきました。
2.ごあいさつ SRさん(4歳)
ママは、ときどき、わたしのしらない人と、あいさつをします。もちろんしっている人
とも、あいさつします。
そんなとき大きなこえで、「だれ」ときくと、「しつれいでしょ」と、しかられるので、
小さなこえで、「どなた」とさくと「同じとうにすんでいる人よ」とか「こうえんでよく
あう人なんだけど、おなまえはしらないのよ」とか、「おともだちのおともだちよ」なあ
んて、こたえます。
「おなまえをしらない人でも、ごあいさつするの。」ときくと、「そうよ。おなまえまで
はしらないけれど、おかおは、よくしっているのよ。ごあいさつしたほうが、きもちいい
でしょ。」といいました。
しらないけれど、しっている人、なんだかよくわからなかったけれど、「ごあいさつは、
きもちいいのね。」と、おもいました。
☆「朝には紅顔ありて」大谷光真 角川書店 2003年 ②【再掲載 2011.10】
<出版社の案内>
「朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり」- 人は誰でも独りで生まれて死
んでいく。そんな厳しい命をどう生きるか、そこに仏教の教えのスタートがある。西本願
寺第24代門主が、混沌とした時代を生きる現代人の苦悩を見据えつつ、分かりやすい事
例と文章表現によって浄土真宗の教えを記した1冊だ。専門書以外で著者の言葉が幅広く
出版されるのは初めてのこと。
誰もが願われて生を受けたというポジティブ思考で生きること、善人であることへの執
着を捨てて欲望の存在を認めることなど、説かれているのは仏門に入る者の基本中の基本
だ。しかしそれらの言葉が「スローライフ」を求める世の機運と重なり、読む者の心を洗
ってくれそうだ。
<わたしの生き方に不安や迷いが生じたら>
◇むなしさを生むのは単調な日々ではなく、凝り固まったこころです
□子どもの視点
一つの価値、一つの既成概念に縛られていない → 自由さ
↑↓
◎ 大人になるにつれ「枠にはまった見方」
→ 同じ道を通っても昨日との違いに目を!
□あるお寺の本堂の垂れ幕の心得
1 このたびのこの「ご縁」は初事と思うべし
2 このたびのこの「ご縁」我一人のためと思うべし
3 このたびのこの「ご縁」今年最後と思うべし
「ご縁」を「今日一日」「今日の出会い」
◇あなたの鏡には何が映っているでしょうか
□浅田正作
毎朝毎朝洗面所の鏡に向かってわたしは自分の何を見ていたか、どんなに高い地位に立
ってもどんなに権力を得ても自分を見失わない人
= 自分のこころにも映し出す鏡を持っている
|
◎ こころの鏡
◇誰もがいずれは老いていく それもまた人間のつとめなのです
□どんなに頑張っても皆老いてゆく
→ 素直に年を重ねていくことが努め
老いと死
~ 周囲の者へ
「いのちながらえば老いてゆくのが人間だ。おまえたちは将来老いをどう生きるのか。
わたしはこのように生きているぞ」
「自分のいのちは自分の所有物ではない。いろんな人のいのちによって支えられ生かさ
れている。様々なつながりの中にあるひとつのいのち、それがわたしたちなのです」
↓
◎ 「老いる」(迷惑を掛けるのも含めて)を次代に伝える大事な役割
↓
「ありがとう」
◇あなたはどこから来たのでしょう
□湯治場にお坊さんも滞在 → 法話
農作業が暇になると冬湯治場に
↓
◎ わたしたちもしばしば何もしない贅沢な時間を持つことが必要
3~5分でも
□蓮如上人のお手紙「白骨の御文章」
◎ 「朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり」
↓
忙しいという理由で自らを振り返ることから逃げ回っているばかりにもいかない
◇大事な声がきちんと聞こえていますか
夜の虫の声
= 昼は無意識のうちに聞き流している
→ 子どもにも
◎五感 - 意識的に一つ一つすることも必要
◇他力とは他人をあてにするようなことではない
□他力
他人をあてにすることではない
◎ 自分は何もしない
□法然
人間が努力を重ねて仏になるのではなく、仏の方から人間に向かって「どうか仏になっ
てくれ」と願い働き掛けてくださる
~ それが本当の仏教
|
◎ 阿弥陀さま 独自に48の願い
18番目「あらゆるものを必ず救う」=「本願」
「他力 = 阿弥陀如来のはたらき」
□親鸞聖人
阿弥陀さまの本願の力によって救われていく、わたしが浄
土に生まれていく = 「他力本願」
□他力本願
◎ 人間の願いを仏さまにかなえてもらうのではなく、仏さまの願いをわたしが聞かせ
ていただく
◇名誉、財産、子ども、それ以上に大事な「生きた証」があります
□親鸞聖人
京都生 9歳で得度 比叡山で20年間の修業時代
法然上人との出会いにより浄土教へ
越後へ流罪 妻帯
刑を解かれて後寝る、茨城、栃木中心に活動
※長男の善鸞を関東に遣わすが教えの違いから絶縁
↓
◎ 80歳を越えても執筆
絵空事ではない魅力
◇何を基準に考え、行動したらよいのでしょう
◎ 過ちを犯さない完璧な人間などあり得ない
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◎ 人間は皆、根源的な愚かさをもつ「凡夫」
◎ 聖徳太子
「世間は虚仮なり」 自分も含めて
↓
三宝(仏法僧)を敬いなさい
※仏法僧 = 仏さまとその教え