SSブログ

「チューインガム一つ」(灰谷健次郎 角川文庫)と「万引き」(井上ひさし 講談社) [読書記録 教育]

「万引きしてはいけない」
当たり前のことです。
たいがいの子が分かっています。
しかし、なかなかブレーキを掛けられない子がいます。
朝の会、帰りの会、道徳の時間、等々
心のブレーキを願って、
いろいろな努力をしています。
しかし、発表される数字は、なかなか減りません。

灰谷さんの「チューインガム一つ」
井上さんの「万引き」

ブレーキの一つになるとよいのですが…。






☆チューインガム一つ 灰谷健次郎
◇チューインガム一つ
         3年 △△ △△
せんせい おこらんとって
せんせい おこらんとってね
わたし ものすごくわるいことした

わたし おみせやさんの
チューインガムとってん
一年生の子とふたりで
チューインガムとってしもてん
すぐ みつかってしもた
きっと かみさん(神様)が
おばさんにしらせたんや
わたし ものもいわれへん
からだが おもちゃみたいに
カタカタふるえるねん
わたしが一年生の子に
「とり」いうてん
一年生の子が
「あんたもとり」いうたけど
わたしはみつかったらいややから
いややいうた

一年生の子がとった

でも わたしがわるい
その子の百倍も千ばいもわるい
わるい
わるい
わるい
わたしがわるい
おかあちゃんに
みつからへんとおもったのに
やっぱり すぐ みつかった
あんなこわいおかあちゃんのかお
見たことない
あんなかなしそうなおかあちゃんのかお見たことない
しぬくらいたたかれて
「こんな子 うちの子とちがう 出ていき」
おかあちゃんはなきながら
そないいうねん

わたしひとりで出ていってん
いつでもいくこうえんにいったら
よその国へいったみたいな気がしたよ せんせい
どこかへ いってしまお とおもた
でも なんぼあるいても
どこへもいくとこあらへん
なんぼ かんがえても
あしばっかりふるえて
なんにも かんがえられへん
おそうに うちへかえって
さかなみたいにおかあちゃんにあやまってん
けどおかあちゃんは
わたしのかおを見て ないてばかりいる
わたしは どうして
あんなわるいことしてんやろ

もう二日もたっているのに
おかあちゃんは
まだ さみしそうにないている
せんせい どないしよう
(「灰谷健次郎 子どもに教わったこと」角川文庫より)




