樋口清之さんはこんなことを⑨-「温故知新と一所懸命」NTT出版 1991年 (1) /「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」柴山一郎 学陽書房 1993年 ③【再掲載 2017.4】 [読書記録 歴史]
今日は5月20日、月曜日です。
今回は、5月8日に続いて「樋口清之さんはこんなことを」9回目、
「温故知新と一所懸命」の紹介 1回目です。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「米ソも『農は国の基なり』」
・「米の発達史はそのまま日本の古代史であり稲作生産の神が優位に。
コメが有形無形の日本の基本体質」
・「代掻きは田植え作業を容易にし雑草の発生を防ぐ。また、日本の土
の性質は酸性が強いが、水に浸され中性化」
・「平将門の乱は土地所有の許認可を巡る争いであり、領主の館は政治・
経済・産業のセンターだった。朝廷が将門を鎮守府将軍と決めていれ
ば乱はなかった。将門がついた餅(主従関係の絆、所領安堵)を頼朝が
食べた。」
もう一つ、再掲載になりますが、柴山一郎さんの
「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」③を載せます。
☆樋口清之さんはこんなことを⑨-「温故知新と一所懸命」NTT出版 1991年 (1)
◇コメ
戦前 自信過剰
→ 戦後 自信喪失過剰
コメを知らずしてコメを語ることなかれ
日本には労働集約的水田農耕的オリジナリティ
= コメ
米ソも「農は国の基なり」
「忠臣蔵」の原因も食べ物
縄文時代日本人は東半分に住んでいた
一万年前
氷河期終わり → 新石器時代
縄文時代
東日本
- 落葉樹
台地にも広がっている
西日本
- 川海森のそばに限られる
縄文中期
食品貯蔵大型土器
縦穴住居
生活にゆとり→村の構成
・塩を取る技術
・粉食 - 栄養摂取の革命
かつて雑穀はコメ以上の栄養源だった
昭和初期まで雑穀を主食とした地域も多い
雑穀
- 粟 キビ ヒエ ハトムギ 豆
米
食塩 → 発酵食
米
赤長米 → 丸く白い → 丸白米
7本枝分かれ
- それぞれに270粒
- 離して田植え
日本列島の位置こそ日本人の育ての親
水田農耕
気候のたまもの 梅雨と8月の太陽
米の発達史はそのまま日本の古代史
稲作生産の神 優位に
→ ◎ コメが有形無形の基本体質
◇一所懸命
登呂遺跡
各水田数ミリの落差
= 土木技術のレベル高い → 水管理
古代の指導層はほとんど農業技術者
和銅6年(713年)「常陸国風土記」開墾説話
コメの多収穫を可能にした代掻き
2000ミリの水が必要
- 降雨量は800から900ミリ
森林に蓄えられた水「米は森林の賜」
水を知り尽くしていた日本人
代掻き
① 田植え作業を容易にし雑草の発生を防ぐ
② 日本の土の性質 酸性が強い
→ 水に浸され中性化
水耕法
病気が下火に → ハイポニカ農法
反当たり収量伸ばした班田収授法
土地生産性高めることが唯一の収量増
一人当たり2反の水田
墾田永年私財法は農民に対するインセンティブ
上々戸 - 労働力豊富
余剰品 - 雑穀 酒 塩 味噌など
米
~ 貧しい農民に貸し付け
出挙 利息10割
抵当 水田家屋ぬひ布等 (公出挙は5割)
~ 増税
→ 逃散 浮浪人(荘園に逃げた)
死ぬと土地を国に返す(努力に見合わない)
金持ちが多かった古代の浮浪人
富豪の輩
- 浮浪人でありながら富豪
国司は赴任せず都にいて報告受け税収外に莫大な贈り物
国司の土着化も多い
平将門の乱は土地所有の許認可を巡る争い
私営田の経営者
将門が任官していない
→ 自らの力で東国支配を
領主の館は政治・経済・産業のセンター
朝廷が将門を鎮守府将軍と決めていれば乱はなかった
将門がついた餅を頼朝が食べた
