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キーワード「日本の食事情」② /「学力づくりで学校を変える」 久保齋 子どもの未来社 2002年 ①【再掲載 2012.7】 [読書記録 歴史]

今回は、6月18日に続いて
キーワード「日本の食事情」 2回目の紹介です。


出典は不明です。


今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「昔は日常の生活で米を食べなかった
→ 米どころでさえ屑米を粉にして焼き餅,干し米を刻んでカテメシ」


・「昔(300年前)は一日に2回の食事。一日に食べる量は5合。一回に2合5勺。
  だから2合5勺の升がどこにでもあった」


・「秀吉の前までは360坪一年間の食糧をまかなうことが出きる広さを一反(いったん)
  秀吉が一反を300坪に減らした。土地を測る単位は人が一日に,或いは一年に食べ
る食料を単位にして決めたものだったようだ。秀吉の時代になって、一坪でできる米
  が技術の発展により増えて一反を300坪になったのではないか」





もう一つ、再掲載となりますが、久保齋(くぼ いつき)さんの、
「学力づくりで学校を変える」①を載せます。
久保さんも、旧「学力の基礎を鍛え落ちこぼれをなくす研究会」に関わる方です。
今回紹介分に書かれている「授業づくり私案(久保)」は大変参考になり、
読んだ年度に早速実践し、大きな効果を得ることができました。
『一斉授業の復権』も大変参考になる本だと、わたしは思っています。





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☆キーワード「日本の食事情」②

◇飯
 
□ご飯  

 メシ = 召すもの  

 元々は「イイ」



□食べる

 = 賜るからきた言葉



□米調理 
  
 ① 飯  

   米を甑で蒸したもの = オコワ 

   特別の日に食べるもの
    

 ② 堅粥

   今のご飯 

   水を入れて炊くものはかゆ
カタカユ 

ヒメカユ 水気のあるもの



   ◎ 昔は日常の生活で米を食べなかった

◎ 米所でさえ屑米を粉にして焼き餅,干し米を刻んでカテメシ
ヒエメシ ムギメシ イモメシ




◇食事の回数 

□昔(300年前)は一日に2回


□一日に食べる量は5合


□5合を2回に分けてだから一回に2合5勺

2合5勺の升がどこにでも                                                                                                        

□ハタゴ

 一日の食糧の5合米 = 水田一坪(6尺四方)から採れるもの



 秀吉の前までは360坪,一年間の食糧をまかなうことが出きる広さを一反(いったん)
という
             
 → 秀吉が一反を300坪に減らした

◎ 土地を測る単位は人が一日に,或いは一年に食べる食料を単位にして決めたものだっ
 たようだ

 → 一坪でできる米が技術の発展により増えて一反を300坪に
 




◇魚
 
□獣肉を昔は食べていた

 → 仏教のために食べなくなった



□熨斗(ノシ) 

 生臭さを消すもの 

 ノシアワビ





◇凶作
 
□江戸時代 

 藩内で処理すべき問題  他藩が津留(米移出禁止)

     ∥

 対策 

 → 酒造米制限 

   所有米調査 

   力ある者の施米 

   幕府廻米

   囲籾

   郷倉

   義倉

  → 田舎を捨てる



□学者は飢饉時の食物について啓蒙



 ◎ 飢饉から救ったのは鎖国解放による交易の自由












☆「学力づくりで学校を変える」 久保齋 子どもの未来社 2002年 ①【再掲載 2012.7】

<出版社の案内>
NHKスペシャルで紹介された京都・新林小学校の「基礎・基本プロジェクト」の実際を
紹介。学校ぐるみで、子どもたちに基礎・基本の学力をつけさせるという取り組みはどの
ように進められたのかを記す。

いま、ふつうの学校であたりまえの教育をすることが求められている。先輩教師たちが長
年積み重ねてきた日本の教育の技術をより深め、子どもたちの足腰をしっかりとたくまし
く育てる教育が。本書は、日本のどこの小学校でもすぐにできる、そんな取り組みで子ど
もたちをきたえ育てている京都・新林小学校の教師たちの記録である。

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◇京都 京都・新林小学校

「一か月で学習規律の確立を!百日間で子どもを変える実践を!」

1.基礎基本の充実

2.学習規律の確立

3.授業改善の取り組み



◇キーワードは「授業で鍛える」(1)

