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小浜逸郎さんはこんなことを⑰-「家族を考える30日」JICC出版局  1993年 (2) /「『逃げの人生』も悪くない -挫折からのルネサンス」山田ルイ53世 月刊『NHKラジオ深夜便』2019年3月号 ①(前半) [読書記録 一般]

今回は2つ紹介します。
1つ目は、1月 6日に続いて、
「小浜逸郎さんはこんなことを」17回目、
「家族を考える30日」2回目の紹介です。


出版社の案内には


「家族を概念で語るのではなく、あたかも日めくりをめくるように、家族を普通にやって
 いればどこかでぶつかる出来事を、1日1項目のスタイルで、さりげなく提出し、繊細
 な倍率で照らし出す。家族を考えるヒントに満ちた新機軸のエッセイ集。」


とあります。




今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「親は社会に対しては子供の守り手であり子供に対してはソフトな壁である」


・「難しいけれども、子育ては、子供が小さい間は日本型の甘え許容方式で、子供が思春
  期にさしかかったら欧米型の自立推進方式で」


・「現代の消費社会の問題は『…にとって大事』という見方を常に無視できないこと」


・「死に際の見栄張りは、その行為の寂しげな様によって,周囲の人々に,自分の死がど
のくらいの所まで来ているか,自分がそのことをどのくらい知っているかを無意識に
  知らせている」





2つ目は、月刊『NHKラジオ深夜便』誌より山田ルイ53世さんの
「『逃げの人生』も悪くない -挫折からのルネサンス」①(前半)です。
NHKラジオ深夜便「明日へのことば」で、たまたま聴いた、髭男爵の山田ルイ53世さ
んのインタビューで、苦しんでいた過去のことを知りました。
そのインタビューが、『ラジオ深夜便』誌に載っていました。
引きこもることのつらさの一部がわかります。

月刊『ラジオ深夜便』誌、定期購読をしていますが、おすすめです。
今発売中の1月号には、社会学者加藤秀俊さんのインタビューが載っています。
高校生の頃から加藤さんの本が好きでよく読んでいました。
この放送で加藤さん夫妻をつなげる役割を若い頃のキッシンジャーさん(元米
国務長官)が果たしたことを知り驚きました。





<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト




ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。






☆小浜逸郎さんはこんなことを⑰-「家族を考える30日」JICC出版局  1993年 (2)

◇親として②

□子供に言えない親の部屋

 大人になることによってそのような弱点を隠す技術を身につける



           大人の自己信頼


 親は硬質な社会の顔立ちと自分の子供だけに固有の弱点を二つながら知っている存在



◎社会に対しては子供の守り手であり子供に対してはソフトな壁である



□欧米型子育てか日本型子育てか?

 日本人の家族生活者としてのアイデンティティ
「夫婦+子供」


◎日本人にはそもそも夫婦関係と親子関係を截然と分けて考える発想があまり無い



   結婚は始まりに過ぎない
 子供の出産によって夫婦の軸は多元的な広がりを獲得して時間の中に展開する



   全体の共生形態の中に自分を委ねる


 日本型も欧米型も一長一短

◎難しいけれども…
① 子供が小さい間は日本型の甘え許容方式

     ② 子供が思春期にさしかかったら欧米型の自立推進方式


□子別れを見定める
 




◇老親同居 病・死

□マザコン・ファザコンを排す

 夫婦中心主義  

 - 男は最早、親には敬意、妻にはエロスというような使い分けのスタイルを取ること
  ができなくなった


  ◎ 夫婦の筋をいかに貫いていくかが大事
  

□老いがあらわにくるもの


□親子間の臓器移植は感情まで移植する


□現代ペット考  

 現代の消費社会の問題
「…にとって大事」という見方を常に無視できない


□ガンを知らせるべきか

 「関係としての人間」  と  「共生としての人間」


□死に際の見栄張りは何のためか?

  見栄を張る行為の寂しげな様によって,周囲の人々に,自分の死がどのくらいの所ま
 で来ているか,自分がそのことをどのくらい知っているかを無意識的に知らせている
 







☆「『逃げの人生』も悪くない -挫折からのルネサンス」山田ルイ53世 月刊『NHKラジオ深夜便』2019年3月号 ①(前半)

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◇僕の人生はウンコで変わった

― 小さなころから、学校や周囲となじめないようなお子さんだったんですか?


山田 むしろ正反対です。幼稚園や小学校のときはやんちゃで、勉強もスポーツもそ
つなくできて、児童会長もしていました。友達もたくさんいて、自分で言うのもロは
ばったいですけど、リーダー的存在。バレンタインデーにはチョコもいっぱいもらっ
ていました。


- かなりの優等生だったそうですね。


山田 まあまあ勉強ができたんですよ。中学 受験してるんですけど、半年ちよっと
の受験勉強で、名門といわれる進学校に合格したりして。自分ではそれを「神童感」
と呼んでいます。別に周りから「神童や」って言われたわけじゃなくて、「俺って結構
すごいんちゃうん?」っていう思い込みですけどね(笑)。いまだに、「人生のピークは
あそこじゃないか」って思うぐらい充実していました。


- 進学した中学校は自宅から遠かったそう ですが、どんな学校生活でしたか?


