SSブログ

「子ども観の戦後史」野本三吉 現代書館 2007年 ④ [読書記録 教育]

「今なお国家,大人によって自由に操作できるという過信が子供を苦しませ続けているので
 ある」





今回は、2月21日に続いて、野本三吉さんの
「子ども観の戦後史」の紹介 4回目です。


出版社の案内には、



「敗戦以来、日本人の『児童観』はどのように変化したか、子どもを把えた戦後の書籍を
 通し、子どもを取りまく社会現象の変化の中での子どもを見る眼、子ども自身の生活の
 変遷を追ってみた。社会構造の変化を通した人間関係の変遷の中での子どもの変容をみ
 る。」




とあります。





今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「子供を将来の人的資本として捉える
= 日経連が文部省・中教審に要望書」


・「近代工業を支える四要素
 ① 教育の効果 ② 科学研究の充実 ③ デモクラシーと平等 ④ 実際的な唯物主義」


・「理論社が支えた」
- 理論社の本、大好きです。


・「阿部進  子どもの発想法と大人の考え方は異なっている」
- 「カバゴン」阿部進さん、懐かしく思い出します。







<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。

浜松ジオラマファクトリー






☆「子ども観の戦後史」野本三吉 現代書館 2007年 ④

1.jpg

◇期待される人間像

□1966(昭和41)年「期待される人間像」中教審

 中教審
 「文部省による教育政策を先取りする形で中央教育審議会が答申を出し,それを受けて
  法案が提出され国会の場で日本の教育に関する政策が一つ一つ成立していく」構図



 子供を将来の人的資本として捉える

= 日経連が文部省・中教審に要望書



 キンズバーグ 
   近代工業を支える四要素
 ① 教育の効果 

    ② 科学研究の充実 

    ③ デモクラシーと平等

    ④ 実際的な唯物主義



  日本の経済成長を支える人材を育成することが教育の役割であり,マンパワーポリ
 シーが子育ての原理

→ 能力主義教育政策



 主体は国家(政策)により,子供はいわば客体として育てられ,つくられていく存在で
あるという教育観


↓↓

 国家の利益(経済的成長)を中心に据え,未来の労働力として育てることを当然とする
「教育観」「児童観」を確立し,より一層激しい能力主義教育政策,労働政策を推し進め
ていくことになった。

 ◎年功型・終身雇用制度 → 能力中心雇用システム

 ◎学校体系 → 一層の複線化
 
 ◎大学院大学と研究院大学,飛び級,無学年制

 ◎中高一貫教育~能力別進級制度



 生涯学習体系も,より一層充実強化
「今なお国家,大人によって自由に操作できるという過信が子供を苦しませ続けているので
 ある」

 



◇現代子供気質

□戦後児童文学の新しい動き

 1946.3 小川未明初代会長 日本児童文学者協会


 児童文学同人誌
「豆の木」   いぬいとみこ,長崎源之助,佐藤暁 等

「びわの実」  前川康男,今西祐行,寺村輝夫 等

「もんぺの子」 鈴木実,高橋義徳,植松要作 等

「小さい仲間」 山中恒,古田足日,神宮輝夫,鳥越信 等

「馬車」  上野瞭,安藤美紀夫,片山悠 等

「児童文学研究」松谷みよ子,塚原亮一 等



理論社が支えた



□子供の発想法

 1961.3 「現代子ども気質」新評論


 阿部進 「教師の条件-人間づくりの道」明治図書1958
※ 子どもの発想法と大人の考え方は異なっている



□「現代っ子」登場

 阿部進「現代子どもセンター」設立 1962

  現代っ子は … ①金銭感覚に強い

②映像文化に反応

③自己主張



nice!(154)  コメント(0) 
共通テーマ:学校

(1)「生きることのレッスン」竹内敏晴 トランスビュー 2007年 (2)「子供に広場を」(宮本常一『見聞巷談』八坂書房 2013年より⑦)【再掲載】 [読書記録 一般]

