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「『児相』虐待からの再生-この十数年になにがあって、児相はなにか変化したのだろうか…」団士郎 立命館大学大学院教授 『月刊少年育成』より(掲載年不明) ①(前半) /「なつかしい話」宮本常一 河出書房新社 2007年 ②【再掲載 2012.7】 [読書記録 教育]

今回は、『月刊少年育成』より、団士郎さんの
「『児相』虐待からの再生-この十数年になにがあって、児相はなにか変化したのだろう
 か…」
の1回目 前半を紹介します。


『月刊少年育成』は2011年まで、大阪少年補導協会から出されていた教育雑誌です。
子どもの、教育の課題について、深く考えさせてくれる雑誌で定期購読していました。
2011年、突然休刊となり、いまや大阪少年補導協会のサイトからも名前が消えています。
情報を得られなくなったことが残念です。


大きな虐待事件が起こるたびに批判にさらさせる児童相談所。
児相の抱えている相談の種類も件数も多く、
相談し方向が決まるまでにかなりの時間がかかる状況を知っていただけに、
それなりの事情があってのことだと想像できます。
児相を支える体制整備ができないのかと考えてしまいます。
何もかも児相のせい?
行政の長はどう考えているのだろうかと思います。


今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「それが十数年経った今、長く勤務した人が異動で児相を出ることになった時、静かに
  去ってゆき、戻りたいとあまり言わなくなっていると聞く」


・「時代の風と、その時に配置された職員に属する専門性に翻弄されやすい児相、これが
戦後50年以上にわたって繰り返されてきた歴史だ。」


・「今や児相に対する世間の期待は、ろくでもない親から子どもを護る正義の代理人であ
る。そしてその正義は、人権や差別撤廃をうたうスローガンのように、正義であるが
故に論議の余地なさをあからさまにしている。中で働く人は、『あれこれ論じている
うちに、もし何かあったらどうする!』という世間の強迫に対抗できない事態になっ
ているのだろう。処遇意見よりも児童福祉法の条文が頻繁に飛び交う児相など、かつ
て一度もなかった姿である。」


・「長年働いてきた人にとって以前と比べると、充実感は少なく疲労感の大きい仕事にな
ってきていることだろう。かつては存在した、親からの『ありがとうございました』
『おかげさまで』の感謝は消え去った。」


・「だが現実はやっと、親子分離の後どうするかの議論が切実になってきたところだと思
う。家族再統合など、まだお題目にすぎない状況だろう。長く児相に関わってきた人
なら虐待ケースでなくても、『施設措置した子を家庭に戻したら元の黙阿弥…』、こん
な経験は既にあっただろう。」


・「だから今、児相に、いや私たちの社会に、何をするのかが問われている。」





もう一つ、再掲載となりますが、宮本常一さんの
「なつかしい話」②を載せます。
ここに書かれていることを夏かしいと、わたしは、かすかに感じますが、
何がなつかしいのだろうと思う人の方が多いように思います。





<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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☆「『児相』虐待からの再生-この十数年になにがあって、児相はなにか変化したのだろうか…」団士郎 立命館大学大学院教授 『月刊少年育成』より(掲載年不明) ①(前半)

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 児童相談所(以下児相)を外から見ていて、そしていく つかの地域の児相に継続的に
関わっていて思うことを書いてみる。


 ただ断っておくが、児相こうあるべしなどと言いたいわけではない。


 感覚、感想の類だと思っておいてもらうのがよい。


 児相職員として現役であった頃から私は、児童福祉法や心理学的理論などをベースに発
言や行動を起こすことは少なかった。


 それよりも時代の流れから感じる必然性や違和感、どこかで決定されて降りてくる施策
に対する疑問などがきっかけの方が多かった。


 これは今もそれほど変化はない。
 

 現職で児相の渦中にいたのは、もう十年以上も前の事である。


 当時、人事異動で児相を離れるのは私には耐え難いことだった。


 「昇格人事だから…」と労働組合の役員にいわれても、なお公務員退職も天秤にかけて
しまうほど、未練の残った精神薄弱者更生相談所(現知的障害者更生相談所)への異動だ
った。(退職したのはこの5年後のことである)


