「宮本常一 伝書鳩のように」石川直樹 平凡社 2019年 ② / 欲ばり過ぎるニッポンの教育」苅谷剛彦・増田ユリヤ 講談社現代新書 2006年 ②【再掲載 2012.8】 [読書記録 民俗]
今回は、8月15日に続いて、石川直樹さんの
「宮本常一 伝書鳩のように」の紹介 2回目です。
歩く民俗学者と呼ばれた宮本常一さん、
いまでもファンが数多くいます。
宮本さんに関しての本が、没後40年近くたっても出版され続けています。
出版社の案内には、
「日本各地を歩き、漂泊民や被差別民、歴史の表舞台に姿を現さなかった無名の人々の営
みや知恵に光を当てた『野の学者』宮本常一。膨大な著作のエッセンスを一冊に集成。」
とあります。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は…
・「いったんそこが通路になると、人はそこを通り、次第に踏み固められる」
・「木を焼いて灰をつくった
五斗一俵の灰で二斗一俵の塩を変えた」
・「日本山間の住民は何らかの意味で海につながりをもっていた」
・「民衆の世界では技術は秘密ではなかった
それとともにまた一つの技術を発展させていくことも心得ていた」
もう一つ、再掲載記事となりますが、苅谷剛彦さん、増田ユリヤさんの
「欲ばり過ぎるニッポンの教育」②を載せます。
社会教育学者の苅谷さんが14年前に心配していたとおりの状況、
「家庭の文化的な環境の違いによって,学ぶ意欲にも学ぶ力を身に付けるための準備段
階に於いても差が生まれる」
が、コロナ禍の中、生じているのではないかと恐れます。
☆子供たちの学習に
文部科学省の
「子供の学び応援サイト(臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト)」
〈ふじのくに魅力ある個店〉
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
☆「宮本常一 伝書鳩のように」石川直樹 平凡社 2019年 ②
◇塩の道 1964年 57歳
□ウサギ道、シシ道、ウチ・ウジ道(奈良・熊本・宮崎の山中)
↑
京都・宇治ももとは獣の通る道のあったところだろう
「粉河寺縁起絵巻」ウジまちのさまが描かれている
□古い道
野獣の往来の道を利用した
↑↓
人間のつくった道
鉈や斧で一人通れる道を開いた
◎ いったんそこが通路になると、人はそこを通り、次第に踏み固められる
↑
◎ いつまでも道が残るためには、人がそこを通り続けなければならない
□宮崎県南郷村 ~ 槙鼻峠 ~ 椎葉村・大河内
塩道(海岸から直線で入った)他の物資は球磨から
□奈良県吉野山中
多くの消費物 大秤の上市・下市・五条などから
塩 熊野から(海岸から直線的に)
□海と山をつなぐ大事な道は塩の道だったといえる
山中から海へ出て塩をつくる者も少なくなかった
後に薪を売り、塩を買った → 薪木を塩木と呼んだ
□山中に造船材も 「船(舟)木」と言った
長生きを横に背負って歩く ― 横歩き → 船木道
一人で背負える20貫程度の材木にした
□塩を入手するために灰をもって出たという
よい灰 → 紺野で染色の色留め、麻皮のあく抜き
↑
木を焼いて灰をつくった
五斗一俵の灰で二斗一俵の塩を変えた
↑
専売制になって風習がぷっつり消えた
◎「塩の交易のあり方によって、人がその山中にどのような過去をもって住み着いたので
あろうかということを探り当てることができるようにと思う」
◎「日本山間の住民は何らかの意味で海につながりをもっていた」
◇石垣と民衆 1984年73歳
□石工の世界
旅先で若い石工の話
石垣づくり
□職人の技術と本音
田舎の昼は本当にひっそりとしたもので音がみんな聞こえた
◎「石垣積みは仕事をしているときはやはりいい仕事をしたくなる。結局いい仕事をして
