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「学び力アップ道場 復習に役立つノート術」菊池省三監修 フレーベル館 2010年 /「忘れられた日本人を読む」網野善彦 岩波セミナーブックス 2003年 ⑨(最終)【再掲載 2014.6】 [読書記録 教育]

今日は7月13日、土曜日です。


今回は、菊池省三さん監修の
「学び力アップ道場 復習に役立つノート術」を紹介します。


出版社の案内には、

「『学び力』を育てるためのスキル(技術)を紹介するシリーズ。ノー
トの書き方を基本から学べます。」

とあります。



今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「2Bのえんぴつを使って太くきれいな字を書くこと」
- わたしが子どもだった頃に比べて、随分筆圧の低い子が増えている
 ようです。


・「背筋を伸ばしたよい姿勢で字を書くこと」
- 子どもたちも唱えるピン(背筋)、ピタ(足裏)、グー(背中と背もたれ
 の隙間)ですね。


・「字の大きさや高さがそろっている、無理矢理詰め込まず余白を残し
てあるノートは見やすく感じる」


- 定規を使って線を引く
- 色は3色まで
低学年での指導が大切ですね。




もう一つ、再掲載になりますが、網野善彦さんの
「忘れられた日本人を読む」⑨を載せます。

-「百姓」は農民に限らず

農業をしながらも土木仕事、大工仕事、左官仕事を、
近所の人から頼まれてにこにこやっていた父を思い出します。




☆「学び力アップ道場 復習に役立つノート術」菊池省三監修 フレーベル館 2010年

1.jpg

◇ノート教室4つの掟

  1 ノートは毎日忘れずに学校に持っていくこと

 2 ノートは破ったり落書きしたりしないこと

  3 2Bのえんぴつを使って太くきれいな字を書くこと

  4 背筋を伸ばしたよい姿勢で字を書くこと



◇ノートの基本を知ろう
□3つの役割
1 授業を記録する

  2 復習に使う

  3 覚えるために見る


□授業の約束事
1 日付を書く

2 教科書のページを書く

3 ノートは2ページで1セット

4 単元名・めあてを書く

5 気付いた感想などを書く

6 ていねいに書く



◇1時間目 板書を正しく書き写そう
□見たままをノートに書き写す
字の大きさや高さがそろっている
無理矢理詰め込まず余白を残してある


□文頭をそろえて書き余白を活かす
1 単元名やめあてなどは一番はじめにまとめてある

2 難しい漢字にふりがなが振ってある

3 線や矢印で事柄の関係が示されている

4 見出しの文は大きな字で書かれている

5 見出しの文に関する細かい事柄は、文頭を下げて箇条書きでま
   とめられている

6 文と文との間はほどよく空いている

7 大切な事柄は色づけしたり線で囲んだりしてある


<以下略>






☆「忘れられた日本人を読む」網野善彦 岩波セミナーブックス 2003年 ⑨(最終)【再掲載 2014.6】

[出版社の案内]

既存の日本像に鋭く切り込んでいる日本中世史家が、宮本常一の代表作
『忘れられた日本人』を、用いられている民族語彙に注目しながら読み
ぬき、日本論におけるその先駆性を明らかにする。
歴史の中の老人・女性・子ども・遍歴民の役割や東日本と西日本との間
の大きな差異に早くから着目した点を浮き彫りにし、宮本民俗学の真髄
に迫る。


◇東日本と西日本(5)
□海を渡る交流を探る
 アイヌ  
    12,13世紀に形成
  縄文文化 + オホーツク文化 = アイヌ文化
    交易活動 
      北方からモンゴルかサハリンへ侵入
  4回、断続的に元軍がサハリンに入った
安藤五郎 対 アイヌ

  ペルーのリマ 1
    613年 日本人が20人
北回りルート

  ◎ 海を通じての人々の動き、ゆっくり渡っていけば、かなり遠く
   まで行けた


◇百姓とは何か
□郷里・周防大島 
  「宮本常一を歩く」人が各地にいる
大工の出稼ぎ
    「この地方では家の貧富にかかわらず大工になる風があった」
  祖父と父 宮本市五郎
世間師の世界
「女の世界」
「新しい天地を求めて」
     対馬・朝鮮  朝鮮半島、対馬、周防
ハワイの海民移民  
    周防、安芸、紀伊、肥後、沖縄
◎ 郷里を出て行くことに非常に積極的であり、外国へ出るこ
     とに抵抗を感じない個性をもつ地域
多様な集落
江戸時代の周防大島 
    「防長風土注進案」を読む
庵室
◎「百姓」は農民に限らず
林業・木材の役割の見直しを
  飢饉
     ~ 都市的な場所に飢饉は起こる
   ◎ どうして寺川のような山の中に人々が逃げ込んでいるのか
  遍歴民の世界  
    江戸時代 ふすまや屏風の「下張り文書」
文字をもたない伝承者
学問とは   
    ◎ 常に新鮮な疑問を持ち続け、新しい分野を開拓する
    ◎ 誤りは、はっきり認めて正しい見方に従う
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「月刊少年育成」2002年12月号 /「遠江の里」ひくまの出版 1979年 ②【再掲載 2014.7】 [読書記録 教育]

