「30分で分かる教師のための叱る技術」上條晴夫 学陽書房 2015年 ① /「忘れられた日本人を読む」網野善彦 岩波セミナーブックス 2003年 ⑥【再掲載 2014.5】 [読書記録 教育]
今回は、倉本聰さん、上條晴夫さんの
「30分で分かる教師のための叱る技術」の紹介 1回目です。
出版社の紹介には
「騒がしい教室をどうにかしたい先生へ!生徒が素直になる叱り方、指導
法がこの本1冊でわかる!
今日からすぐに実践できる叱るときのコツから、叱らなくて済むように
なる一工夫など、教師がラクになるノウハウが満載!」
とあります。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「騒々しい教室を変えるには毅然とした態度で叱る技術が必要」
・「学級崩壊の特徴はコミュニケーションに関する問題。
私語、おしゃべりや離席、立ち歩きが目立つようになる」
・「最低限のルールについて、その善し悪しを明示し、断固として叱る
技術が必要」
・「従来の授、おとなしく座っている、黙って話を聞いているというよ
うな、二大ルールを前提としない新しい授業も工夫したい」
もう一つ、再掲載になりますが、網野善彦さんの
「忘れられた日本人を読む」⑥を載せます。
- 我々は、ともすると前代の世界や自分たちより下層の社会に生きる
人々を卑小に見たがる傾向が強い。それで一種の非痛感をもちたがる
ものだが、御本人たちの立場や考え方に立ってみることも必要ではな
いかと思う。百姓のことをどのくらい知っておるのだ。いったい進歩
とは何だろうか
☆「30分で分かる教師のための叱る技術」上條晴夫 学陽書房 2015年 ①

◇まえがき
□本書のめあて
= 騒々しい教室を変えること
◎ 毅然とした態度で叱る技術
叱る以外
1 教室の空気を変える方法
学習クイズ 静かな音楽
2 騒々しさの中で学ぶ方法
「静かに」「座って」
→「明るく」「体験的に」(アクティブラーニング)
◇前提の話
□騒がしい教室が増えている
学級崩壊の特徴
= コミュニケーションに関する問題
① 私語(おしゃべり)
② 離席(立ち歩き)
□騒がしい教室を叱る技術
毅然とした態度で叱る「叱る指導法」
① 最低限のルールについて
② その善し悪しを明示し
③ 断固として叱る
※ 前提条件
教師の言葉に説得力があること
=「なぜそうすべきか」納得させられる
□教室の空気を変える対処の仕方もある
私語への対処法
① 私語を叱ってやめさせる
② 私語の中で何かを始める
③ 私語のできる学びをする
◎ 空気を変えるための方法
□新たな学びを生むチャンスもある
従来の授業
①おとなしく座っている
②黙って話を聞いている
↓
◎二大ルールを前提としない新しい授業
・問題解決授業 アクティブ・ラーニング
・グループ討論を中心とした授業
・学習遊びを中心とした授業
・表現活動を中心とした授業
□教室の騒がしさを指導の出発点に
騒がしさ
大学 → 高校 → 中学 → 小学校
葬式でもおしゃべり
→ この現象と付き合って行くには、ざわざわしている教室の空気
を変えたり、ざわざわしていてもできる授業方法の工夫が必要
☆「忘れられた日本人を読む」網野善彦 岩波セミナーブックス 2003年 ⑥【再掲載 2014.5】

◇東日本と西日本(2)
□先進・後進というのではなく社会構造の差異
- 戦後歴史学への疑問
宮本常一
「我々はともすると前代の世界や自分たちより下層の社会に生きる
人々を卑小に見たがる傾向が強い。それで一種の非痛感をもちた
がるものだが、御本人たちの立場や考え方に立ってみることも必
要ではないかと思う」
「百姓のことをどのくらい知っておるのだ」
石母田・藤間批判 清水三男評価
→ 「いったい進歩とは何だろうか」
宮本民俗学
女性、老人、子ども、遍歴民、病者に対する注目
→ 進歩、先進への批判
□民族の差異が感じられるほどの大きい言葉の違い
東と西の差
何本かの境
越後と越中
信濃・三河と飛騨・美濃・尾張
フォッサマグナより若干西より
考古学、民俗学、言語学
宮本常一の分類
A西日本 B東日本
a盆かま行事 b大師講
a八朔の馬節句 b11.15アブラシメの祝い
a両墓制
a年齢階梯制 b同族的結合
□東と西の違いの諸相
aかまど b囲炉裏
a牛 b馬
□日本は孤立した島ではない
◎ 島国イメージは明治以後の政府が国民に刷り込んだ
□形質人類学から見た東西の差異
- 小浜甚次と植原和郎
小浜甚次 形質人類学
朝鮮半島人と近畿・瀬戸沿岸の人々との相似 (形質上は同じ)
東北・北陸の人々はむしろアイヌに近い
◎ 差別されている被差別部落の人々は、東日本人、東北北陸型
の人々と形質上は似ている
植原和郎「日本人の誕生」
縄文人の文化はアジア大陸と深く関わっている
縄文前期より海を主な活動舞台とした人がいる
(縄文人の動きはアジア的)
紀元前3世紀から6世紀の千年間に数十万~数百万の人々が列
島日本にやってきた
(北方アジア系、ツングース系の新モンゴロイド)
◎「植原百万人説」
弥生文化の担い手 → 古墳文化 → 東部
□「日本国」7世紀末から
「倭国」列島西部の国家が「日本」と名を変えた-7世紀末
しかし東北北部は「日本国」の外
そこを「日本国」が侵略し、国境を北上
→ (11世紀まで下北・津軽は日本ではなかった)
「30分で分かる教師のための叱る技術」の紹介 1回目です。
出版社の紹介には
「騒がしい教室をどうにかしたい先生へ!生徒が素直になる叱り方、指導
法がこの本1冊でわかる!
今日からすぐに実践できる叱るときのコツから、叱らなくて済むように
なる一工夫など、教師がラクになるノウハウが満載!」
とあります。
今回紹介分から強く印象に残った言葉は…
・「騒々しい教室を変えるには毅然とした態度で叱る技術が必要」
・「学級崩壊の特徴はコミュニケーションに関する問題。
私語、おしゃべりや離席、立ち歩きが目立つようになる」
・「最低限のルールについて、その善し悪しを明示し、断固として叱る
技術が必要」
・「従来の授、おとなしく座っている、黙って話を聞いているというよ
うな、二大ルールを前提としない新しい授業も工夫したい」
もう一つ、再掲載になりますが、網野善彦さんの
「忘れられた日本人を読む」⑥を載せます。
- 我々は、ともすると前代の世界や自分たちより下層の社会に生きる
人々を卑小に見たがる傾向が強い。それで一種の非痛感をもちたがる
ものだが、御本人たちの立場や考え方に立ってみることも必要ではな
いかと思う。百姓のことをどのくらい知っておるのだ。いったい進歩
とは何だろうか
☆「30分で分かる教師のための叱る技術」上條晴夫 学陽書房 2015年 ①