□全校の子どもたち一人一人を育てよう

「追いかける生徒指導」から「育てる生徒指導」へ


実態調査が第一歩



□15年間「学力の基礎をきたえ,どの子も伸ばす研究会」
   
 旧「学力の基礎を鍛え落ちこぼれをなくす研究会」



□仮説

「読み書き計算を徹底して鍛えると,学力の基礎を培うだけでなく,子どもたちの学習意
 欲と自己肯定感を喚起させ,同時に,荒れやキレの問題をも解決できるのではないか」  
  

□生徒指導 
  
 ・ 読み書き計算などの学力の基礎を鍛え,一人一人の認識力を高める。
  
 ・ 明るく規律ある学級,学年集団を作り,その中で社会的認識を深めさせ、社会道徳
  を身に付けさせる。
  
              ∥
       
  ◎ 授業は学力を高めると共に社会性をも高めていく    
  


□実態調査が学力作りの第一歩
  
 基礎学力調査を実施する   
  
 5年生ならば,1234年生用4つのテストを行う。
  
 定期的に 4月,7月,10月,2月に調査
             
     ※ 計算力と読解力  



□「公開授業」で授業のあり方を見せる
  
 授業で実践・理論を見せる
 
 ◎生徒指導 - 「授業を通しての規律ある学級づくり」」



□「授業を通しての規律ある学級作り」 5月12月



「鍛えられた子どもを見てもらう場」

 ◎ すぐれた授業は教師によってつくられるのではなく、教師によって優れて育まれた
  子どもたちがつくる
  
 × 「教師の授業展開能力を見せる場」


 <読み・書き・計算> + <話す・聞く>
音読 漢字  言葉遣い
ノート指導 百マス
    


□授業づくり私案(久保)
 
① 学校は勉強する所です。授業中は先生の指示に従いなさい。遊び時間や放課後は君た
 ちの自由にどうぞ。


② 文房具はえんぴつ2本,赤えんぴつ,定規,消しゴムだけ。他の物は授業中,机の上
 に出さないこと。


③ 音読は,読点で息を吸い,読点から読点までは一息で読みます。聞く人に心地よいよ
 うに,大きさだけでなく,明るく澄んだ声で読みなさい。

  
④ 先生の発問には必ず答えを用意すること。手を挙げなくても当てます。答えがない時
 は「後に回してください」と言います。必ず後で当てます。

  
⑤ 答えが間違っているのは問題にしません。間違った答えはみんなを賢くするからです。

  
⑥ 先生の発問を聞いたら自分で考え,次に隣の人に聞いてもらい,発言の準備をします。

  
⑦ 始めに当たった人が発言し,その後司会をします。何人か発言したら,「先生,この
 ような意見が出ましたがいかがですか」と先生に戻します。

  
⑧ 発言は一文を短くし,接続詞を使って明確に話すこと。みんなで考えているのだから,
 独り占めしただらだら発言を戒めます。

  
⑨ 授業の最後に,今日学習したことについて,話せるようにしておきなさい。

  
⑩ どの教科も,教科書の音読,発問,討論,ノート指導を徹底します。

  
⑪ 宿題はB4版のプリント。表は漢字の完璧写しと計算ドリル,裏は授業のノートの写
 し,教科書写しと,今日学習したことの言語化・文章化です

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「お江」武光誠 平凡社 2011年 ③(最終) /「教師の仕事」 月刊「悠」編集部 ぎょうせい 2002年【再掲載 2012.9】 [読書記録 歴史]

今回は、5月15日に続いて、武光誠さんの
「お江」の紹介 3回目 最終です。



出版社の案内には、


「お市の方を母とする三人の娘、茶々(淀殿)・お初・お江は、いずれも数奇な運命を辿っ
 た。小谷城の落城で父を失い、北の庄城落城のときに母と死別する。茶々は豊臣秀吉の
 側室となり、お初は母方の従兄の京極家に嫁ぐ。お江は二度の結婚に破れた後、徳川秀
 忠の妻になる。そして最後に、大坂の陣で姉妹同士が敵味方に分かれ戦ったのだ。戦国
 動乱から大坂の陣へ、戦国の世を女性たちはいかに生きたか。」