今日は7月12日、金曜日です。


今回は、かつての教育誌、
「月刊少年育成」2002年12月号を紹介します。


「月刊少年育成」は大阪補導協会から出されていたものです。


今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「時代の変容にこころが取り残される状態が不登校」


・「『登校拒否ははじめの3日が勝負』-八ツ塚実」


・「生まれることは楽しいこと」


・「『こんな風になりたい』と思わせる大人の存在が育てる子どもの夢」




もう一つ、再掲載になりますが、ひくまの出版の
「遠江の里」②を載せます。





☆「月刊少年育成」2002年12月号

◇増える一方の不登校をどうとらえるか(上) 伊藤友宣
  30年来増える一方 
    30 年前「登校拒否」平井信義 
時代の変容にこころが取り残される
子どもがまずこちらを確かめる 
    不本意にも張るべき弦が弛む
不登校は足がかりのない沼の底
はじめの3日が勝負 
    八ツ塚実「登校拒否ははじめの3日が勝負」
「だけど」の代わりに「だのに」


◇不登校児の進路相談
P19・20・21 不登校のタイプ
P23     不登校児の進路 


◇不登校 
  日本型都市社会の申し子 立石一信
「不登校と地域社会」
    不登校は社会病理
都市化の定義 
    親の育児能力貧困の背景
都市的生活様式としての離婚ないしハイリスク家庭


◇今どきの子どもたち 小林佳子(くもん子ども研究所)
生まれることは楽しいこと
「自然環境」を託す小学生 
    「平和」を託す中高生
子ども時代にすべきこと
なりたくないのは自己中心的な大人
なりたい大人は「両親」と「優しい人」
「こんな風になりたい」と思わせる大人の存在が育てる子どもの夢







☆「遠江の里」ひくまの出版 1979年 ②【再掲載 2014.7】

遠江の里.jpg

◇野と人と 那須田稔
  
<三方原合戦> 
□元亀3(1572)年10月 
  武田信玄 
    元亀3(1572)年10月 犬居城に入る(京を目指す大進撃)
もう一軍は気賀から井伊谷へ
  家康の部下・懸城の石川家成、高天神城の小笠原長忠
信玄は懸城、高天神城をそのままにして突然森、袋井、磐田i
徳川家康 
→ あわてて磐田見附に出陣
三箇野から一言坂へと退却に次ぐ退却

□元亀3(1572)年10月
武田信玄  
    二俣城が信玄の手に墜ちる
    信玄軍は南進
  有玉 → 西へ 追分で全軍統一
→ 北進 根洗松 
         → 祝田(ほうだ)の坂で軍をとめた
  徳川家康  
    浜松城を無視して京へ向かう信玄に腹を立てる
信長の意見も退けて出陣
↓↓

  <徳川家康軍>   VS  <武田信玄軍>
1万騎 3万騎
 31歳 52歳
鶴翼の陣 魚鱗の陣

↓↓

  家康軍総崩れ
家康は浜松城に逃げ帰り全門を開けて篝火を焚き大太鼓
→ 大太鼓・酒井忠次「酒井の大太鼓」
     → 太鼓は見付学校→磐田北小→見付天神社
信玄は奇計をおそれて引き返す

家康は百人の陣で犀ケ崖に奇襲
  信玄軍兵、驚きあわてて崖の谷に墜ちる
犀ケ崖 深さ40m幅50m長さ2㎞
現在は宗円堂


◇掘留川 亘理宏 
  掘留運河 
    井ノ田川掘割850間=1.5㎞
悪水堀 
     ~ 田の灌漑用悪水放出用水路

  田尻排水路 
    池(現体育センター北)
   明治4年開通 - 田圃の中を蒸気船が行く
掘割事業 - 村人が無給奉仕
 井上氏が運河経営者となる
明治14年 浜名橋  
  明治20年 東海道線開通 → 衰退
 
  菅原町 ~ 浜二塗料わき 
    伊場道路橋下
  田尻からの悪水と合する出会いの場所
→ 共に入野へと悪水は「悪水堀」


◇大刀洗池のことなど 平松實
  東京大学・高柳光寿博士
    昭和36(1961)年 週刊朝日に「家康史跡の物語」
大刀洗池 
    コンクリート
→ 揮毫・高柳博士 昭和39(1964)年12月
築山殿月窟廟の再興 大澤稔
  高松山西来院(浜松市広沢)
 昭和51(1971)年多額の寄付を一女性が
 → 家康の命によって命を絶った野中三五郎重政燈籠奉献
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