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「発達障害のある子を理解して育てる本」田中哲 藤原里美 GAKKEN 2014年 ①(前半) /「辺境を歩いた人々」宮本常一 河出書房新社 2005年 ②【再掲載 2013.5】 [読書記録 教育]

今回は、田中哲さん 藤原里美さんの
「発達障害のある子を理解して育てる本」の紹介 1回目です。



出版社の案内には、


「『どうしてこんなに育てにくいの?』
『子どもの発達が気になる、発達障害かも?』
と思ったときには、本書を手にとってください。
子どもの行動には、必ず意味があります。
その意味がわかると、子どもも大人も楽になります。
本書には、子どもの行動やその理由・気持ちを理解し、
発達障害の特性に合わせて、じょうずに関わり育てて
いくための最新情報が満載です。
発達障害の基礎知識、ケース別対応、園・学校・専門機関の
活用法など、総合的に理解でき、明日からどうすればよいか
がわかります。保護者・支援者向け。」


とあります。



今回紹介分は「『うちのこちょっと』と思うとき」です。

あまり気にしすぎることは必要ないとは思いますが、
気付いたときに支援に結び付けることも大切だと感じます。





もう一つ、再掲載となりますが、宮本常一さんの
「辺境を歩いた人々」②を載せます。
交通が不便な時代によく‥と思います。



昨日は朝から自治会の掃除活動。
浜松まつりに備えて、神社と広場の掃除です。
細かな雨が降る中、町の人と一緒に頑張りました。
今年は、凧揚げだけですが、
久しぶりに町が浜松まつりに参加します。
参加者も非情に限られた静かなものになりますが、
できるようになったことをうれしく感じています。






<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。






☆「発達障害のある子を理解して育てる本」田中哲 藤原里美 GAKKEN 2014年 ①(前半)

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◇はじめに
 
 発達障害としての特性をもちながら、どのようにしてこの(発達障害で
はない人たちとも共同の)世界を生きていくか、その方法を一つのライフ
スタイルとして理解していくということ 

    |

 周囲にそれを理解している人がいるということは、その子どもの生き方
をどれだけ楽にしていくか分かりません 



◎ 「子どもを愛する」



◇序章 「うちの子ちょっとと思うとき」

□0~1歳 

 気になる姿
  ・泣かない、あやしても笑わない、反応が薄い

  ・寝返りしない、座らせてもすぐに倒れてしまう

  ・だっこやおんぶを嫌がる

  ・人見知りしない 親の後追いをしない

  ※ 愛着 共同注意


□1~3歳 
 
 気になる姿 
  ・親に甘えてこない 呼んでも反応がない

  ・なかなか歩かない 動かない

  ・言葉が出ない 喋っても単語を言うだけ

  ・ひどい癇癪で一度怒り出すとなかなか収まらない

  ・動き回り一時もじっとしていない すぐにどこかに行ってしまう
  ※ 探索活動盛ん 爆発的に言葉が増える時期 
    人との関わりを求める頃 自己主張が強すぎる子全くない子
    イヤ・ダメ・ジブンデの毎日


□3~5歳 

 気になる姿
  ・落ち着きがなくすぐどこかに行ってしまう

  ・手先が不器用でスプーンをうまく使えない 
   ボタンの掛け外しができない

  ・いつも一人同じ遊びを繰り返している

  ・思い通りに行かないとパニックになって手が付けられない

  ・友達の嫌がることを言ったりやったりしてトラブルが多い
          
  ※ 身体を思い通りに動かせるころ 
    全身を動かすことが手先の運動につながる   
相手の立場で考えられるようになる 
    感情や行動をコントロールすることが上手になる
集団になじめない姿が目立つ 
    発達障害の診断を考えるケースが出る


