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「自分を変える読書」戸田智弘 三笠書房 2013年 ⑫ /ふえる一方の不登校をどうとらるか(上)「決断を次回送りにのばす悪癖の背景に-分かっていて動きのとれない、という心理-」 伊藤友宣(神戸心療親子研究室・主宰) 『月刊少年育成』2001年 ④【再掲載 2015.4】 [読書記録 一般]

今回は、7月20日に続いて戸田智弘さんの
「自分を変える読書」の紹介 12回目です。



出版社の案内には、

「この1冊で、あらゆる人生の疑問に答えてくれる本が見つかります!
 人生論・幸福論・仕事・思考力・恋愛・自己と他者・お金・健康・
 歴史・現状認識・未来・死生観…『セカイ観』がぐんと深まる50冊
 を厳選!
 『働く理由』『続・働く理由』で圧倒的共感を呼んだ著者が贈る、
 『これから』のための新・読書案内!
 さあ、自分を変えていくために、本を読もう!」

とあります。





今回紹介分より強く印象に残った言葉は‥

・「子は我が子であると同時に、社会の子であり歴史の子である。」


・「日本は『つながりの自己』観(相互協同的自己観)。まずは関係
  が先にあってその関係の中にある役割としての自分や他者がいる」


・「つながりの自己観が軽視され、アトム的自己観が重視されるような
  風潮が広がっていないだろうか。また、若者に自己決定を強いるだ
  けで、決定に必要な判断基準(価値)について教えていないのでは
  ないか。」


・「本当の勉強は社会人になってから始まる」


・「勉強が嫌いなのは当たり前。嫌いという気持ちを否定する必要はな
  く、嫌いは嫌いなままで我慢してやればいいのである。自然(あり
のまま)から文化(あるべき)へ変身するという覚悟をもって取り
組めばいい。」


・「『自分』のために学ぶのではなく、『わたしたち』のために学ぶ、
 『誰か』のために学ぶ」




もう一つ、再掲載となりますが、伊藤友宣さんの
「決断を次回送りにのばす悪癖の背景に」④を載せます。
このような気持ちでいる学校に行けない子どもが多いのではないかと思います。



今日から8月。
晴れの日が続きそうです。
昨日は、今年初めてサツマイモの収穫をしました。
親戚、知人に喜んでいただくために栽培しています。
昨年は、苗育てに失敗しただけに、今年の収穫に期待しています。




<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。






☆「自分を変える読書」戸田智弘 三笠書房 2013年 ⑫

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◇現代認識と未来  これからの時代の豊かさと幸せとは?(1)

41『痴呆老人は何を見ているか』大井玄 新潮新書

 「つながりの自己」観 VS 「アトム的自己」観


  大井
    アメリカは「アトム的自己」観(相互独立的自己観)
    
    日本は「つながりの自己」観(相互協同的自己観)
    ~ まずは関係が先にあってその関係の中にある役割としての自
     分や他者がいる      


  引きこもりは日本独特の問題だといわれる
   → 優しい 真面目 おとなしい 几帳面 正直 素直 内気 神経質

つながりの自己観が軽視され、アトム的自己観が重視されるよう
   な風潮が広がっていないだろうか。また、若者に自己決定を強いる
   だけで、決定に必要な判断基準(価値)について教えていないので
   はないか。

   ◎「わたしは命を持っている」→ 「いのちがわたしをしている」

  ◎「わたしは生きている」 → 「いのちがあなたとして現れている」


 ※「人間の往生 看取りの医師が考える」大井玄 新潮選書




42『なぜ勉強させるのか』諏訪哲二 光文社新書

  本当の勉強は社会人になってから始まる


 「人は自分の経済的利益に逆らって行動することがある」

  「目先の利益にかかわる目標を選んでいるように見えるときでも、
    根底のところでは別の精神的価値を同時に選んでいるのではない
    か。もっと魂が揺さぶられるような精神的価値や崇高なものが入
    ってこないとひとは根源的に動くことはないのではないか」

「エピローグ - 勉強させるにも覚悟がいる」


 ◎ 勉強とは生まれたままの自分を否定して社会的な自己を作っていこ
  うという営みであり、ありのままの自分を一度否定して…社会的に期
  待されているあるべき自分(近代的個人)に変身しようとする冒険な
  のである。
教育の前にすでに個人があるわけではなく、個体(生物)が個人
  (人類)になるために教育がある。
        ∥
 ◎「勉強は我慢してやればいい」   