おけば、後から来る者もその気持ちを受け継いでいい仕事をしてくれるものさ」
□田畑の石垣を築いた人々
地主も家族も一緒になって
目的は一つ = 上部で生産性の高い石垣をつくる
広島県倉橋島の鹿島の段畑 100段近い
ほとんど島の人たちが積んだもの - 貧乏
自力で築いたものは石が小さい
□黒鋳大師の拓いた景観
山を切り崩す人々 ― 黒鋳大師(もと百姓―農閑期に砂鉄堀)
次々に山を切り崩し砂を流していくものだから、川の下流地方にはおびただしい砂が流
出して海を埋めていった
↓
しばしば洪水
|
□石工の活躍
明治30(1897)年過ぎから
明治32年耕地整理法施行
畦畔をまっすぐに 「マチタオシ」-石垣にした
明治22(1889)年 十津川大水害
大和十津川の復旧に力を注いだものがものが濃尾平野の黒鍬師
|
黒鍬師たちの協力によって山中が人の住めるところになった
また、村人に石垣を積むことを教えた
□民衆の技術とその伝播
□民衆の世界では技術は秘密ではなかった
それとともにまた一つの技術を発展させていくことも心得ていた
|
仲間の中の優れた技術を受け継ぎ、応用し、仲間を増やし、発展させていった
→ 蓄積
→ 国民全体の財産に
☆「欲ばり過ぎるニッポンの教育」苅谷剛彦・増田ユリヤ 講談社現代新書 2006年 ②【再掲載 2012.8】
◇絶対評価と相対評価
□日本の教育制度は絶対評価の厳しさを無視している
受験は相対評価の厳しさ
日本の絶対評価は「個別評価化」→序列化へとつながる
□絶対的な基準で変わる「自分らしさ」
←→ 日本:心情的優しさ
□親はテストの点数ではかる評価を選ぶ
□国際的な評価は絶対評価
□21世紀型社会では、さまよう若者が増える
□日本人的生きやすさを生み出してきた制度
□子どもを導く力量が総合学習には必要だった
□教育改革は修得主義を目指したものではなかったか?
「新しい学力観」 - 評価論から入った
※ 絶対的な基準がないまま観点別評価という名の絶対評価にすり替わってしまった
◇徹底した修得主義を貫くフィンランド 増田ユリヤ
□教員養成の現場を訪ねる
大学 - 教員養成学部は10倍の競争率
↓
教師の質を維持していくためのシステムが何重にも準備されている
※ 小学校の教師になるには 312時間の現場実習を要する
□すべての場面で修得主義を貫く
高校卒業資格検定試験
□難易度の高い入学試験
□教師になってからも続く研修
平均年8日程度の研修
□人気の高い校長研修プログラム
□他業種から歓迎される教育学部出身者
フィンランドでは教師に「人間としての幅」を求めている
◇欲張りがもたらす教育格差 - 学ぶ力が資本となる社会 苅谷剛彦
□学習資本主義社会の実現
偏差値
- 勤勉さ,我慢強さ,知識の習得能力,要領の良さなどの潜在能力を反映している
ものとして見ることができた
↓
※ 学習者自身の自己責任に基づき学ぶ機会と自分で進んでいくことが求められる社会
が出現した
= 学習資本主義社会
※ 過去に習得した知識や技術よりも学習能力が人的資本形成の中核になる
学習能力が「資本」となる社会
「自ら学ぶ力」
=「学習資本」を個人が自分の判断でいかに身に付けるかが社会の在り方や人間
関係に広く深く関わるようになる
~ 社会現実とのギャップ
◎ 教育予算,一学級あたりの子どもの数には、一切、手を付けずに,「望ましさ」だ
けに引っ張られて教育改革が全国一律で行われることになった
↓
しかし,教育予算は最低限
OPEC平均3.5% 日本は2.7%
∥
※ 子ども一人あたりに目を向けることが必要とする教育を求めておいて,そのための
基盤整備にはお金を出さないし,時間的余裕も与えない
□格差というしわ寄せと近未来の改革路線
※ 家庭の文化的な環境の違いによって,学ぶ意欲にも学ぶ力を身に付けるための準備段
