SSブログ

「自分を変える読書」戸田智弘 三笠書房 2013年 ⑬ /「学校の役割は終わったのか」NHK出版 2001年 ②【再掲載 2012.6】 [読書記録 一般]

今回は、8月1日に続いて戸田智弘さんの
「自分を変える読書」の紹介 13回目です。



出版社の案内には、

「この1冊で、あらゆる人生の疑問に答えてくれる本が見つかります!
 人生論・幸福論・仕事・思考力・恋愛・自己と他者・お金・健康・
 歴史・現状認識・未来・死生観…『セカイ観』がぐんと深まる50冊
 を厳選!
 『働く理由』『続・働く理由』で圧倒的共感を呼んだ著者が贈る、
 『これから』のための新・読書案内!
 さあ、自分を変えていくために、本を読もう!」

とあります。





今回紹介分より強く印象に残った言葉は‥

・「『仕事とは自分の能力や興味、価値観を表現するものである』
                     ドナルド・E・スーパー」


・「『どうだい、近頃、君生きているかい』牟田悌三」


・「経済成長が落ちると言うことは、要するに生きていくスピードをち
  ょっと緩めることに過ぎないのではないか。だとしたらむしろ歓迎
  すべき事ではないだろうか」


・「成長の時代は終わった - この事実から未来を考える」





もう一つ、再掲載となりますが、
「学校の役割は終わったのか」②を載せます。
学校の役割は、以前より広い範囲を期待されているように感じます。
環境整備が極めて不十分であるのにもかかわらず…。
中曽根内閣下での臨教審についても書かれています。

- 文部省に現場の本当にドロドロしたところまで降りてほしかった
 のにもかかわらず、産業界の要請の優先ばかりが目立った。

- 臨教審の後、結局企業はバブルの方へ流れていった。言っていた
 こととやっていたことの間に大きな距離があった。

振り返るとその通りだったように感じます。


夏休み、昨日年休を取りました。
朝5時には畑に。サツマイモの収穫をしました。
日中は、日陰でサツマイモのひげ抜き。
時間を見つけて読書。
夕方には、田の畦草刈りと、夏野菜への水掛け。
また、もう一度、サツマイモの収穫。
浜松の最高気温は38℃だったようで、風もぬるく感じました。
夏休みらしく充実した一日でした。
今日も…。





<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
2.jpg





<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。






☆「自分を変える読書」戸田智弘 三笠書房 2013年 ⑬

1.jpg

◇現代認識と未来  これからの時代の豊かさと幸せとは?(2)



43『働く理由-99の至言に学ぶジンセイ論』戸田智弘 ディスカヴァー・トゥエンティワン

生き方の中に「幸福のヒント」を探す 
    ~ そこから未来を創っていこう

ドナルド・E・スーパーの至言
「仕事とは自分の能力や興味、価値観を表現するものである」

   牟田悌三の名言
<どうだい、近頃、君生きているかい>で始まる詩のような文章
 
   ※「仕事の哲学」福田定良 中公文庫



44『定常型社会-新しい豊かさの構想』広井良典 岩波新書

マージナル(境界的)であれ。ラディカル(根底的)であれ。

すべての問題は経済成長が解決してくれるという時代は終わった

  環境問題と福祉の問題を統合して考えること

   定常型社会の特徴
① 物質的な消費が一定になる社会
②「量的拡大」よりも「質的変化」に主たる価値が置かれる社会 
③「変化しないもの」や「変化しないこと」に価値を見出す社会

「経済成長が落ちると言うことは、要するに生きていくスピードをち
    ょっと緩めることに過ぎないのではないか。だとしたらむしろ歓迎
    すべき事ではないだろうか」

