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「新時代の教育をどう構想するのか」藤田英典 岩波ブックレット№533 2001年 ⑬ (最終)/『こころの目で見る』鈴木秀子 清流出版 2004年 ④【再掲載 2016.4】 [読書記録 教育]

 ハイスクール国際ジオラマグランプリ開催中!
 本日3月27日(日)15時まで(投票は12時まで)
 場所: ザザシティ浜松西館2F特設会場
 入場:観覧無料
 ※正確な情報は主催者にお問い合わせ下さい
  ハイスクール国際ジオラマグランプリ実行委員会 事務局
  E-mail:info@hamamatsu-diorama.com

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- 各学校を「市民的共生空間」として豊かにしていくことこそ大
  切。「名誉の等価性」を重んじ「努力と称賛のカルチャー」を育
  んでいくことが大切である。




今回は、3月24日に続いて、藤田英典さんの
「新時代の教育をどう構想するのか」13回目の紹介 最終です。



出版社の案内には、


「首相の私的諮問機関として各界の識者を集め、集中的な討議をへて発表さ
 れた教改革国民会議の報告は、教育基本法の見直し・奉仕活動の必要性な
 ど、大きな関心を呼び、今後の政策に反映必至の重大な提案を含んでいた。
 委員として参加・発言した教育学者が提案内容を検証・批判しながら『い
 ま本当に必要な教育改革とは』を訴える。」


とあります。




今回紹介分より強く印象に残った言葉は、

・「学校は多様性と個々人の自律性を前提にしたものでなければならない。
個々人の違いを認め、受け入れ、交流し協同する場でなければならな
  い。」


・「小中学生の生活は、身近な生活圏の中で展開するものであり、学校は、
  家庭や地域社会と共に、そういう生活圏の中核的要素である。」


・「中央主導の改革から地方主導の改革への転換が必要」


『こころの目で見る』鈴木秀子 清流出版 2004年 ④【再掲載 2016.4】

もう一つ、再掲載となりますが、鈴木秀子さんの
『こころの目で見る』④を載せます。
鈴木秀子さんの本を読むと心が少し明るくなるような気がします。



<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





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静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
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☆「新時代の教育をどう構想するのか」藤田英典 岩波ブックレット№533 2001年 ⑬(最終)

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◇教育改革・学校作りの指針

① 学校は多様性と個々人の自律性を前提にしたものでなければならない。

個々人の違いを認め、受け入れ、交流し協同する場でなければならな
  い。


 ② 小中学生の生活は、身近な生活圏の中で展開するものであり、学校は、
  家庭や地域社会と共に、そういう生活圏の中核的要素である。




 ◎ 中央主導の改革から地方主導の改革への転換が必要
   
 ◎ 各学校を<市民的共生空間>として豊かにしていくことこそ大
  切。<名誉の等価性>を重んじ<努力と称賛のカルチャー>を育
  んでいくことが大切。



□藤田英典

 1944年生まれ 石川県出身 早稲田大政経卒 

 スタンフォード大教育系大学院修  

 現在東京大学教授・教育社会学 比較社会学に基づき日本の教育改革を構想

 今回の国民会議に参加 
    以下の方針 ①「余計な改革をしない」

②「教育基盤・実践基盤の充実を図る」

 著書 『子ども・学校・社会』(東京大学出版会)
『文化と社会』(共著 有信堂)
『教育社会学』(共著 放送大学教育振興会)
『教育学入門』(共著 岩波書店)
『教育改革』(岩波新書)
『市民社会と教育』(世織書房)








☆『こころの目で見る』鈴木秀子 清流出版 2004年 ④【再掲載 2016.4】

<出版社の案内>
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説く、こころ豊かに生きる方法とは…?あなたの考え方、生き方が変わる『こころの目』
で見ることの不思議。