とあります。





今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「大阪の陣の原因 - 反キリシタン VS キリシタンの性格」


・「キリシタン浪人に利用された淀殿  人材のいない豊臣家」


・「幕府にとって大阪の陣はキリシタンと反徳川の考えを捨てない関ヶ原浪人たちを討つ
ためのものであった。場合によっては、淀殿と豊臣秀頼を助けてもよいと考えていた
  らしい」


・「大阪の陣は戦国動乱が残したさまざまな残り火を最終的に鎮める戦いだった」






もう一つ、再掲載となりますが、月刊「悠」編集部の
「教師の仕事」を載せます。
それぞれにとっての「教育」だと感じます。





<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト







ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
2.jpg






<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。









☆「お江」武光誠 平凡社 2011年 ③(最終)

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◇大阪冬の陣

□謀略活動の鍵は次女お初

 大阪の陣の原因

   反キリシタン VS キリシタン  の性格


 方広寺鐘銘と情報戦略

東福寺の僧・清韓 「家」「康」意識

   → 許可を得るべきだった


 大阪城に集まる浪人


 徳川の密偵たち 
   浪人受け入れる中に多くの間諜(スパイ)

小幡景忠・伊達侍従・お初(常光院)



□傍観者の淀殿

 キリシタン浪人に利用された淀殿
 
   人材のいない豊臣家



□真田幸村の計算

 恩返しのために一旗
    薄田兼相 木村重成

    キリシタン     明石全登


 唯一の情報通は真田幸村



□退けられた積極策

 ◎ 幕府にとって大阪の陣はキリシタンと反徳川の考えを捨てない関ヶ原浪人たちを討
  つためのものであった
   場合によっては、淀殿と豊臣秀頼を助けてもよいと考えていたらしい 



□講話を持ち込んだ徳川方

 史上最大の攻城
  1614.11.16 茶臼山に本陣 家康と秀忠の軍議


 真田丸の戦いの開始



□敵に情けを掛けた幸村

 「真田は強いが情けのある武士だ」評判


 淀殿を砲撃する徳川方 
   
   和議とお初





◇大阪夏の陣

□追いつめられた淀殿   

 埋められた大阪城の堀
 
   再戦への未知



□短期間に終わった夏の陣

15万の徳川軍


 勇敢な塙田右衛門の最期



□焔に包まれる大阪城   

 敵中に残された後藤基次


 八尾若江の戦いとその影響


 道明寺で敗れた大阪方


 真田幸村最期の戦い

家康はひたすら逃げた 後退した



□大阪の陣の後のお江   

 将軍の御台所としてのお江


徳川秀忠の時代





◇戦国の終わりとお市の娘たち

□3姉妹のその後

 嶋津家久が淀殿と豊臣秀頼を密かに薩摩に迎え、住む場所を提供した?


 お初 
  小浜藩主京極忠高の養母として何不自由なく過ごした
寛永10(1633)年 没



  忠高 
   寛永11(1634)年 加増 → 16万4千石の松江城主に

   嗣子なく没(1637) → 甥の京極高和が播磨国竜野6万石


  お江  
   寛永3(1626)年 54歳で没



□戦国の終わりと鎖国





◇あとがき

□お江  

 戦国動乱の最後の時期を生きた女傑


 秀忠の御台所(正妻)として徳川家を切り盛りした



◎ 国内に長期の平和

 ※ 大阪の陣は戦国動乱が残したさまざまな残り火を最終的に鎮める戦いだった





◇武光誠  

 1950年山口県防府市生 

 東京大学大学院国史学科博士課程修了 文学博士
      
 明治学院大学教授










☆「教師の仕事」 月刊「悠(はるか)」編集部 ぎょうせい 2002年【再掲載 2012.9】

<出版社の案内>

教師の仕事とは何だろう。それは、教師としての生き方にかかわる、大きな課題かもしれ
ない。これから求められる教師の在り方を、今注目を浴びる各地の実践等を通して描く。
実務面から教師の力量向上をサポートする。