※「成長経済の終焉」佐伯啓志 ダイヤモンド社
「コミュニティを問い直す」広井良典 ちくま新書



45『成熟社会日本への進路-成長論から分配論へ』波頭亮 ちくま新書

   成長の時代は終わった
    - この事実から未来を考える

新しい国家ビジョン
     衣食住

※「30代からの幸福の経済学」波頭亮 PHP研究所








☆「学校の役割は終わったのか」NHK出版 2001年 ②【再掲載 2012.6】

1.jpg

◇吹き荒れる校内暴力 1980年代
□学校が見舞われた「未曾有の事件」 
1983   町田市 忠生中学校 教師が生徒をナイフで刺す事件
   → 校内暴力対処 管理教育

1960年代 教育が経済の論理に最も飲み込まれてしまった時期

1980年代 校内暴力の頻発
受験戦争加熱、落ちこぼれ、教育行政の変質
 

□エスカレートする校内暴力 
1970年代 
   受験戦争 → 詰め込み教育 →「落ちこぼれ」問題表面化

1980年代 校内暴力
1980年 都内   生徒が教師を殴りけが(中)
1982年 文部省 「校内暴力に対する手引き書 
生徒指導資料第17集
◎教育現場に対し毅然とした生徒指導の実施を求めた
= 管理強化策

  対処に苦慮 「校外実習」名目校も 黙認教委
1983年 文部省通達 校外実習認めず
 

□「落ちこぼれ」意識が招いた暴力 
 非行少年3つのピーク
   ①1950年代初  古典的貧困

②1960年代半ば 高度成長下

③1980年代 ポスト工業社会


□学校的価値にすっぽり家庭も社会も呑み込まれてしまった
= 学校化社会 
      学校にしか居場所がなくなってしまった
    |
  ◎ 落ちこぼれることが人間として一人前に認めてもらえないこと
   に直結する
    暴力的にしか自己主張ができない

  ◎「勉強ができない人間として認めてもらえない」叫び
しかし文部省は早期発見・早期指導の方針
 

□校内暴力からいじめへ 
指導の徹底化による体罰急増

 1980年代半ば
    いじめから自殺する子の急増

1986年2月  
    中野区立富士見中学校男子生徒がいじめを苦に自殺
葬式ごっこ

1988年 文部省 校則の内容と運用を見直す通達

  ◎ 「なぜ校内暴力なのか」という根本のところが問われなかった

◎ 校内暴力全盛の時派手なことができなかった子、普通の子も
    ストレスを溜めていたが、今度はそういった普通の子がいじめ
    をやり始めた
     → 集団性 匿名性
自分のストレスを発散させるいじめ


□教育の自由化
 1980年代 規制緩和・自由化が推進

1984年 中曽根首相 臨時教育審議会
自由化賛成派対反対派

  ◎ 個性重視の原則を掲げて、教育現場に於ける選択の機会の拡大
   を求めたのである
 

□社会システムが変わらなければ教育は変われない 
臨教審
   - 文部省の頭越し - 期待と緊張
◎ 「個性の重視」「多様化」


□臨教審3つの「改革の視点」
①「個性重視の原則」

②「生涯学習体系への移行」 = 的確なものだった

③「変化への対応」
教育市場の自由化
中途半端 
     = 社会のシステムを動かさずに学校のあり方だけを問うて
      いる (例:企業の採用姿勢)

 ◎ 実際の答申は文部省に対する要望のみ

 ??? 現場の努力が、教育改革の議論が、果たしてどれくらい吸い
    上げられているのか

◎ 常に上から与えられるばかり!


□問題は現場で起きている
文部省に現場の本当にドロドロしたところまで降りてきてほしい
→ ◎ しかし、産業界の要請の優先ばかり!

 臨教審の後結局企業はバブルの方へ流れていった
= 言っていたこととやっていたことの間に大きな距離
 

□80年代の問題から学ぶこと
 ①「子供と生きる」と言うこと 子供の人格の尊重  

 ②「個の確立」「誇り」 自主性-自己の判断と責任
誇り…自分を大切にすること 自分を卑下しない
 
 ③「複眼的思考」 と「対話の思想」

nice!(144)  コメント(2) 
共通テーマ:学校