主従関係の絆 所領安堵
☆「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」柴山一郎 学陽書房 1993年 ③【再掲載 2017.4】
[出版社の案内]
学活、「道徳」、朝会、学年集会、父母会、地域の集会、職場の話材・
例話に最適120話。『教育新聞』の「ちょっといい話」欄に連載した
ものをまとめた。
◇宮沢賢治
世界が全体に幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。
◇金子みすず
1903~1929
みんなちがってみんないい
「わたしと小鳥と鈴と」
◇西岡常一
1908~1995 宮大工
我執に囚われず慈悲心を持て
「木も人も自然の分身ですがな。この物言わぬ木とよう話し合って
命ある建物にかえてやるのが大工の仕事ですわ。木の命と人の命
の合作が本当の建築でっせ。」
◇田中澄江
1908~(出版当時=ハマコウ註)
幸せを与える人は美しい
「老いは迎え討て」
大嫌い
・人の悪口を言う人
・告げ口する人
・自慢する人
・人をけなす人
・責任をとらない人
・陰口を言う人
・大声で笑う人
◇J.F.ケネディ
諸君が国家に何をしうるか考えよ
民主主義の理念
「都市国家アテネのために市民たちがどれだけ尽くせるかという
点にあり,最も尽くせる人を政治家に選び一般市民も国家に尽
くす」
◇孔子
前551~479 儒教始祖
「われ十有五にして学に志し,三十にして立ち,四十にして惑わ
ず,五十にして天命を知り,六十にして耳順う。七十にして心
の欲するところに従えども矩(のり)をこえず」
= 自らの修行の経路
◇「戦国策」
中国古書
百里を行く者は九十里を半ばとす
「気が緩む もう少しの所を半分と思え」
◇「唐詩選」
人生意気に感ず
◇西行
1118~1190 歌人
バカゲタという下駄を履き,エンの下の力持ちという餅を食べ,
カンニン袋という袋を腹に巻いて世を渡ると間違いない
- みんなのために尽くす,バカゲタコトと思っても人のためにや
る骨を折って頑張るそんな人でありたい
今回は、5月8日に続いて「樋口清之さんはこんなことを」9回目、
「温故知新と一所懸命」の紹介 1回目です。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「米ソも『農は国の基なり』」
・「米の発達史はそのまま日本の古代史であり稲作生産の神が優位に。
コメが有形無形の日本の基本体質」
・「代掻きは田植え作業を容易にし雑草の発生を防ぐ。また、日本の土
の性質は酸性が強いが、水に浸され中性化」
・「平将門の乱は土地所有の許認可を巡る争いであり、領主の館は政治・
経済・産業のセンターだった。朝廷が将門を鎮守府将軍と決めていれ
ば乱はなかった。将門がついた餅(主従関係の絆、所領安堵)を頼朝が
食べた。」
もう一つ、再掲載になりますが、柴山一郎さんの
「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」③を載せます。
☆樋口清之さんはこんなことを⑨-「温故知新と一所懸命」NTT出版 1991年 (1)
◇コメ
戦前 自信過剰
→ 戦後 自信喪失過剰
コメを知らずしてコメを語ることなかれ
日本には労働集約的水田農耕的オリジナリティ
= コメ
米ソも「農は国の基なり」
「忠臣蔵」の原因も食べ物
縄文時代日本人は東半分に住んでいた
一万年前
氷河期終わり → 新石器時代
縄文時代
東日本
- 落葉樹
台地にも広がっている
西日本
- 川海森のそばに限られる
縄文中期
食品貯蔵大型土器
縦穴住居
生活にゆとり→村の構成
・塩を取る技術
・粉食 - 栄養摂取の革命
かつて雑穀はコメ以上の栄養源だった
昭和初期まで雑穀を主食とした地域も多い
