今回も 昨日に引き続き 雑誌「致知」より 
松崎運之助さん「命の光がいっぱいの教室 いっぱいの学校」
の紹介2回目です(今回は連続して紹介します)

夜間学校 静岡県内では聞いたことがありませんが
いろいろな年代の いろいろな職種の人が集まる学校
そこに「本当の学び」がある気がします

今回の紹介からは・・・
「誕生日は母に感謝する日」
 なるほどなあと納得します
 永六輔さんもよく言っていますね
 松崎さんのお母さんの言葉 かみしめます


「致知」に載せられた松崎さんの文章は 金の輝きがあるように思います


今の子どもたちに 通じるでしょうか







☆私の「夜間中学」教師体験記・命の光がいっぱいの教室 いっぱいの学校 ② 夜間中学校教論・松崎運之助 『致知』2004.3



◇母の涙

 「父」と「母」という漢字を教えて差し上げた時のことです。「父」は斜めに
線を引っ張って下にバッテンを書くだけだけど、「母」は「く」と「く」のさか
さまを組み合わせ、不安定に傾いていて、中に点々まである。父は簡単だけど
母は難しいというのが皆さんの一致した意見でした。

「先生、点々は略しちゃいけないの?一本の線でいいじゃない」

「点々はお母さんのおっぱいを表しているから、簡単には変えられません」

と答えると、

「ええけ おっぱい出していいの?」
「やっぱり棒線で消したほうがいい」

と大騒ぎ。そうこうしているうち、ある生徒さんが

「先生、悪いけど私にはあれがお母さんのおっぱいには見えません」

と言い出しました。困ったなと思っていると、その方は、

「私にはお母さんの涙に見える」

とおっしゃいました。すると他の生徒たちも、

「そうだ。あれはお母さんの涙だ。お母さんの涙は大事にしなくちゃな」

と頷き、それぞれが苦労の多かったお母さんの話を始めました。

 若い頃、母の心など知らずどれだけ反抗したか。逆らったか。溢れ出る涙を
そのままに皆さんが語り出しました。年が違おうと国籍が違おうと、父がいて
母がいて、今日まで多くの方々に支えられて生きてきたことは変わらない。
 それは私も同じです。私もクラスの仲間として、皆さんに母の話をしました。


 私は両親が満州から引き揚げてくる混乱のなかで生まれました。小さかった
兄は、私が母のお腹にいる時、逃避行を続ける最中で息絶えたといいます。
 失意のどん底に叩きつけられた母は、泣き明かした後、

「いま息づいているこの命だけは何があっても産み出そう」

と誓い、私を産んでくれたのです。

 私は誕生日が来る度に、母からこの話を聞かせられました。


「あんたが生まれたのはこういうところで、その時、小さな子どもたちがたく
 さん死んでいった。その子たちはおやつも口にしたことがない、おもちゃを
 手にしたこともないんだよ。あんたはその子たちのお余りをもらって、やっ
 と生き延びられたんだ。あんたの命の後ろには、無念の思いで死んでいった
 人たちのたくさんの命が繋がっている。そのことは決して忘れちゃいけない
 のよ」


 私は生まれてこのかた、母に誕生日プレゼントをもらったことはなかったし、
欲しいと思ったこともありません。私にとって誕生日は、産んでくれた母に感
謝をする日でした。

 一家は長崎へ移り住みましたが、結局父親は外に女をつくり、母とは離婚。
父は家を売り払って、そのお金を元手に女の人と新しい生活を始めました。無
一文になった母は、小さな子ども3人を抱え、市内を流れるどぶ川の岸辺にあ
る、吹けば飛ぶようなバラックに移り住みました。

 すぐにお金が必要ですから、母は男の人に交じってなれない力仕事を始めま
した。疲れて帰ってくるので、すぐに横になって寝てしまう。
 それが子ども心にどれだけ寂しかったことか。
 一日中帰りを待ちわびて、話したいこと、聞いてもらいたいことが山ほどあ
る。弟や妹は保育園で覚えた歌や踊りを見てもらいたいのです。

 そこで私は考えました。弟と妹の手を握り締め、橋の上で母の帰りを待つこ
とにしたのです。やがて橋の向こうから小さな母が姿を現すと、三人は歓声を
上げて転がるように走っていきました。

 あのね、あのね…。同時に喋る私たちの話を上手に交通整理をしながら、母
はまっすぐ家には帰らず、近くの石段を登って眺めのいいところへ連れて行っ
てくれました。
 母が真ん中に座り、子どもたちがそれに寄り添う。眼下に広がる長崎の夜景
を見ながら、私たちきょうだいがひとしきり話し終えると、母が少しだけ自分
の話をしてくれました。

 朝早くから夜遅くまで働いていたので、母はほとんど家にいませんでしたが、
心はいつも一緒でした。物はない、金はない、町の人や学校の先生からは臭い
だの汚いだの言われていましたが、母と子の間にはいつも真っ青な青空が広が
っていた。そんな気がします。