☆『ふふふ』 井上ひさし 講談社 より

◇万引き
 中学三年の春、転校先の岩手県一関市の書店で、わたし
は生まれて初めて万引きというものをした。どうしてその
小さな英和辞典を上着の下に隠してしまったのか、その理
由はいまだによく分からない。
 英和辞典はすでに父譲りのいいものを持っていたし、毎
日でも映画館に通えるぐらい小遣いを貰っていたし、薬屋
と文房具屋をやっていた母親が万引きに遭うたびに嘆くの
を身近に見ていたし、その寸前まで代金を払わずに本を持
ち出すことなどは考えてもいなかった。
 だが、気がつくと、もうわたしは定価500円の英和辞
典をズボンと下着の間に挟んでしまっていた。
 店番をしていたのは細縁眼鏡のおばあさんだったが、そ
のおばあさんを甘く見たのか、万引きで余ったお金で大福
餅でも食べょうと思ったのか、友だちに盗品をこっそり見
せて度胸のあるところを誇りたかったのか、古くさい辞書
にあきて新しいものを使いたかったのか、あるいはその全
部だったのか、それもよく分からない。
 とにかくわたしは硬い辞典の冷たさを下着を通して感じ
ながら震えて立っていた。あのときの<世界から外れてし
まったようなおそろしさ>を今も忘れることができない。
「坊やにお話がある」
 おばあさんがいつのまにかわたしの横にいた。
「ちょっと奥へおいで」
「あたしが警察へ連れて行こうか」
 入れ替わって店番に立ったおじさんが云うのを手を上げ
て止め、おばあさんはわたしを裏庭の見える縁側の前へ押
して行った。
「上着の下に隠したものをお出し」
 震えながら差し出すと、おばあさんはその英和辞典をし
げしげと見てから、
「これを売ると100円のもうけ。坊やに持って行かれて
しまうと、100円のもうけはもちろんフイになる上に、
500円の損が出る。その500円を稼ぐには、これと同
じ定価の本を5冊も売らなければならない。この計算が分
かりますか」
 400円で仕入れて500円で売っている。簡単な計算
だから、こわごわ頷くと、
「うちは6人家族だから、こういう本をひと月に100冊
も200冊も売らなければならないの。でも、坊やのよう
な人が月に30人もいてごらん。うちの6人は飢死にしな
ければならなくなる。こんな本1冊ぐらいと、軽い気持で
やったのだろうけど、坊やのやったことは人殺しに近いん
だよ」
 恐ろしくなって縮み上がっていると、おばあさんは庭の
隅に積んであった薪の山を指して云った。
「あの薪を割ってお行き。そしたら勘弁して上げるから」
 ぶじに帰してもらえるのなら、どんなことでもするつも
りでいたから、死に物狂いで薪を割ったことは云うまでも
ない。
 薪割りがあらかた片付いたころ、おばあさんがおにぎり
を2つ載せた皿を持って現われた。
「よく働いてくれたねえ。あとは息子がやるから、おにぎ
 りを食べてお帰り」
 そして驚いたことに、お金を700円、わたしに差し出
してこう云った。
「薪割りの手間賃は700円。安いと思うなら、どこへで
も行って聞いてみるといい。700円が相場のはずだから
ね。700円あれば、坊やが欲しがっていた英和辞典が買
えるから持ってお行き。そのかわりこのお金から500円、
差っ引いておくよ」
 このときわたしは、200円の労賃と、英和辞典1冊と、
欲しいものがあれば働けばいい、働いても買えないものは
欲しがらなければいい、という世間の知恵を手に入れた。
 まったく人生の師は至るところにいるものだ。もちろん、
それ以来、万引きはしていない。また薪割りをするのはご
めんだし、なによりも万引きが緩慢な殺人に等しいという
ことが、おばあさんの説明で骨身に沁みたからである。

 売り上げの2パーセント前後を万引きの引当金にあてる
のが書店の常識といわれているが、その万引きが年ごとに
ふえて、いまでは店によっては売り上げの10パーセント
以上にも及ぶという。
 単純に計算して、売り上げの20パーセントが店の利益
であるから、店によっては利益が半減してしまう。これで
は書店の経営は立ち行かない。
 川崎の古書店で万引きした少年が、迎えに来た警察から
逃げようとして踏切りに飛び込み即死した事件で、この古
書店に「人殺し」となじる電話が相次いだというが、そん
なことを云ってくる人たちは、万引きがじつは緩慢な殺人
行為であることを知らないのだ。

nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 2

コメント 2

さきしなのてるりん

私の子どもも小学校に上がったばかり、学童保育に行っていたころ、万引きに誘われました。発覚したとき、そこにいたみんなやったといわれた中で娘は私はやっていないといい、わたしたちは今もそれを信じています。ただ、小さかったとはいえそれを眺めていたらしいことははっきりしているので、そのことに対しては実は井上ひさしと同じような経済のしくみの話をしてしかりました。一過性のことだったので、とりあえず胸をなでおろしましたが、子どもたちが万引きに走る心理を考えさせられました。
by さきしなのてるりん (2012-10-29 10:39) 

ハマコウ

さきしなのてるりん さん ありがとうございます

ふと 魔の手に誘われる時期は だれにもあるものなのかもしれません
そのとき どう 行動するか 
「緩慢な殺人」だということに 気が付くこと 大切ですね
by ハマコウ (2012-10-29 21:57) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0