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◇イジメを通して見る心の宇宙 Ⅱ

□「イジメは絶対にやらない」という人に潜む危うさ
   
◎「いい人」「いい子」を自負している人ほど実は暴走しやすい

 → 感情の暴走を避けるためには、まず自分の中にあるあらゆる感情を認め
  ることが大切


 →  一連の流れをすっぱり断ち切るためには、目に見えない世界、変わらな
  い世界に目を向けていく



 ◎ 表面上はバラバラに見えても根の深い所で人間は皆つながっていて一つ
  の大きな命と愛で結ばれ分かち合いながら生きている



 ※「いじめたくなった時こそ命の尊さを見直すチャンスだ」と考えよう



□心の中にあるあたたかいものを育てる訓練

 あるアメリカ青年のエピソード(ハーバード大出身のエリート)
チベットで修行 - 3年間一人で座り続ける

◎「その間だれとも話をせず、今までの人生で出会った人たちをすべて思い出
   すように」と言われる


 お坊さん
◎「人間は皆繰り返し生まれ変わっているから、あなたが今までの生涯で出会
   った人は男性であろうと女性であろうと前世であなたの母親だった人です」



 3年間の修行を終えニューヨークへ


大学の先生に アドバイスは
  「あなたの尊厳を傷つけるからそんな行動はしない方がいい」
  ・見えない世界は無条件の領域
   ・ありのままの自分を認める


◎「自分は完璧」「自分は偉い」と正当化せず、弱さを認める



□自分を正当化しすぎると、いいことは何もない

 ◎隠し事がなくなり、心が軽くなれば自然と人間関係は温かいものとなる




◇自立と家出が区別できない人たち

□家では自由を保障するか  

 ほとんどが精神的苦痛からの逃避行動



□経済的自立だけでは本当の自立とはいえない

 内面的な自立の決め手は? 
「規律を守り自由を人間らしく楽しめるかどうか」
   ◎ 必要なのはビジョン

本当の自立ができれば目先の快感に走ろうとする自分を抑制できるよう
  になるし、それができたとき初めて真の「自由」を思う存分愉しむことが
  できる。


□目先の快感を規制する勇気を持っているか?

 マザー・テレサ(1910~1977)

「一番の快楽はもののように扱われていた人々が人間として立ち直り安ら
   ぎと平和のうちに生き、死んでいくこと。」



◎ 人生は乗り物と同じで目的地を定めておかないと目先の快楽に誘惑さ
   れ続けることになってしまう。

※ 逃げの連鎖が起こると人間関係も悪循環をたどる



□自立している人間は人間関係でわかる
   
 死を間近にした病に対して
  「自分は代わって上げることはできないけれど、あなたの辛さはよく理解
   できる」
  と伝えられる人。 


 二通りの名医 
   ① 難病治療  

   ② 共感できる医師(相手の痛みの受け止め方)



□夫婦で奏でる愛のソナタとは?

 ソナタも奏でられるけれど、ソロもすばらしいという関係

→ 聞く姿勢 相手の言うことを肯定も否定もせずありのままに受け取る

  アクティブ・リスニング(肯定も否定もしない)



□森鴎外の名作「じいさんばあさん」に見る夫婦愛

 互いへの敬意と自立 - 美濃部伊織と「るん」

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「さらば松竹新喜劇 天外・寛美と過ごした日々」藤井薫 情報センター出版局 1993年 ① (前半) /「感動を教えてくれた国語教科書」 萩野貞樹 徳間書店 2002年 【再掲載 2011.6】 [読書記録 一般]

 ハイスクール国際ジオラマグランプリ開催中!
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今回は、藤井薫さんの
「さらば松竹新喜劇 天外・寛美と過ごした日々」1回目前半の紹介です。



出版社の案内には、


「ドーランと風呂が大嫌いだった天外。ひと晩で原稿100枚を書き上げ
 た花登筐。借金取りのヤクザを10分で追い返した寛美など…。座付作
 家だった著者だけが知っている『笑い』と『人情』の舞台裏。」


とあります。



子どもの頃、名古屋のテレビ局のUHFで見ていた松竹新喜劇を懐かしく
思い出しました。
おととしの連続テレビ小説「おちょやん」をきっかけに読んだのですが…。




今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「笑いは自ずと出てくる。それが喜劇というもんや。 天外」


・「当たり狂言 
 『初代桂春団治』『親バカ子バカ』『銀のかんざし』『鼓』」


・「天外は役者に細かな指図は一切せず、すべての役者をプロ扱い。
  寛美は細かなことまで口やかましくダメだしし演技指導する。」


・「楽屋風呂5~6人でいっぱいの男女混浴=身内意識」
- わたしが生まれる頃まであった組の共同風呂も男女共同だったと
 よく聞きました。



もう一つ、再掲載となりますが、萩野貞樹さんの
「感動を教えてくれた国語教科書」を載せます。
時代背景を感じさせてくれます。




昨日は勤務先の送別会。
昼休憩の時間を使って、
今では職員室の各机も向かい合わせにアクリル板がある、
広い職員室で行われました。
時節柄、感染予防に十分配慮した短時間のものでしたが、
心のこもった会でした。
一年間勤めただけで送られる側になったのですが、
仲間に恵まれたよい職場でした。
午前中勤務のため同僚とのコミュニケーション時間がなく、
申し訳なかったと感じています。
花壇でのんびり花がら摘みをしていたところ、
理科社会科を担当していた4年生児童が走ってきてくれました。
作業しながら少し話しましたが、
「元気でね」の声をうれしく思いました。




