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「宮本常一さん 教育について」 30 「彷徨のまなざし」長浜功 明石書店 1995年 ④(最終) [読書記録 教育]

「人間の持つ可能性の高さが束になって具現されたものを我々は文化だといっている」


「親が子供を突き放すことができたら,もっと創造力に富んだ人間をつくりだすことがで
 きるんじゃないか」







今回は12月15日に続いて、「宮本常一さん 教育について」30回目
長浜功さんの「彷徨のまなざし」4回目の紹介 最終となります。


わたしに宮本常一さんへの目を開かせてくれた本です。



出版社の案内には、

「『民衆』という言葉を使い、民衆の視線と同じ高さで民衆を論じた民俗学者・宮本常一。
 その生涯と全国を歩いて調査した旅について概観し、彼の業績と民俗学研究上での役割
 を考える。」


とあります。





今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「子どもは大人のもてない能力を持っている」
「(村社会では)神のよりしろ = 災禍を払い幸福をもたらすための役目」
↓↑
「(それに対して)教育社会においては子どもは未完成のもので力無きもの」


・「頼りにすべき親が退行して子どもの手本になることができない」


・「眼前の利益を追うだけでなく自分の心の引かれるものにかけてみる 一見無駄と思うものに自分というものをたたきつけてみる」







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☆「宮本常一さん 教育について」 30 「彷徨のまなざし」長浜功 明石書店 1995年 ④(最終)

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◇教育の可能性

□宮本教育観  

「画一的な人間の製造でしかなく,町や村の文化と伝統を引き継いで、しかも自己を見失
 わないような確固とした自我の確立が必要だという考え方」


 ○子どもは大人のもてない能力を持っている

 ○神のよりしろ

災禍を払い幸福をもたらすための役目

↓↑

教育社会においては子どもは未完成のもので力無きもの
  


□遊び場  

「遊び場の広さが子どもの思想や行動を決定する」





 最近は親と子供の世界の領域が喪失されてしまい、学ぶことの基準があいまいになって
きている


  ∥


頼りにすべき親が退行して子どもの手本になることができない





「親が子供を突き放すことができたら,もっと創造力に富んだ人間をつくりだすことがで
 きるんじゃないか」

 




◇社会教育への期待

□社会教育施設 

 公民館・図書館・博物館等様々なもの



□郷土大学 

 1977(昭和52)年武蔵野美大退いた70歳より


 ○東和町郷土大学

自前の手弁当方式で進めようとした

1985(昭和55)年東和町郷土大学開学

記念講演「夢と情熱」小冊子
高校までは規格品 = 教科書


    本当の教育は大学,実践教育



知識は蓄積されなければならない


<基礎>
・連帯感を持つ  信頼感-共感

・眼前の利益を追うだけでなく自分の心の引かれるものにかけてみる
一見無駄と思うものに自分というものをたたきつけてみる



 自分自身が持っている可能性を生み出す

「人間の持つ可能性の高さが束になって具現されたものを我々は文化だといっている」
 




◇旅路の果てに

□一遍上人「十一不二」1274年遊行の旅に

「念仏を唱えて踊れば自分も救われ他人も救われる」

  不慮の死者を懇ろに葬った → 民衆の支持 = 捨て聖


  念仏踊り・能舞・剣舞・花笠踊り・風流・田楽・コキリコ節



 1981(昭和56)年1月30日永眠



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