 それが十数年経った今、長く勤務した人が異動で児相を出ることになった時、静かに去
ってゆき、戻りたいとあまり言わなくなっていると聞く。


 旧知の中にも「もう児相はいい…」とバットを置いた人がある。


 この十数年になにがあって、児相はなにか変化したのだろうか。




◇児童虐待以前

 十数年前といえば、阪袖大震災のPTSDも、オウム信者の子ども達を機動隊が取り囲ん
だ一時保護所で抱え込んだりする状況もまだ現れてはいない。


 児相のワイドショーデビューになった児童虐待も、まだ養護ケースの一部に含まれてい
る程度の認識の時代だった。


 その一方で、不登校相談は累積滞留をきわめていた。


 学校は児童・生徒の各家庭に立ち入るのは、教育の限界を越えていると認識していた。


 だから、登校したら対応はするが、来ないものは学校としては致し方ない、そんなこと
を言っていた時代だった。
(それが今では、スクールカウンセラーの全中学校配置や適応指導教室、こころの相談員
 だのなんだのと、校内には非常勤専門家があふれかえっている。そして教師の半分が辞
 めたいと思ったことがあるという)



 大雑把ではあるが、さらにもう十年遡った児相を思い出してみよう。


 たまたま手元に1984年の心理判定業務日誌がある。


 そこには連日のように地域の発達相談への出張が記入されている。


 1970年代から世を挙げて隆盛になった就学前の発達保障、療育活動が児相の量的業務
の中心だった。


 明けても暮れても発達検査をおこない、保健婦(現・保健師)と一緒に母子への助言を
繰り返していた。


 しかし現在、これらの仕事はほとんどが市町村に委譲された。


 より生活エリアに近い単位の場で、きめ細かにおこなわれる仕事になっていった。


 そもそも戦後の浮浪児対策にスタートした…などと大昔を振り返らなくても、児相はい
つもこんな風に、時代の要請の中で業務の中心を変えてきた。


 それはある意味で真っ当な公的機関であったればこそだと言える。


 だからこんな風に時代のニーズに合わせて、付け焼き刃ながらも「子ども・子育て・家
族」に向けてのサービスを展開してきた。


 乱暴な言い方だが児相は同じ仕事を十年していたことのない機関だった。


 これが専門性・専門家という言葉に、ずっと脅かされ易い体質を持ち続けた要因の一つ
である。


 さらに全国のあちこちにあったに違いないこんな側面も、私の経験から述べておく。


 ある時期、京都府児相においては、発達障害相談旋風が吹き荒れた。


 これは主にその時期に中心的存在であった人物(心理職)のなせる技だった。


 心理セクションの児相内における影響力は、全国各地においても、多かれ少なかれこう
いう構造を持っていた。


 そのあおりを食ったのが、1970年代からコンスタントにあった「登校拒否・不登校
相談」だった。


 地域の親たちや学校教員は、児相はもう不登校問題は相談にのってもらえないのだろう
と来談をひかえてしまった。


 そしてそれまで経過のあった不登校の親などは、異動で他部門の仕事に就いていた元職
員を頼って、個人的に訪ねるような事態が起きていた。
  


 時代の風と、その時に配置された職員に属する専門性に翻弄されやすい児相、これが戦
後50年以上にわたって繰り返されてきた歴史だ。





◇児童虐待

 こんな中で巡り会ったのが「児童虐待」である。


 これが児相を変えたのは事実である。


 児童虐待防止法が民法や児童福祉法の従来の解釈や運用慣行に比べると、「対策を講じ
なかったことの責任」を強く意識させるものになったことで、仕事は傍目からも明らかに
変わった。


 今や児相に対する世間の期待は、ろくでもない親から子どもを護る正義の代理人である。


 そしてその正義は、人権や差別撤廃をうたうスローガンのように、正義であるが故に論
議の余地なさをあからさまにしている。


 中で働く人は、「あれこれ論じているうちに、もし何かあったらどうする!」という世
間の強迫に対抗できない事態になっているのだろう。


 処遇意見よりも児童福祉法の条文が頻繁に飛び交う児相など、かつて一度もなかった姿
である。


 これまで児相で繰り返されてきた変化に比べて、今回の変化が根が深くたちが悪いと思
う要因がここにある。


 法を掲げて果敢に実行する、実のところこういった仕事の仕方はそれほど習熟度が求め
られるものではない。


 そして関わった親子の未来に関しては、霧の中のまま次のケースに向かわなければなら
ない毎日になっている。


 長年働いてきた人にとって以前と比べると、充実感は少なく疲労感の大きい仕事になっ
てきていることだろう。


 かつては存在した、親からの「ありがとうございました」「おかげさまで」の感謝は消
え去った。


 このような日々では、異動希望のサイクルが短くなるのもやむを得ない。


 そして職員の顔ぶれの変化の早い行政機関が、自己防衝的で内省に乏しくなるのは今更
言うまでもない。気がついたら、三年が限度とか、貧乏くじなどと噂される職場になっていたりするのかもしれない。