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静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
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☆「さらば松竹新喜劇 天外・寛美と過ごした日々」藤井薫 情報センター出版局 1993年 ① (前半)

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◇天外との出会い

□「私」 
 
 新聞社広告部 + 松竹大阪支社演劇部の劇作家育成クラブに所属
    

 天外
  「喜劇はな役者もそうやが脚本書きも絶対に客にこびたらあかん。笑い
   なんか意識せんと一生懸命脚本を書きなはれ。笑いは自ずと出てくる。
   それが喜劇というもんや。」


 京都の夕刊紙 → 新聞社広告部(大阪) → 松竹新喜劇文芸部 
天外53歳 著者26歳
 


□旗揚げ 

 昭和23年12月 
   大阪中座で旗揚げ → 連日300人前後 不入り
     

 昭和25年 
   舘直志代表作「初代桂春団治」
   舘直志は天外のペンネーム
     
   
 当時の新喜劇
   1・9月京都の南座 7月新橋演舞場 3月名古屋御園座
   それ以外は中座
     

 文芸部長 星四郎   
夜中に鬼のように原稿書き → ガリおこし → 印刷
あがりのいいときは台所でおかん自ら


 当たり狂言
  「初代桂春団治」

  「親バカ子バカ」

  「銀のかんざし」

  「鼓」



□脚本を書く前に舞台装置家に指示  配役も事前に決めておいた


 プロムプター(文芸部員④人が手分けした) 
   大道具の陰で
  
 「ワシには藤山寛美という跡取りはできたが脚本書きの跡取りはまだや」




◇寛美の台頭
 
□初脚本「相合い傘から雨が漏る」
文芸部員は序幕狂言のみ  30分間 2時間ものを30分にカット
  
 
 星
  「序幕なんてのはおもしろくねえ方がいいんだ。引き立て役なんだよ。」
  
  「長いものは書いたって無駄だよ」
   

 祇園 愛人の芸妓・小くに 23,24歳 茶屋遊びで
 


□昭和26年9月 

 大阪中座「初代春団治」 
   寛美に脚光
   

 酒屋 イケダヤの丁稚役に寛美 - ほんのちょい役
  天外なみにアドリブを連発してアホ役
  → 舞台と脚本をにらめっこして脚本の方を訂正する
    一役の台詞が6ページの台詞になった
       ↓
   
 昭和34年12月~昭和36年4月     
初のテレビドラマ「親バカ子バカ」読売テレビ系列
    寛一ボンの幼児語で行う世相風刺が受けて全国区に!
        視聴率 49.4%(S35.1.26)
 


□天外の家は聖天坂
  
 ◎ 天外 … 役者に細かな指図は一切せず、すべての役者をプロ扱い
  
 ◎ 寛美 … 細かなことまで口やかましくダメだしし演技指導する   




◇楽屋裏のドラマ
 
 楽屋風呂
   5~6人でいっぱいの男女混浴 = 身内意識
 

 朝日テレビに浅尾ディレクターから脚本の声掛け 
   「てっちゃん劇場」
 

 U子と浩と奈保子









☆「感動を教えてくれた国語教科書」 萩野貞樹 徳間書店 2002年 【再掲載 2011.6】

<出版社の案内>
国定教科書から戦後教科書まで、誰もが学んだ「あの名作」の数々。

[明治期の検定教科書(明治19~明治36年)]

◇蝶々(一年生)

 てふてふてふてふ、


 なのはにとまれ。


 なのはにあいたら、


 さくらにとまれ。


 さくらのはなの、


 さかゆるみよに、


 とまれよ あそべ、


 あそべよ とまれ。




◇高橋東岡の妻(巻八・三年生後半)