勉強が嫌いなのは当たり前。嫌いという気持ちを否定する必要は
   なく、嫌いは嫌いなままで我慢してやればいいのである。
自然(ありのまま)から文化(あるべき)へ変身するという覚悟
   をもって取り組めばいい。


 ◎ 人間の知的能力の可能性は<私たち一人一人の内部に元から在るの
  ではなく、その外部の社会に在る>のだ


◎ 人を根源的に動かすのは経済的価値ではなく精神的価値である
   
 ◎ 不自由を通過しなければ自由になれない
              ∥
   働くことは共同体で役割を果たすこと、
     学ぶのは共同体への参加プロセス
         
◎ 子は我が子であると同時に、社会の子であり歴史の子である

   
 ※「考え合う技術-教育と社会を哲学する」苅谷剛彦 西研 ちくま新書 
◎教育の目的
    ・現代社会の成員(大人)としてふさわしい力能を身に付けること
・自由を享受しうる力能を育てること
↑↓
×「自分のために学ぶ」視点
     → ◎「わたしたちのために学ぶ」
◎「誰かのために学ぶ」










☆ふえる一方の不登校をどうとらるか(上)「決断を次回送りにのばす悪癖の背景に-分かっていて動きのとれない、という心理-」 伊藤友宣(神戸心療親子研究室・主宰) 『月刊少年育成』2001年 ④【再掲載 2015.4】

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◇不登校は足がかりのない沼の底

 自分の気持にぴったり来ない学校生活の明け暮れで、何がおもしろくない
か、どこが耐えられないのかについても、その思いをしやべり込んで聞いて
くれる人もいなくて、まあいいや、まあいいやの曖昧さが滞積してしまう。


 心のもやもやが生理的不調にあらわれて、頭痛や腹痛を訴えたり、生活の
乱れにあらわれて、夜っぴいて起きたら朝起きられなかったりすると、親は
およそ見当違いの身体の病気治療や道義の説得に走り、当人の心の混迷がひ
どくなる一方で、とうとう一日学校を休んでしまう。


 頭ではこれはやばいと半鐘を鳴らしているものの、心はでれりとゆるみき
ってその半鐘の昔も他人事のような遠音にしか思えない。


 頭と心の乖離が、それまでの日々の習性ですっかり出来上ってしまってい
て、さあ、休みはじめるとなると、それはいけないことだと頭でとらえなが
らも心が生き生きそれに伴って反射的に文句なしに動く、ということがなく
なっている。


 人間一般の常のことで、ほら、いつも書きなれている漢字を、これでよか
ったのかなと眺めはじめると、おかしな気分になって、文字がまるでバラバ
ラの線と点に解体した異様なものに見えて困り切ってしまう。


 ちょっと不安な神経の状態の時は、そこからどんどん進行して、

<俺、ここでこうしているということは、どういう意味なんだ。これでいい
 なんて、誰 が決めたこと?>

とまで自信のなさが意外な深き広さにまで拡大する、なんてことがあります
よね。


 不登校の心理は、それに似たものです。


 いつも決まりきったことをしていて、まあこれでよしという安心感が常で
あれば、それが日常のリズムになって迷うことなんかない。         


 それが、ふとうまくいかないことがあって残念さが尾をひくと、考えずに
当り前のこととしてやっている普段のすべてのことが、これでいいのかと気
になりだして、流れがおかしくなって、ますますタイミングのずれたことを
やらかしてしまう。


 回りに見とがめられることをやってしまったという自責の念も、まるで遠
くにいる自分ではない自分が、他人事のように責めているという感覚。


 いわば不決断が当り前になって、そんな自分をとがめることも当り前にな
って、もうこんなことではずるずるだめになる一方だ、バカもいい加減に切
りあげようとしきりに思うのに、さあここという仕切りの時には、今簡単に
仕切れる位ならばなぜ今まで何度も仕切るべき時にチャンスを逃がしたのだ、
ああ俺はだめだと悔恨がつのることに心がとらえられて、ああ今日もほらこ
んな風にだめなんだと、だめな動きのとれない自分を力無く見守るばかりで、
時機を失してしまう。


 そのあとでこんな風に、ほうれ、だめなんだと自分をあざ笑う自分とつき
あい慣れてしまう。


 分かっていて、動きのとれない、という心理が、いわゆる不登校の心のあ
りようなのですね。


 あせればあせる程、足がかりのない沼の底から抜け出せない、とでもいう
べきでしょうか。


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