階に於いても差が生まれる
「宮本常一 伝書鳩のように」の紹介 2回目です。
歩く民俗学者と呼ばれた宮本常一さん、
いまでもファンが数多くいます。
宮本さんに関しての本が、没後40年近くたっても出版され続けています。
出版社の案内には、
「日本各地を歩き、漂泊民や被差別民、歴史の表舞台に姿を現さなかった無名の人々の営
みや知恵に光を当てた『野の学者』宮本常一。膨大な著作のエッセンスを一冊に集成。」
とあります。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は…
・「いったんそこが通路になると、人はそこを通り、次第に踏み固められる」
・「木を焼いて灰をつくった
五斗一俵の灰で二斗一俵の塩を変えた」
・「日本山間の住民は何らかの意味で海につながりをもっていた」
・「民衆の世界では技術は秘密ではなかった
それとともにまた一つの技術を発展させていくことも心得ていた」
もう一つ、再掲載記事となりますが、苅谷剛彦さん、増田ユリヤさんの
「欲ばり過ぎるニッポンの教育」②を載せます。
社会教育学者の苅谷さんが14年前に心配していたとおりの状況、
「家庭の文化的な環境の違いによって,学ぶ意欲にも学ぶ力を身に付けるための準備段
階に於いても差が生まれる」
が、コロナ禍の中、生じているのではないかと恐れます。
☆子供たちの学習に
文部科学省の
「子供の学び応援サイト(臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト)」
〈ふじのくに魅力ある個店〉
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
☆「宮本常一 伝書鳩のように」石川直樹 平凡社 2019年 ②
◇塩の道 1964年 57歳
□ウサギ道、シシ道、ウチ・ウジ道(奈良・熊本・宮崎の山中)
↑
京都・宇治ももとは獣の通る道のあったところだろう
「粉河寺縁起絵巻」ウジまちのさまが描かれている
□古い道
野獣の往来の道を利用した
↑↓
人間のつくった道
鉈や斧で一人通れる道を開いた
◎ いったんそこが通路になると、人はそこを通り、次第に踏み固められる
↑
◎ いつまでも道が残るためには、人がそこを通り続けなければならない
□宮崎県南郷村 ~ 槙鼻峠 ~ 椎葉村・大河内
塩道(海岸から直線で入った)他の物資は球磨から
□奈良県吉野山中
多くの消費物 大秤の上市・下市・五条などから
塩 熊野から(海岸から直線的に)
□海と山をつなぐ大事な道は塩の道だったといえる
山中から海へ出て塩をつくる者も少なくなかった
後に薪を売り、塩を買った → 薪木を塩木と呼んだ
□山中に造船材も 「船(舟)木」と言った
長生きを横に背負って歩く ― 横歩き → 船木道
一人で背負える20貫程度の材木にした
□塩を入手するために灰をもって出たという
よい灰 → 紺野で染色の色留め、麻皮のあく抜き
↑
木を焼いて灰をつくった
五斗一俵の灰で二斗一俵の塩を変えた
↑
専売制になって風習がぷっつり消えた
◎「塩の交易のあり方によって、人がその山中にどのような過去をもって住み着いたので
あろうかということを探り当てることができるようにと思う」
◎「日本山間の住民は何らかの意味で海につながりをもっていた」
◇石垣と民衆 1984年73歳
□石工の世界
旅先で若い石工の話
石垣づくり
□職人の技術と本音
田舎の昼は本当にひっそりとしたもので音がみんな聞こえた
◎「石垣積みは仕事をしているときはやはりいい仕事をしたくなる。結局いい仕事をして
おけば、後から来る者もその気持ちを受け継いでいい仕事をしてくれるものさ」
□田畑の石垣を築いた人々
地主も家族も一緒になって
目的は一つ = 上部で生産性の高い石垣をつくる