 高橋東岡は、まづしく、大阪に住みし頃より天文学に志し、毎夜、屋根に
出でて、天文をしらべけり。


 つまも夫の心をくみて、まづしき中にも、よく、斯の志を助けた。


 東岡が家に、柿の大木ありて、秋毎に、よく実りぬ。夫婦は、それを売り
てくらし向きの助けとせり。


 或年の秋、近所のわる者ども、毎夜のように、しのび入りて、柿をぬすみ
ぬ。


 東岡、これをこらさんとて、毎夜、天文をしらぶるかたはら、音すれば、
庭に降り立ちて、おひしなどし、その心おちつかざりき。


 或日、外よりかへりて見るに、意外にも、柿の木は、根もとより、きりた
ふしてあり。


 東岡驚き、ちまなこになりて、妻をよび、わけを問へば、妻は、しづかに、

「柿は、私がきらせたるなり。なまなかに、此の木あるが為め、御心ちりて、
 学問のじゃまとなる。それゆゑわざと、きらせたり。」

といふ。


 東岡げにも、と感じて、これより、家事は、すべて、妻にまかせ、おのれ
は、一心ふらんに、天文学を修めければ、つひに、ひいでたる学者となりけり。
 

※ 江戸後期の天文学者、高橋至時の逸話である。至時は通称作左衛門、号は
東岡。幕府の天文方となって「寛政暦」を完成させた。暦学者・高橋景保の父。




◇楠木正行(巻七・四年生前半)

 父のゆいごん、母君の教へを守り、かりそめの遊びにだにも、朝敵を亡ぼす
まねびに、余念なし。


 みかどの為めに賊兵をおひしりぞけしも幾度ぞ。中にも、山名、細川が、一
万余騎を、一戦に、破りし武略めざましや。


 尊氏、再び、兵を起こし、師直兄弟六萬騎、つなみのやうにぞ、寄せにける。


 その時、正行思ふよう、此のたびこそは、大事なれ、我がかうべをば取らる
ゝか、師直がかうべうち取るか、そのいつれかと、参内し、しづかに暇たまは
りつ。


 一族、郎等 四百余騎、四条畷にはせ向ふ。
 

 程なく、敵も寄せ来れば、どつとあげたるときの声、矢さけびの音、土けぶ
り、山なりひゞき、谷ふるふ。


 忠義にこったるほこさきに、群がりきそふ六万騎、きり立てられて、さっと
引く。


 されども、身方は小勢なり、敵の遠矢にい立てられ、残りすくなになりけれ
ば、はやこれまでと、一同に、腹かききってぞうせにける。


 年は、やうやう、二十三、忠臣孝子のかゞみぞと、をしまぬ人こそ無かりけれ。


※ 楠木正成の子正行、四条畷の合戦での最期の物語。正行は孝子・忠臣の鑑で
 あり、また若くして戦死した勇将でもあった。
  『太平記・巻二十六』のこの物語は、その後の国定教科書にも取り上げられ
 た。




◇世界萬国(巻八・四年生後半)

 此の大世界の国々を、


 わかてば、凡そ、五大洲、


 亜細亜、阿弗利加、欧羅巴、


 南北亜米利加、オシアニヤ。


 みくには、亜細亜の筆はじめ、


 南は、暑き印度国、


 北は、雪積むサイビリヤ、


 支那朝鮮を、中にして、


 西に、ペルシャヤ、小亜細亜


 さて、西洋は、欧羅巴。


 みくにに、早く知られしは、


 和蘭国よ、蘭萄牙。


 亜細亜に近きは、土耳古にて、


 東は、露西亜、南方は、


 ギリシア、伊太利、西班牙。


 さて、中央は、濁逸国、


 オーストリヤの帝国に、


 隣る仏蘭西、共和国。


 英吉利国は、島国よ。


 又、北海は、デンマルク、


 スヰデン国や、ノルウェー、


 その外、スヰツル、ベルジヤム。


 亜弗利加洲の大方は、


 くろんぼの住む土地ぞかし。


 挨及国は、国古く、


サハラは、沙ばら、何千里。


 欧羅巴より、船出して、


 西へと行けば、亜米利加洲。


 北亜米利加の大半は、


 合衆国よ。此の国は、


 共和政治の模範なり。


 さて、銀の国メキシコを、


 過ぎて、南の亜米利加に、


 まづ、名高きは、エクワドル、


 チリ、ブラジルや、ペルー国。


 米利加の西、日本の


 南にひろがるオシヤニヤ。


 オーストレリヤの大島は、


 英吉利国の領地なり。


 其の外、ハワイ、フィリッピン、


 こゝやかしこに、欧米の


 領地殖民数多し。


 かく数多き国々が、


 互ひに競ふ勝敗の、


 其の源は、国人が


 心々ぞ、子どもらよ、


 国を思はゞ、我が身修めよ。

※ これは、四年生用の教科書に掲載されたもの。このころの教科書は、
 世界を概観するような内容のものが大変人気があった。 
  口調がよくおぼえやすくなっていて、しっかり記憶にとどまるよう
 工夫されている。
  この「世界萬国」も、新国家草創のころの、世界に目を向けなくて
 はならぬという意気込みの表現と言っていい。

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