 虐待ブームで近づいてきた人たちが、ぼつぼつ離れ始めているのは結構なことである。


 虐待の噂に騒いで、親から隔離するところまでにしか関心の持続しない正義漢が飽きる
のは当たり前で、それをどうこう言っても仕方がない。


 だが現実はやっと、親子分離の後どうするかの議論が切実になってきたところだと思う。


 家族再統合など、まだお題目にすぎない状況だろう。


 長く児相に関わってきた人なら虐待ケースでなくても、「施設措置した子を家庭に戻し
たら元の黙阿弥…」、こんな経験は既にあっただろう。


 そこで、「あの家庭では仕方がない、あんな親ではどうしようもない…」とつぶやいた
記憶のある人も多いはずだ。


 児童虐待問題の展開は同じ図式である。


 だからこれは新たに始まったものなどではない。


 児相の業務パターンの繰り返ししである。 


 だから今、児相に、いや私たちの社会に、何をするのかが問われている。               













☆「なつかしい話」宮本常一 河出書房新社 2007年 ②【再掲載 2012.7】

<出版社の案内>
生誕100年を迎えた民俗学者の対談集。古代の海人族の活躍、中世の語りの場「座」の意 義、柳田没後の民俗学の可能性、いろり端での昔話や民話の魅力など、失われた日本の豊
かさを語る。
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◇意外に知られぬ行事の由来 牧田茂 1916-2002 民俗学者

 地方により門松も様々  民俗行事に底流する禊ぎ


 七夕「たなばた」
  → 万葉集の「棚機女」から 
    カヤの持っていた威力


 収穫を祀る年中行事 
   盆も正月の一つだった  稲作式思考の日本人
  

 融通の利く日本の神様
   - 宗教ではなく民間信仰( = 抜け道がある)
  

 あまり宗教的戒律の強い所では文化は栄えない  




◇雪と囲炉裏の夜話  水沢謙一 1910-1994 昔話研究家(小学校長20年間)

水沢氏 - 越後の昔話  
   山古志で長島ツルさん,川上イマさん


袋小路に残る昔話
  - 昔話を語る人はいい顔をしている


 三河山中も昔話が少ない カマバ


 昔話が残る所 
   航空写真で山に杉がびっしり植わっている所 と 南の島


 グリムは若い女性専門


 ◎昔話が消え去ろうとしているのは,受け手じゃなくて語り手が語らなくなったから


 「市」か「一期」か?  - 「市がホーンとさけた」 

    市が栄えた  一期栄えた  一期栄え中した


 ◎「間引き」の話と「どぶろく」の話が聞かれれば本物


 掛け取りは昔話の敵 
   雪と火がないと昔話は出ん


 必要な自前の精神




◇民話のある生活・民話のない生活  上笙一郎 1933-

水沢謙一 民話採集 戦前-岩倉市郎氏は4000


 田植え歌 
   360が1セット 一通り歌うと夕方 = 時計がわり


 伊勢音頭  
   作業歌 - 酒造り,木下ろし歌


 三河・名倉のバンザイ峠
夕方の意思表示 - 逢魔が時
 
 ◎「電源一本切られるともう一人の人間としては生きていけなくなってしまう」
   = ある種のかたわ


 宮本氏
 「親が子どもをそこまで突き放すことができたら,これはもっと創造力に富んだ人間を
  創り出すことができる…」


 星野哲郎 
  - 海に遊びに行くのに親が見張りだしたらおぼれだした
  
  = 子どもの連帯感




◇自然を語る  河合健二 1913-1996 

植林について  
   みんな調和を取って生きていく


東京から離れる勇気と離れて暮らす計画


生物のサイクル 
   物の節約 活性炭の利用法


あんまり情報通になってはいけない
  宮本の師匠:奈良の高田十郎 ◎「すみが一番よく見える」


 アイデアの開発 
   自分の頭で考えること




◇風景をつくるこころ 柳宗民 1927-2006 園芸研究家

仏花と薬草 
   カキノキ,ミカンのある庭
   
   - 嫁がカキの木 = 死ぬ時カキの木でやく


 生け垣と景観  
   守り木 一本残して用材として


 風景を作る心

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