広島県倉橋島の鹿島の段畑 100段近い
ほとんど島の人たちが積んだもの - 貧乏
自力で築いたものは石が小さい
□黒鋳大師の拓いた景観
山を切り崩す人々 ― 黒鋳大師(もと百姓―農閑期に砂鉄堀)
次々に山を切り崩し砂を流していくものだから、川の下流地方にはおびただしい砂が流
出して海を埋めていった
↓
しばしば洪水
|
□石工の活躍
明治30(1897)年過ぎから
明治32年耕地整理法施行
畦畔をまっすぐに 「マチタオシ」-石垣にした
明治22(1889)年 十津川大水害
大和十津川の復旧に力を注いだものがものが濃尾平野の黒鍬師
|
黒鍬師たちの協力によって山中が人の住めるところになった
また、村人に石垣を積むことを教えた
□民衆の技術とその伝播
□民衆の世界では技術は秘密ではなかった
それとともにまた一つの技術を発展させていくことも心得ていた
|
仲間の中の優れた技術を受け継ぎ、応用し、仲間を増やし、発展させていった
→ 蓄積
→ 国民全体の財産に
☆「欲ばり過ぎるニッポンの教育」苅谷剛彦・増田ユリヤ 講談社現代新書 2006年 ②【再掲載 2012.8】
◇絶対評価と相対評価
□日本の教育制度は絶対評価の厳しさを無視している
受験は相対評価の厳しさ
日本の絶対評価は「個別評価化」→序列化へとつながる
□絶対的な基準で変わる「自分らしさ」
←→ 日本:心情的優しさ
□親はテストの点数ではかる評価を選ぶ
□国際的な評価は絶対評価
□21世紀型社会では、さまよう若者が増える
□日本人的生きやすさを生み出してきた制度
□子どもを導く力量が総合学習には必要だった
□教育改革は修得主義を目指したものではなかったか?
「新しい学力観」 - 評価論から入った
※ 絶対的な基準がないまま観点別評価という名の絶対評価にすり替わってしまった
◇徹底した修得主義を貫くフィンランド 増田ユリヤ
□教員養成の現場を訪ねる
大学 - 教員養成学部は10倍の競争率
↓
教師の質を維持していくためのシステムが何重にも準備されている
※ 小学校の教師になるには 312時間の現場実習を要する
□すべての場面で修得主義を貫く
高校卒業資格検定試験
□難易度の高い入学試験
□教師になってからも続く研修
平均年8日程度の研修
□人気の高い校長研修プログラム
□他業種から歓迎される教育学部出身者
フィンランドでは教師に「人間としての幅」を求めている
◇欲張りがもたらす教育格差 - 学ぶ力が資本となる社会 苅谷剛彦
□学習資本主義社会の実現
偏差値
- 勤勉さ,我慢強さ,知識の習得能力,要領の良さなどの潜在能力を反映している
ものとして見ることができた
↓
※ 学習者自身の自己責任に基づき学ぶ機会と自分で進んでいくことが求められる社会
が出現した
= 学習資本主義社会
※ 過去に習得した知識や技術よりも学習能力が人的資本形成の中核になる
学習能力が「資本」となる社会
「自ら学ぶ力」
=「学習資本」を個人が自分の判断でいかに身に付けるかが社会の在り方や人間
関係に広く深く関わるようになる
~ 社会現実とのギャップ
◎ 教育予算,一学級あたりの子どもの数には、一切、手を付けずに,「望ましさ」だ
けに引っ張られて教育改革が全国一律で行われることになった
↓
しかし,教育予算は最低限
OPEC平均3.5% 日本は2.7%
∥
※ 子ども一人あたりに目を向けることが必要とする教育を求めておいて,そのための
基盤整備にはお金を出さないし,時間的余裕も与えない
□格差というしわ寄せと近未来の改革路線
※ 家庭の文化的な環境の違いによって,学ぶ意欲にも学ぶ力を身に付けるための準備段
階に於いても差が生まれる
「時代を拓いた教師たちⅡ」田中耕治 日本標準 2009年 ⑤ / 「30分で分かる教師のための叱る技術」上條晴夫 学陽書房 2015年 ①【再掲載 2017.8】 [読書記録 教育]
