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「問われる教育の公共性と教師の役割-教育改革のゆくえ-」 藤田英典(東京大学)( 『教師の現在 教職の未来』教育出版 1999年より) ③ /「幸福な死に方」鈴木秀子 同朋舎 2001年 ③【再掲載 2016.12】 [読書記録 教育]

今回は、4月4日に続き、藤田英典さんの
「問われる教育の公共性と教師の役割-教育改革のゆくえ-」3回目の紹介です。



出版社の案内には、


「変化しつつある社会の中で、教育の現状と意義を考察する。5では制度的
 な制約のなかで多様な役割を求められる現代の教師の現実を検証し、未来
 の教師像はいかにあるべきかを様々な視点から模索する。」


とあります。



今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「学校は集団的な生活・活動の場であり、その生活活動は、それなりの
  秩序と規律を基盤にして展開している。」


・「問題は対応が内面規律の弛緩に迎合するスタンスで進められ低水準で
  のバランスの回復が志向されていること」


・「学校における<規律・秩序>の意味が矮小化され軽視されている」


・「学校選択の自由化は市場的統制の出現・拡大と査定専門家による統制が
付け加えられた新たな官僚制的統制の展開である可能性が大きい」



もう一つ、再掲載となりますが、鈴木秀子さんの
「幸福な死に方」③を載せます。
素直さの尊さを感じます。



<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。




☆「問われる教育の公共性と教師の役割-教育改革のゆくえ-」 藤田英典(東京大学)( 『教師の現在 教職の未来』教育出版 1999年より) ③

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◇情報空間の変容と地位基盤の揺らぎ

□教育病理現象の続発と秩序基盤の揺らぎ

 ◎ 学校は集団的な生活・活動の場であり、その生活活動は、それなりの
  秩序と規律を基盤にして展開している。


 1970年代以降 
  ○校内暴力・いじめ・不登校・学級崩壊
① 秩序基盤の崩壊・揺らぎ

    ②「教育の失敗」を示唆していると解釈され

    ③ これまでの学校のあり方に修正を迫っている


※「学校教育のあり方に問題あり」とする見方
・受験競争
         ・偏差値至上主義
・管理主義教育
・内申書体制
         ・画一的教育
・強制就学などの
「学校生ストレス」

    ◎ 80年代以降の教育の個別化・多様化・自由化志向
しかし、そこには重大な見落としがあった

    ※ 学校における<規律・秩序>の意味が矮小化され軽視されて
     いる



◇外面規律の揺らぎと内面規律の弛緩

 フーコー
   <近代的な規律・訓練装置としての学校>


 アルチュセール
   <国家のイデオロギー装置としての学校教育>

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  ◎ 学校は外面規律の維持・形成をそれぞれ前輪・後輪とする自動
   車のようなもの


  ※ 問題は対応が内面規律の弛緩に迎合するスタンスで進められ低水準
   でのバランスの回復が志向されていること


□意味基盤・インセンティブ基盤の変容

  1970年代以降
    同調と努力の基盤に変化が起こった
三無主義


□教育における公共性の再審

 ◎ 教育における公共性の六つの次元
= 今日教育の公共性は六つの次元で問い直されている

① だれが教育を統治すべきか

     ② だれが教育費を負担すべきか

     ③ だれが子供を教育すべきか

     ④ 教育はどのような市民社会を志向すべきか

     ⑤ 教育の機会はどのように平等であるべきか

     ⑥ 教育はどのような文化水準・経済水準を志向すべきか


 ① だれが教育を統治すべきか
国家の規制緩和
教師の専門性、専門的統制のあり方が変質を迫られている

◎ 教師の専門性が信頼に値しないから校長の権限を拡大し、学校
     評議会を設置して、教師の仕事を監視・査定するという改革が進
     められようとしている

= 学校選択の自由化

   ※ 市場的統制の出現・拡大と査定専門家による統制が付け加えら
    れた新たな官僚制的統制の展開である可能性が大きい


 ② だれが教育費を負担すべきか
学校教育 = 準公共財   また私的な財

   ◎ 教育を私事と見なす傾向が強まり、教育費の私的負担が拡大し教育         
    困難校をつくり出し、さらには新たな社会的分断を引き起こすことに         
    もなりかねない


 ③ だれが子供を教育すべきか
<公教育論>フランス革命のコンドルセ「私事の組織化」

    ◎ 親業務の共同化としての公教育

    ※ 責任は「社会」にあるはずだ
※ それが保護者に










☆「幸福な死に方」鈴木秀子 同朋舎 2001年 ③【再掲載 2016.12】

<出版社の案内>
死を恐れる前に、もっとよく死を知ることを大切にし、より深く死について
想うことにつとめよう。国際エニアグラムカレッジ代表で臨死体験の経験者
である著者が、人間の一生の重大な出来事である死をどうとらえるかを説く。
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◇「癌が消える」奇跡を呼び覚ます力

□医学を超えた力
◎「私は一人ではない。孤独ではない。みんなが支えてくれていて力を送っ
  てくれているからわたしは生きられる」確信

    たくさんの人の祈りと支え


◎「自分が孤独ではないと確信している患者に癌の自然萎縮の例があるよう
  です」


□生還する人々の共通点
 患者自身の自己治癒力

 共通点 
  ① 病気に意味があると考える
② 生かされている事への感謝
③「もし生命が与えられたら他の人たちのために生きよう」決意 

 ◎「ドゥーイングの世界」から「ビーイングの世界」


□人間の持つ無条件の領域
 ドゥーイング(行為→差異)とビーイング(存在→平等)
 
   ドゥーイングの世界は条件の世界
   ビーイングの世界は無条件の領域 ~ 死との直面の時



  ◎ コミュニオン「愛による魂のつながり」



  ◎ 普段から「無条件」の領域を育てていきたいもの
        
 ①「苦しみには必ず意味がある」
     成長のチャンス 
     無駄な苦しみはない
  
 ②「苦しみを乗り越える力はすでに自分の中に備わっており、無意識の底
に存在する」

 ③「あなたは決して孤独ではない」

   ◎ 苦しみを通して自分自身を愛する力を育てていく


□生きている事への感謝
 ◎感謝することの大切さ

 苦しみの中で楽しさを見つける能力
重要なのは今をどう生きるか

  ◎ 今与えられた人生の中に楽しさやすばらしさを見出す



◇「死が怖くなる」体験を確信

□死後の世界を知った女性
 ベティ・イーディー『死んで私が体験したこと』

◎霊 
 「自分で一生のプランを立て、自分固有の使命をもって母親の体内に宿る」
             ∥
   一見不遇のように見えるプランが自分と周囲の人を成長させるために
  必要だと判断するから  

 ◎ 誰でも同じように素晴らしい価値をもっている

 ◎ この世に生きるのは学び体験して過ちから学び成長していくため


□驚くほど多くの人が経験した臨死体験


□死がすばらしいものであることを知る体験
 「大切なのは愛することを知ることである」啓示  


□「死で終わりでない」という確信

 サナトロジー(死生学)
   パイオニア エリザベス・キューブラー・ロス 1969「死ぬ瞬間」

『人生は廻る輪のように』
蝶のイメージ = 「蝶がさなぎから飛び立つ」
  ◎「人はこの世で自分の使命を完了すると、蝶のような自由さで幸福
    の世界に生きる」


□死ぬことが怖くなくなる体験


□「死後を思い悩むな」
 臨死体験 
  「生に執着し未来について思い悩む必要がない」と教えてくれる


□誰もが至福の世界を希求している
 「人は死では終わらない」


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