◇まえがき
□本書のめあて
= 騒々しい教室を変えること
◎ 毅然とした態度で叱る技術
叱る以外
1 教室の空気を変える方法
学習クイズ 静かな音楽
2 騒々しさの中で学ぶ方法
「静かに」「座って」
→「明るく」「体験的に」(アクティブラーニング)
◇前提の話
□騒がしい教室が増えている
学級崩壊の特徴
= コミュニケーションに関する問題
① 私語(おしゃべり)
② 離席(立ち歩き)
□騒がしい教室を叱る技術
毅然とした態度で叱る「叱る指導法」
① 最低限のルールについて
② その善し悪しを明示し
③ 断固として叱る
※ 前提条件
教師の言葉に説得力があること
=「なぜそうすべきか」納得させられる
□教室の空気を変える対処の仕方もある
私語への対処法
① 私語を叱ってやめさせる
② 私語の中で何かを始める
③ 私語のできる学びをする
◎ 空気を変えるための方法
□新たな学びを生むチャンスもある
従来の授業
①おとなしく座っている
②黙って話を聞いている
↓
◎二大ルールを前提としない新しい授業
・問題解決授業 アクティブ・ラーニング
・グループ討論を中心とした授業
・学習遊びを中心とした授業
・表現活動を中心とした授業
□教室の騒がしさを指導の出発点に
騒がしさ
大学 → 高校 → 中学 → 小学校
葬式でもおしゃべり
→ この現象と付き合って行くには、ざわざわしている教室の空気
を変えたり、ざわざわしていてもできる授業方法の工夫が必要
☆「忘れられた日本人を読む」網野善彦 岩波セミナーブックス 2003年 ⑥【再掲載 2014.5】

◇東日本と西日本(2)
□先進・後進というのではなく社会構造の差異
- 戦後歴史学への疑問
宮本常一
「我々はともすると前代の世界や自分たちより下層の社会に生きる
人々を卑小に見たがる傾向が強い。それで一種の非痛感をもちた
がるものだが、御本人たちの立場や考え方に立ってみることも必
要ではないかと思う」
「百姓のことをどのくらい知っておるのだ」
石母田・藤間批判 清水三男評価
→ 「いったい進歩とは何だろうか」
宮本民俗学
女性、老人、子ども、遍歴民、病者に対する注目
→ 進歩、先進への批判
□民族の差異が感じられるほどの大きい言葉の違い
東と西の差
何本かの境
越後と越中
信濃・三河と飛騨・美濃・尾張
フォッサマグナより若干西より
考古学、民俗学、言語学
宮本常一の分類
A西日本 B東日本
a盆かま行事 b大師講
a八朔の馬節句 b11.15アブラシメの祝い
a両墓制
a年齢階梯制 b同族的結合
□東と西の違いの諸相
aかまど b囲炉裏
a牛 b馬
□日本は孤立した島ではない
◎ 島国イメージは明治以後の政府が国民に刷り込んだ
□形質人類学から見た東西の差異
- 小浜甚次と植原和郎
小浜甚次 形質人類学
朝鮮半島人と近畿・瀬戸沿岸の人々との相似 (形質上は同じ)
東北・北陸の人々はむしろアイヌに近い
◎ 差別されている被差別部落の人々は、東日本人、東北北陸型
の人々と形質上は似ている
植原和郎「日本人の誕生」
縄文人の文化はアジア大陸と深く関わっている
縄文前期より海を主な活動舞台とした人がいる
(縄文人の動きはアジア的)
紀元前3世紀から6世紀の千年間に数十万~数百万の人々が列
島日本にやってきた
(北方アジア系、ツングース系の新モンゴロイド)
◎「植原百万人説」
弥生文化の担い手 → 古墳文化 → 東部
□「日本国」7世紀末から
「倭国」列島西部の国家が「日本」と名を変えた-7世紀末
しかし東北北部は「日本国」の外
そこを「日本国」が侵略し、国境を北上
→ (11世紀まで下北・津軽は日本ではなかった)
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