山田 勉強も部活動もとにかく頑張っていましたけど、ちょっとしんどかったです。
僕は兵庫県の三木市に住んでたんですけど、神戸の学校まで電車で山の中通って、片
道一時間ぐらいかけて通学してたんですょ。進学校だから宿題も結構出るし、毎日家
に帰って深夜まで勉強して、起きるのが朝の5時や6時とか。なかなかハードな生活
やったんです。



- 引きこもりが始まったのは、どんなことが引き金だったんですか?


山田 きっかけは、通学途中に「ウンコを漏らした」というコミカルな出来事です(笑)。
突然おなかが痛くなって、坂道で崩壊してしまったという。汚れたズボンを水飲み場
で一生懸命洗い、校内着に着替えて「よし、何とか乗り切った」と思ったんですけど
ね。そのうち椅子の下の収納スペースに押し込んだズボンが乾いてくると、繊維の奥
の落とし切れなかった汚れが復活して、ふわ一っと臭ってきたんです。すると両隣の
子が「あれ?」って感じで僕を見て、前の子の背中がモゾモゾと動いて、まるでオセ
ロの大逆転ですよ。石の色がどんどん変わっていくようにパタパタと気付きのオセロ
が広がって、「これ完全にバレたな」と。それで次の休み時間にそっと教室を出て、以
来6年間引きこもるんです。


- 中学生にとっては重大な事件ですね。翌日から学校に行けなくなったんですか?



山田 このあたりの記憶があいまいなんですけど、いずれ程なく夏休みに入ったんで
す。でもそれで学校をやめようとか、登校拒否になるとは思っていませんでした。た
だ、いつもやったら宿題は夏休みが始まるとすぐに片づけるぐらいの人間が、その夏
は明日から学校やっていうときに、宿題に全く手を付けていなかったんです。自分で
もなぜか分からないんですけど、糸が切れたというか、すっかりモードが変わってし
まって、「どうしよう、学校行かれへん」ってなってしまったんです。「優秀な山田君」
で居続けるための頑張りがキャパオ1バーしていて、心の疲れみたいなのがどんどん
たまっていたんでしょうね。それが粗相をきっかけに崩壊したんやろうなと思ってい
ます。





◇優等生からスキャンダルの的に変身

-宿題を終えたら学校に行こう」と思っていたそうですが、なぜ長引いたんですか?



山田 何となく休んでいたら、全然行けなくなったんです。今引きこもっている方も
「まさかこんな状況で自分の人生がずっと続くわけない」と思っているはずなんです
けど、これが引きこもりの恐ろしいところで、一日休むと一日、二日休むと二日行き
づらくなる。
 毎日どんどん行きづらい負債がたまっていって、気が付くと返し切れないぐらい借
金が膨らんだような状態になるんです。


-ご両親の様子はどうだったんですか?


山田 親はもうパニックです。いつも「ええ子やな」って褒められていた子が急に変
わってしまって、怒り方の引き出しがないというか。漫才で言ったら、ネタ合わせも
フリもないのに急にボケてきて、「アドリブがすぎるぞ」みたいなね(笑)。
 今、自分が親という立場になってみると、つくづく気の毒なことをしたと思います。
あんなことされたら、誰もリアクションとれないですよ。


- 外に出るのはつらいものでしたか?


山田 みんなが顔見知りみたいな小さな町なので、引きこもりの子がいるというのは
「超ビッグニュース」「大スキャンダル」なんです。だから僕が引きこもり始めて一、
二年たつと、町じゅうがそれを知っているような状況。夜中にちよっと近所をジョギ
ングするぐらいはできたんですけど、それでも人の気配がするとさっと物陰に隠れた
りしていました。
 対人恐怖症みたいなことだと思うんですけど、 昼間はなかなか外を出歩けなかっ
たです。


- 「ちゃんとしなきやいけない」という焦りはなかったんですか?


山田 それはずっとありました。だから時々発作的に、「このままやと本当にだめにな
ってしまう」ってゾッとするときがあるんです。勉学で身を立てようと思っていたの
に、その経歴が完全に破壊されてしまったんで、虚無感みたいなものにとらわれてい
ました。


- 引きこもりへの入り口や落とし穴というのは身近なところにあるものなんですね


山田 誰でもそうなる可能性はあると思います。僕だって当時は勉強もスポーツもで
きて、はたから見たら「頑張れる子や」つて思われてたのに、ある日突然、違う人間
になったと言っても過言ではないんですから。いつも真面目に頑張っている人ほど、
その糸が切れたときに引きこもりになってしまうことがあるのかもしれないですね。
「何万人に一人」とか、そういう特別なことではないと思います。


- その長い引きこもり生活を、どうやって脱したんでしょうか?


山田 自分と同年齢の人たちの成人式のニュ-スを見たんです。「成人」というワード
に、「みんなが手の届かない、射程圏外の社会に飛び立ってしまう」というイメージを
強く感じていたんですけど、「いよいよ危ない」と思うと勉強がはかどるようになり、
大検を取得して、何とか大学に入ることができたんです。合格を知ったときは、凍っ
た山肌をずるずると滑落しているような状況の中で、やっと一か所手が引っ掛かって、
「とりあえず止まった」という気持ちでした。

(一部略)

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