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◇子どもの自信をはぐくむ教師のやりがい - 尾木直樹
 
「学力を付けるためと言って、つまらない授業を確保する代わりに行事を削るとすれば本
 末転倒」




◇教師に対する信頼を期待 - 徳武靖(教育ジャーナリスト)

 教師の性的犯罪が多発


 不適格教師に厳しい目
 
  法改正


 「悪平等」の是正を提言


 教師社会にも競争原理


 信頼と期待との間に落差




◇子供と創る授業 - 善本幸夫(荒川区立小学校)

 お経で漢字学習 

 「学年配当漢字を並べて覚えよう」

  → お経のように

漢字クイズ


 子どもたちの意見があふれ競る授業

  ~ プロセスが大切



 失敗を怖れず授業をたくさん創りたい




◇教師みんなで生徒をみていく - 枡田和明(多摩市立小学校)

 まず教師が時間を守る


 「自己インタビュー記録用紙」
   最近頭に来たこと
  

 周りの教師が支えに


 理論の必要性を感じて





◇教師としての生き方を求め続けて - 河上亮一(プロ教師の会)

 「プロ教師の会」とともに歩む


 強制と自治
   この二つがなければ生徒も育たない


 1984年 
 「埼玉教育塾」(プロ教師の会)諏訪哲二氏とともに




◇廉潔教師雪子  石坂洋次郎「青い山脈」 -  三好京三

 信念に生きる若い教師


 時世と教師




◇ハレンチ学園のヒゲゴジラ - 谷川彰美

 トイレット作戦
   永井豪の優しさ




◇熱血教師 - 串間努 

 正義 → 熱血教師像の復権を




◇人間として生きる「志」をもとう - 無着成恭

 時代の流れを読み取り洞察しよう


 子どもに信じられる教師に
   「命」の重さを知る


 教師は教授学、将来論、教科論をもとう


 型を学ばなければ破れない


 教師は自分なりの哲学、宗教観をもとう


 忘れられない父と母の教え そして恩師




◇センセイという仕事 - 澤圭一郎(毎日新聞)

 学力 → 「総合」は難問山積 → 教師が矢面に


 注がれる厳しい目


「ゆとり」がなくなる教師たち 

 → 休職教員の増加


 問われ始めた教師の仕事
 - 逆境の中でこそポジティブに




◇教師度チェック

<授業>

① 「伝達者」から脱皮できているか → 創造者に

 
 ② 「子どもにとって」という視点で思考できているか 


 ③ よりよい方向に修正できる柔軟性をもっているか  
    
     謙虚さを

 
 ④ 授業に酔えるほど楽しんでいるか


<子どもとの関係>

 ⑤ 目的をもって子どもと話しているか

    目の細かいざるをもって向き合う


 ⑥ 挑発的に関わっているか

    いい意味でしつこく 

    子どもの内面を挑発し自ら考えさせる


 ⑦ おどけてみせるぐらいのフランクさでつきあっているか

    大人としての立場から子どもの心を用いて知性・感性を刺激


<学校スタッフとして>

⑧ 互いに認めあえているか

    互いを認め合い磨き合う意識

 
 ⑨ さっさと諦めすぐには諦めないと言うことを約束できるか

    集団としての意志決定とコンセンサスの明確性

 
 ⑩ 一人ひとりの役割を明確にしているか

    自分の責任を全うしているか




◇天賦の教師は自分が創る - 下村哲夫(早稲田大学)

 「聖職」(「背広の軍人」)

  → 戦後デモシカ先生の巣窟に


 「教師は労働者である」
 
    日教組「教師の倫理綱領」草案 1951年7月 → 1952年6月正式に

     ↓

    1974年 日本共産党 「教師は聖職者」


 「専門職論」の哀歓
1966年9月「教員の地位に関する勧告 ユネスコ特別政府間会議
  

 「子ども好き」はよい教師か

    大村はま
     「子ども好きは教師としての危うい盲点のようなもの」



◎ 教師という職業人としての技術、専門職としての実力

   ↓

     ◎ 子どもを本当に磨き上げること


 ?どういうわけか教職に限って
  人間性や使命感があまりに強調されすぎる


 天賦の教師は存在しない
  ◎ 自らを自らの努力で「よい教師」に創り上げていくよりない



 ◎ だれでもその意志と努力によっては「よい教師」になり得る

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