今回は、8月14日に続いて、田中耕治さんの、
「時代を拓いた教師たちⅡ」の紹介 5回目です。
戦後教育実践の流れがよく分かります。
紹介されている実践、それぞれの実践者の強い思いが伝わってきます。
小西健二郎さんの『学級革命』は、
わたしの学生時代、教育学部の学生によく読まれていた本で心を熱くしたものです。
「学級王国」の課題が問われていますが…。
出版社の案内には、
「発言したくてたまらない。子どもたちが心待ちにする授業とは―教育実践の豊かな蓄積
が、混迷する現代を切り拓く。」
とあります。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は…
・「アメリカでは『授業研究』を『Lesson Study』とはせずに『Jugyou Kenkyu』と表記」
・「正しいことは正しいと言える学級に」
・「3種類の発問
① 限定する発問(絞る発問)
② 関連させる発問(広げる発問)
③ 否定する発問(揺さぶる発問)」
・「指導者が子どもの手を握るのではなく子どもが指導者と手をつなぎたくなる」
・「問い続け学び続ける子どもを育てる」
もう一つ、再掲載となりますが、上條晴夫さんの、
「30分で分かる教師のための叱る技術」①を載せます。
叱らないで済ませられればそれに越したことはありませんが、
叱らなければならない場面もあります。
どうすれば互いに嫌にならないか、そのヒントが書かれています。
教員以外にも役立つ本だと思います。
☆子供たちの学習に
文部科学省の
「子供の学び応援サイト(臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト)」
〈ふじのくに魅力ある個店〉
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
☆「時代を拓いた教師たちⅡ」田中耕治 日本標準 2009年 ⑤
◇教育実践の源流を探る
アメリカでは「授業研究」を「Lesson Study」とはせずに「Jugyou Kenkyu」と表記
1.小西健二郎と「学級革命」
◎正しいことは正しいと言える学級に
学級革命
- 子どもの社会の暴力なき革命
小西健二郎 1952-1953年度 5・6年生 ボス退治
子どもの解放から学級の規律へ
みんながみんなを
小西健二郎の教師としての出発と「学級革命」
小西健二郎 1924年兵庫県生 1984.3氷上郡春日部小学校長勇退
1995.5逝去
正しいことを正しいと言おう
2.吉本均と学習集団づくり
◎学習規律の確立と発問による教育の組織化
子どもたちが主体となる授業
学習集団作りの道筋
「学習規律の組織化」
○全員の参加・発言を保障する
○自主・共同の学習体制をつくるということ
・班を指名すべきだ
・問いによる思考の組織化
3種類の発問
①「限定する発問(絞る発問)」
②「関連させる発問(広げる発問)」
③「否定する発問(揺さぶる発問)」
1924年生 広島大学教授
教室にドラマを
「働きかけ=学び取る」指導案を提言
3.青木嗣夫と与謝の海養護学校
◎子どもを発達の主人公としてとらえる
手のつなぎ方にも教育がある
指導者が子どもの手を握るのではなく子どもが指導者と手をつなぎたくなる
子どもにあった学校をつくる
子どもと向き合う
4.小幡肇と「奈良の学習」
◎「気になる木」の「葉っぱ」を増やそう
本当に子どもを育てるとはどういうことか
「おたずね」「たぶん」 - 子どもによる授業
「学習法」の伝統と「気になる木の葉っぱを増やそう」の授業
「奈良の学習法」奈良女子大
1919(大正8)第2代主事・木下竹次
・毎回一人の子どもが独自学習の成果を土台に授業者を担当し45分の授業を進行する
