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「致知」2007年10月号 /「遠江の里」ひくまの出版 1979年 ③(最終)【再掲載 2014.9】 [読書記録 一般]

今日は11月16日、土曜日です。


今回は月刊誌「致知」2007年10月号を紹介します。

言葉はきれいに響くのですが。


もう一つ、再掲載になりますが、ひくまの出版1979年刊の
「遠江の里」③を載せます。





☆「致知」2007年10月号

◇稲盛和夫
  集団統治
   王道(特に基づく) アジア  仁義礼
覇道(力に基づく)
「経営はトップの器で決まる」


◇特集:人生の大則
  「花は香り 花は人柄」
    - 自分を立派に創り上げること 徳の香る人になること 
自分を創る
    ① 人生に対して覚悟を決める
② 傲慢になるな,謙虚であれ
③ 誠実であれ


◇修身教授録に学ぶもの  松井秀文(アフラック)・北尾吉孝
  人の生きる原点の書 『修身教授録』 
森信三
      大阪天王寺師範本科で行った講義録
近江商人
      「売り手よし 買い手よし 世間よし」

  遠く及ばないが近付きたい人間
    森信三  「人生二度なし」

心がふるえた言葉
   「一日が一生の縮図」
   「真実というものは必ずやいつかは現れずにおかぬもの」 
「最善観」
「人間は一生の内逢うべき人には必ず逢える。しかも,一瞬早す
    ぎず,一瞬遅すぎないときに」

  子どもたちに置きみやげをしたい
    SB1子ども希望財団
「人生の賞味期限」
    「一気呵成」
    「一時一事」


◇古野隆雄(農業)
アイガモ農法 
    田植え後5~7日にアイガモのヒナ+電気柵で
    古野式アイガモ農法

  百姓百作


◇言葉が育つとき 苅谷夏子
大村はま
    前のめりの人生
大村単元学習
「わたしの履歴書を読む」
これまでの人生を振り返った文を書きましょう
← たくさんの事柄から選び取る自分
「優劣のかなたに 大村はま60のことば」筑摩書房


◇葬式仏教が真実ならわたしは坊主を辞める 
  田口学法(大分県・大法輪寺住職) 
 葬式仏教
    ~ 仏教本来の姿ではない
 檀家制度からの脱却


◇土自然と体心 平田哲也
一日数分の均整術 亀井進先生

 






☆「遠江の里」ひくまの出版 1979年 ③(最終)【再掲載 2014.9】

遠江の里.jpg

◇潮騒と風と  那須田稔
八丁畷(現浜松市中央区東若林町)  
    古戦場 
    - 鴨江寺が無許可で戒壇設置
    → 延暦寺僧兵と激戦 「鎧橋」


  二つ御堂(現浜松市中央区東若林町) 
    南側 - 薬師如来  
    北側 - 阿弥陀如来
 奥州藤原秀衡の愛人
     - 愛のデュエット


  麦飯長者(現浜松市中央区高塚町) 
   ゴロベエ(馬追) 
    - 百両を忘れていった高僧に返金がきっかけ


 大悲院観音堂跡(現浜松市中央区馬郡町・坪井町)
  「東関紀行」(馬郡・坪井)


 東海道松並木(馬郡~舞阪)


 新居関所 
   柴田澄雄氏 
源太物見の松(梶原景季) 
橋本 - 浜名川 (津波で塞がれた)


 紅葉寺(湖西市新居町)  
   1432年足利義教 駿河へ行った帰りに鑑賞したと伝えられている


 白須賀(湖西市白須賀)  
   元禄年中津波のため移転したと伝 
     潮見観音
川原家が有名 
     切り干し大根産地



◇遠江関所物語 柴田澄雄
関所の歴史 
    古代の関所  
     日本最古は200年10月
   大和時代   
     646年 関と塞
  鈴鹿(東海道)と不破(東山道)と愛発(→逢坂 北陸道)
835年 白河・菊多の関
   奈良時代
    中世
      経済的要素大 障害となった 数も増加

  関所の役目

  今切関所のあゆみ
    今川義元が1560年 志都呂に番所
1601年 今切関所と改めた
  初代・江馬興右衛門一成



◇雄踏
山崎  
    長者平遺跡 三島神社 
      かないば-金山彦神社 山崎鍛冶屋 
  大工 都築家  郷土 神田本家

  宇布見 
    雄踏 - ヤマトタケルが金山森で小憩 
       - 雄々しく一歩踏み出した
鹿小路 宇布見橋 中村 音作橋
    中村家住宅 祖先正範は範頼の子

  水のべの道 
    志都呂八幡宮 - 許倍椎(枝を払うな)

入野古墳



◇銅鐸の里 岡ノ平遺跡  芝田文雄
細江町 - 銅鐸7つ = 遠江の1/3
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