今回は、竹内敏晴さんの
「生きることのレッスン」を紹介します。



出版社の案内には、


「過度な絶望にも、過剰な希望にも惑わされず、『負けたこと』に負けない。自分自身の
 言葉を発し、いのちを充溢させるための竹内レッスンの思索の軌跡と実践の現場。」


とあります。





今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「体験をどうことばにするか」


・「『負けたこと』に負けない」


・「からだの後ろ半分は全く忘れられている」


・「日本語を発するレッスン 『息合わせ』」




もう一つ、再掲載(2014年2月)となりますが、
宮本常一さんの「子供に広場を」を紹介します。
このごろは、道路で遊ぶ子供さえ見掛けなくなってしまっています。





<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。

浜松ジオラマファクトリー







(1)「生きることのレッスン」竹内敏晴 トランスビュー 2007年

1.jpg

◇ことばとからだに出会うまで

 この人は「ことばがない」のだ   
   聴覚障害と失語症  
   一高という場


 
 世界の二重性  
   二度目の失語体験 
   魯迅の姿勢



 体験をどうことばにするか  
   ガラスの壁が吹っ飛ぶ






◇「八月の視祭」を巡って
  
 目標は持たない  
   パフォーマンスのコラージュ 
   クラウンの法則 



「負けたこと」に負けない






◇いのちを築くレッスン

 からだに目覚める仕組み  
   からだによるドクサの吟味
  


 野口体操との出会いと別れ 
   からだのつぶやきに耳を澄ます
  


 面従腹背の教育の源  
   崩壊に向かう青年たちのからだ 



「あなたたちは『前人間』だなあ」
前半分しかないからだ
   ~ からだの後ろ半分は全く忘れられている



 日本語を発するレッスン
「息合わせ」










(2)「子供に広場を」(宮本常一『見聞巷談』八坂書房 2013年より⑦)【再掲載】



 文明が急速にすすんでいくと、これまで古い生活との間にいろいろの違和をおこす。

 そうした違和の中でも大きな被害をうけているのは子供の世界ではないかと思う。



 昭和30年頃まで田舎を歩いているとどの村にも子供が道にあふれて遊んでいた。

 もとは道路は子供の最もよい遊び場であった。子供たちだけでなく、われわれにとっ
ても、ぶらぶら歩くことのできる世界であった。

 それが急に自動車がふえはじめたのが、昭和35年頃からで、道は子供の遊び場ではな
くなってしまった。

 日本の町や村には広場というものがほとんどない。せいぜいお宮の森くらいであるが、
それも年々せばめられてきた。まして都会の場合はその遊び場がほとんどなくなってし
まっている。

 それは道で遊んでいる子供をほとんど見かけないことによって察せられる。


 それでは子供はどこへいったのだろうか。

 家の中でテレビを見て時をすごしている子供が意外なほど多い。
 そうでなければ塾通いが多いようだが、塾通いは中学へいくようになってからであろ
うから、小学生の間は自分の家だけが自分の世界ということになる。

 子供仲間が集まって広いところで遊ぶことによって社会的な秩序や法則や交友のあり
方などについて学び、ひいては社会的連帯感も生まれてくるのであるが、今そうした機
会を持つことはきわめて稀になってきたのではないかと思う。


 いずれにしても、はつらつとしているべきはずの子供たちをよく家の中へ閉じこめて
しまったと思う。子供自身、休みの日でも外へあまり遊びに出たがらない。たまに出る
とすれば親たちについて出ていく。これは百貨店などへいくものが多いようで、電車の
中には必ずといってよいほど親子が幾組か乗っている。
 それはそれなりにこのましいと思うのだが、親子のつながりだけが強くなっていくと
いうのは、どうも異常な感じがする。


 親が眼をはなしていても、子供たちは子供たちの世界を持ってお互いの交流によって
成長していくような場は作れないものであろうか。


 機械文明というものはどうしても人間を片隅に押しやってしまうか、または人間を機
械の意思に従わせてしまうような傾向を持つ。

 これを駆使するものは愉快であり、また自由をほこりたい気持ちになる。

 舗装された道をフルスピードで走っていくのは、その人にとっては大きな喜びであろ
う。しかし、そのために自分たちの生きる世界を狭くしている者も多いのであるが、わ
けても子供の世界を狭くしたり、ゆがめたりするようなことはできるだけ、さけるよう
にしたいものである。



 文明は人間のためのものであり、さらにそれもわれわれだけでなく、これから後に育
ってくる人たちのために、より大きく貢献しなければならないと思うからである。

 道が交通路としてのみ利用されるようになると、それによって失われた子供たちの育
つ広場の確保が、これから重要な問題になってくるのではなかろうか。


 車に乗ることもいい、しかし歩くこともいい。ある高校で話をたのまれたとき、町を
めぐる周囲の山々を登ったことがあるかと聞いたら、ほんの少数が手をあげた。幼少の
生活のあり方から大切なものを失いはじめているのではないかと思った。

(「運転管理」173号、モビリティ文化出版、昭和55年2月)


nice!(143)  コメント(2) 
共通テーマ:学校