子供は力を持っている
小幡 1954年北九州生 相部芳徳や有田和正との出会い
1978~ 北九州市公立小
1987~ 北九州市教育センター研究員
1990~ 奈良女子大付属小に赴任
1995~ 「気になる木の葉っぱを増やそう」
問い続け学び続ける子どもを育てる
☆「30分で分かる教師のための叱る技術」上條晴夫 学陽書房 2015年 ①【再掲載 2017.8】
◇まえがき
□本書のめあて = 騒々しい教室を変えること
毅然とした態度で叱る技術
□叱る以外
1 教室の空気を変える方法
学習クイズ
静かな音楽
2 騒々しさの中で学ぶ方法
「静かに」「座って」
→「明るく」「体験的に」(アクティブラーニング)
◇前提の話
□騒がしい教室が増えている
学級崩壊の特徴 = コミュニケーションに関する問題
① 私語(おしゃべり)
② 離席(立ち歩き)
□騒がしい教室を叱る技術
毅然とした態度で叱る「叱る指導法」
① 最低限のルールについて
② その善し悪しを明示し
③ 断固として叱る
※前提条件
◎ 教師の言葉に説得力があること
◎「なぜそうすべきか」納得させられる
□教室の空気を変える対処の仕方もある
私語への対処法
① 私語を叱ってやめさせる
② 私語の中で何かを始める
③ 私語のできる学びをする
空気を変えるための方法
□新たな学びを生むチャンスもある
従来の授業
① おとなしく座っている
② 黙って話を聞いている
↓
◎二大ルールを前提としない新しい授業
・問題解決授業 アクティブ・ラーニング
・グループ討論を中心とした授業
・学習遊びを中心とした授業
・表現活動を中心とした授業
□教室の騒がしさを指導の出発点に
騒がしさ
大学 → 高校 → 中学 → 小学校
※ 葬式でもおしゃべり
→ この現象と付き合って行くには、ざわざわしている教室の空気を変えたり、ざわざ
わしていてもできる授業方法の工夫が必要
「時代を拓いた教師たちⅡ」の紹介 5回目です。
戦後教育実践の流れがよく分かります。
紹介されている実践、それぞれの実践者の強い思いが伝わってきます。
小西健二郎さんの『学級革命』は、
わたしの学生時代、教育学部の学生によく読まれていた本で心を熱くしたものです。
「学級王国」の課題が問われていますが…。
出版社の案内には、
「発言したくてたまらない。子どもたちが心待ちにする授業とは―教育実践の豊かな蓄積
が、混迷する現代を切り拓く。」
とあります。
今回紹介分より強く印象に残った言葉は…
・「アメリカでは『授業研究』を『Lesson Study』とはせずに『Jugyou Kenkyu』と表記」
・「正しいことは正しいと言える学級に」
・「3種類の発問
① 限定する発問(絞る発問)
② 関連させる発問(広げる発問)
③ 否定する発問(揺さぶる発問)」
・「指導者が子どもの手を握るのではなく子どもが指導者と手をつなぎたくなる」
・「問い続け学び続ける子どもを育てる」
もう一つ、再掲載となりますが、上條晴夫さんの、
「30分で分かる教師のための叱る技術」①を載せます。
叱らないで済ませられればそれに越したことはありませんが、
叱らなければならない場面もあります。
どうすれば互いに嫌にならないか、そのヒントが書かれています。
教員以外にも役立つ本だと思います。
☆子供たちの学習に
文部科学省の
「子供の学び応援サイト(臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト)」
〈ふじのくに魅力ある個店〉
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>
ものづくりのまちとも言われる浜松。
山田卓司さんのすばらしい作品を
ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。