雑穀
- 粟 キビ ヒエ ハトムギ 豆
米
食塩 → 発酵食
米
赤長米 → 丸く白い → 丸白米
7本枝分かれ
- それぞれに270粒
- 離して田植え
日本列島の位置こそ日本人の育ての親
水田農耕
気候のたまもの 梅雨と8月の太陽
米の発達史はそのまま日本の古代史
稲作生産の神 優位に
→ ◎ コメが有形無形の基本体質
◇一所懸命
登呂遺跡
各水田数ミリの落差
= 土木技術のレベル高い → 水管理
古代の指導層はほとんど農業技術者
和銅6年(713年)「常陸国風土記」開墾説話
コメの多収穫を可能にした代掻き
2000ミリの水が必要
- 降雨量は800から900ミリ
森林に蓄えられた水「米は森林の賜」
水を知り尽くしていた日本人
代掻き
① 田植え作業を容易にし雑草の発生を防ぐ
② 日本の土の性質 酸性が強い
→ 水に浸され中性化
水耕法
病気が下火に → ハイポニカ農法
反当たり収量伸ばした班田収授法
土地生産性高めることが唯一の収量増
一人当たり2反の水田
墾田永年私財法は農民に対するインセンティブ
上々戸 - 労働力豊富
余剰品 - 雑穀 酒 塩 味噌など
米
~ 貧しい農民に貸し付け
出挙 利息10割
抵当 水田家屋ぬひ布等 (公出挙は5割)
~ 増税
→ 逃散 浮浪人(荘園に逃げた)
死ぬと土地を国に返す(努力に見合わない)
金持ちが多かった古代の浮浪人
富豪の輩
- 浮浪人でありながら富豪
国司は赴任せず都にいて報告受け税収外に莫大な贈り物
国司の土着化も多い
平将門の乱は土地所有の許認可を巡る争い
私営田の経営者
将門が任官していない
→ 自らの力で東国支配を
領主の館は政治・経済・産業のセンター
朝廷が将門を鎮守府将軍と決めていれば乱はなかった
将門がついた餅を頼朝が食べた
主従関係の絆 所領安堵
☆「児童生徒に聞かせたいさわやか1分話」柴山一郎 学陽書房 1993年 ③【再掲載 2017.4】
[出版社の案内]
学活、「道徳」、朝会、学年集会、父母会、地域の集会、職場の話材・
例話に最適120話。『教育新聞』の「ちょっといい話」欄に連載した
ものをまとめた。
◇宮沢賢治
世界が全体に幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。
◇金子みすず
1903~1929
みんなちがってみんないい
「わたしと小鳥と鈴と」
◇西岡常一
1908~1995 宮大工
我執に囚われず慈悲心を持て
「木も人も自然の分身ですがな。この物言わぬ木とよう話し合って
命ある建物にかえてやるのが大工の仕事ですわ。木の命と人の命
の合作が本当の建築でっせ。」
◇田中澄江
1908~(出版当時=ハマコウ註)
幸せを与える人は美しい
「老いは迎え討て」
大嫌い
・人の悪口を言う人
・告げ口する人
・自慢する人
・人をけなす人
・責任をとらない人
・陰口を言う人
・大声で笑う人
◇J.F.ケネディ
諸君が国家に何をしうるか考えよ
民主主義の理念
「都市国家アテネのために市民たちがどれだけ尽くせるかという
点にあり,最も尽くせる人を政治家に選び一般市民も国家に尽
くす」
◇孔子
前551~479 儒教始祖
「われ十有五にして学に志し,三十にして立ち,四十にして惑わ
ず,五十にして天命を知り,六十にして耳順う。七十にして心
の欲するところに従えども矩(のり)をこえず」
= 自らの修行の経路
◇「戦国策」
中国古書
百里を行く者は九十里を半ばとす
「気が緩む もう少しの所を半分と思え」
◇「唐詩選」
人生意気に感ず
◇西行
1118~1190 歌人
バカゲタという下駄を履き,エンの下の力持ちという餅を食べ,
カンニン袋という袋を腹に巻いて世を渡ると間違いない
- みんなのために尽くす,バカゲタコトと思っても人のためにや
る骨を折って頑張るそんな人でありたい