□5歳~   

 気になる姿 
  ・人の嫌がることを平気で言って注意しても分からない
           
  ・すごくネガティブで気分が落ち込むと引きずる
     
  ・文字や数への興味が全くない

  ・不注意からの失敗が多い 注意しても改まらない
           
  ・空気が読めない 場違いな行動が多い  

  ※ 全身の運動が巧みになる 知的好奇心が高まる
    自分のことは自分でする力が付いてくる
    社会性が飛躍的に発達する 就学を機に機になる発達の姿が
    ある  










☆「辺境を歩いた人々」宮本常一 河出書房新社 2005年 ②【再掲載 2013.5】

<出版社の案内>
江戸後期から戦前まで、辺境を民俗調査した、民俗学の先駆者とも
言える四人の先達の仕事と生涯。千島、蝦夷地から沖縄、先島諸島
まで。近藤富蔵、菅江真澄、松浦武四郎、笹森儀助。
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◇松浦武四郎

未開の大陸・北海道をくまなく歩いて内陸の地形を詳しく記した
 『蝦夷図』を見事に完成。彼は北海道の名付け親でもある。

1 蝦夷地探検
ロシア 
    1632年~  
    1639年 オホーツク   
    1648年 ベーリング
1706年 カムチャッカ半島南  1766年 エトロフ島
 間宮林蔵-伊能忠敬

  ◎松浦『北加伊道』がよい
   → 北海道の名付け親


2 生い立ちと諸国名めぐり
1818.2.6生 伊勢国一志郡須川村 郷士の子
父は桂介時春(宣長の門下)

  16~26歳まで諸国の旅  
     一日に60~70㎞ 野宿も度々


3 蝦夷地探検を志す
1844年 27歳  水戸との繋がり


4 2回目の蝦夷地探検


5 国後からエトロフへ


6 4回目の旅




◇菅江真澄

  みちのくの風土を愛し,底に流れる人の心の美しさに魅せられな
 がら,一生を旅に過ごし,江戸後期の民衆の生活を細かに記録した。

1 じょうかぶりの真澄
真澄 1788年 北海道に
いつも黒いずきん → 「じょうかぶりの真澄」
人の関心を惹き付けるため

生涯の半ばを秋田藩で  
    生まれは三河豊橋の牟呂 宝暦4年(1754)生

  本名・白井秀雄(幼名・英二) 菅原道真に使えた太夫の子孫
父も神主 ~ 名所旧跡好きに 
       白井又三郎が吉田藩のお家騒動で岡崎に
植田義方より国文・和歌のてほどき

  岡崎から名古屋に出て本草学(薬学)・医学の修行
もともと白井家には「金花香油」皮膚膏薬の作り方伝
医学の知識
     
  天明3(1783)年2月末 生涯の旅へ 30歳~ それまでも各地へ 
30歳 信州→越後→羽前(山形)~東北地方
『遊覧記』70冊 雑誌・スケッチ


2 浅間山の噴火 
1783.3 信州飯田へ 
      本洗馬「伊那の中路」 浅間山噴火 6.28~7.8
天明の大飢饉

  1784(天明4)年6月   越後へ 
9月上旬 西馬音肉(にしもない)柳田村で冬越 老人の家に


3 飢饉の中を行く

津軽 ひどい状況 「外が浜風」
→ 塩不足も原因 塩は毒消し

  1610年~1947年 340年間に


4 北上川に沿って
錦塚の話 めくら暦(岩手 秋田 青森)農民


5 真澄にあった旅人 
1786(天明6)年 33歳 胆沢村

1784(天明4)年9月 象潟


6 恐山に登る
1792(寛政4)年10月 恐山登山 死火山


7 陸奥の牧
1793(寛政5)年12月 田名部の町を出る


8 氷の上で魚を捕る
1810(文化7)年 57歳 

八郎潟 氷に穴を空け魚を捕る 諏訪湖から学んだ網漁

蜃気楼を見る


9 「花の出羽路」
1813(文化10)年 
    秋田藩より出羽6郡の地誌をつくる命-秋田の地誌編纂
→ 秋田に定住

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