☆「時代を拓いた教師たちⅡ」田中耕治 日本標準 2009年 ⑤
◇教育実践の源流を探る
アメリカでは「授業研究」を「Lesson Study」とはせずに「Jugyou Kenkyu」と表記
1.小西健二郎と「学級革命」
◎正しいことは正しいと言える学級に
学級革命
- 子どもの社会の暴力なき革命
小西健二郎 1952-1953年度 5・6年生 ボス退治
子どもの解放から学級の規律へ
みんながみんなを
小西健二郎の教師としての出発と「学級革命」
小西健二郎 1924年兵庫県生 1984.3氷上郡春日部小学校長勇退
1995.5逝去
正しいことを正しいと言おう
2.吉本均と学習集団づくり
◎学習規律の確立と発問による教育の組織化
子どもたちが主体となる授業
学習集団作りの道筋
「学習規律の組織化」
○全員の参加・発言を保障する
○自主・共同の学習体制をつくるということ
・班を指名すべきだ
・問いによる思考の組織化
3種類の発問
①「限定する発問(絞る発問)」
②「関連させる発問(広げる発問)」
③「否定する発問(揺さぶる発問)」
1924年生 広島大学教授
教室にドラマを
「働きかけ=学び取る」指導案を提言
3.青木嗣夫と与謝の海養護学校
◎子どもを発達の主人公としてとらえる
手のつなぎ方にも教育がある
指導者が子どもの手を握るのではなく子どもが指導者と手をつなぎたくなる
子どもにあった学校をつくる
子どもと向き合う
4.小幡肇と「奈良の学習」
◎「気になる木」の「葉っぱ」を増やそう
本当に子どもを育てるとはどういうことか
「おたずね」「たぶん」 - 子どもによる授業
「学習法」の伝統と「気になる木の葉っぱを増やそう」の授業
「奈良の学習法」奈良女子大
1919(大正8)第2代主事・木下竹次
・毎回一人の子どもが独自学習の成果を土台に授業者を担当し45分の授業を進行する
子供は力を持っている
小幡 1954年北九州生 相部芳徳や有田和正との出会い
1978~ 北九州市公立小
1987~ 北九州市教育センター研究員
1990~ 奈良女子大付属小に赴任
1995~ 「気になる木の葉っぱを増やそう」
問い続け学び続ける子どもを育てる
☆「30分で分かる教師のための叱る技術」上條晴夫 学陽書房 2015年 ①【再掲載 2017.8】
◇まえがき
□本書のめあて = 騒々しい教室を変えること
毅然とした態度で叱る技術
□叱る以外
1 教室の空気を変える方法
学習クイズ
静かな音楽
2 騒々しさの中で学ぶ方法
「静かに」「座って」
→「明るく」「体験的に」(アクティブラーニング)
◇前提の話
□騒がしい教室が増えている
学級崩壊の特徴 = コミュニケーションに関する問題
① 私語(おしゃべり)
② 離席(立ち歩き)
□騒がしい教室を叱る技術
毅然とした態度で叱る「叱る指導法」
① 最低限のルールについて
② その善し悪しを明示し
③ 断固として叱る
※前提条件
◎ 教師の言葉に説得力があること
◎「なぜそうすべきか」納得させられる
□教室の空気を変える対処の仕方もある
私語への対処法
① 私語を叱ってやめさせる
② 私語の中で何かを始める
③ 私語のできる学びをする
空気を変えるための方法
□新たな学びを生むチャンスもある
従来の授業
① おとなしく座っている
② 黙って話を聞いている
↓
◎二大ルールを前提としない新しい授業
・問題解決授業 アクティブ・ラーニング
・グループ討論を中心とした授業
・学習遊びを中心とした授業
・表現活動を中心とした授業
□教室の騒がしさを指導の出発点に
騒がしさ
大学 → 高校 → 中学 → 小学校
※ 葬式でもおしゃべり
→ この現象と付き合って行くには、ざわざわしている教室の空気を変えたり、ざわざ
わしていてもできる授業方法の工夫が必要