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「隠された証言 日航123便墜落事故」藤田日出男 新潮社 2003年 ④ /「子どもの本のカレンダー」鳥越信・生駒幸子 創元社 2009年 ②【再掲載 2014.2】 [読書記録 一般]

今回は、2月22日に続いて、藤田日出男さんの
「隠された証言 日航123便墜落事故」4回目の紹介です。


出版社からのコメントから強い意志が感じられます。
藤田さんだけではなく、他にも多くの方から、
「疑惑」を追った本が出されています。
40年近く前とはいえ、墜落場所の発見にあまりに時間がかかったことを、
不思議に思っていました。




出版社の紹介には

「1985年8月12日、午後7時半すこし前。テレビに流れた『羽田発大阪行き
 日航機が行方不明』というテロップが、『日航123便墜落事故』を伝える最
 初の報となった。誰もが最悪の事態を想像して慄然とした。30歳台も後半
 の方なら、墜落現場が発見される
 までの異常に長く感じられた数時間と初めてブラウン管に映し出された山岳
 地帯の闇に浮かぶ炎を鮮明に記憶されているに違いない。あれから18年が経
 つ。だが、事故原因はいまだに謎に包まれたままなのだ。
 1987年6月19日、運輸省・事故調査委員会が、最終的な『航空事故調査報告
 書』を公表した。この600ページにおよぶ報告書が示した事故原因は、事故
 関係者の誰も納得させることが出来なかった。なぜか。奇跡的に生き残った
 4人の女性たちの語る事故発生後の機内の様子と事故調が想定した結論は、
 まったく齟齬をきたしていたからだ。事故調の主張はこうだ。後部圧力隔壁
 の破壊で高圧の空気が機体の尾部に噴出し、垂直尾翼がパンクして吹き飛ん
 だ。このため、事故機は操縦不能に陥り、ついに群馬県御巣鷹山に墜落した。
 本当だろうか? 垂直尾翼を一瞬のうちに吹き飛ばすような空気の噴出が起
 これば、機内には爆風が流れ、ベルトをしていない人は機外へと吸い出され、
 たいていの人の耳の鼓膜を損傷する。室温はマイナス40度まで一気に下が
 る。生存者は、空気の流れはなく、寒くもなかったと言い鼓膜も正常であっ
 た。
 これら、生存者の証言は、雑誌、テレビなどに登場したが、事故調は自分た
 ちは与り知らぬことと無視してきた。なんのために? そして事故の本当の
 原因は? 
 本書は、元日航のジャンボ機パイロットで事故調査のエキスパートでもある
 藤田日出男氏が、旧運輸省・役人の内部告発で入手した秘密資料をもとに、
 18年の歳月をかけて事故の真相を明らかにした渾身のドキュメントである。」
 
とあります。


今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「2000年11月、運輸省は2001年からの情報公開法に備えて、多くの資料を
廃棄した。原本の焼却処分は強行された。123便関係が集中的に廃棄された」


・「ボーイングが隔壁破壊のシナリオを書き事故調に押しつけた。パイロット
ミスだと迫った」


・「落合さんは医官に対して『急減圧は無かった』と話していたが、最も重要
な証言を事故調は黙殺していた」


・「事故調は日米両国の誰一人として起訴される者がないように、わけのわか
らない『報告書』を作ったのかもしれない」




もう一つ、再掲載になりますが、鳥越信さん、生駒幸子さんの
「子どもの本のカレンダー」②を載せます。
このごろわたしは聞かなくなった「児童文学」のことばを思い出します。




<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。






☆「隠された証言 日航123便墜落事故」藤田日出男 新潮社 2003年 ④

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◇内部告発者 - 2度目の接触 

□やはり事故調は知っていた
2000年11月 運輸省 
    多くの資料を廃棄 
     - 2001年からの情報公開法に備えて
◎ 原本の焼却処分は強行された
      ◎ 123便関係が集中的に廃棄 


  田中氏(仮名)融資で集めた資料のコピーを持参
◎ ボーイングが隔壁破壊のシナリオを書き事故調に押しつけた
        パイロットミスだと迫った
   「…資料の廃棄は歴史に残る愚行だと思います。そのために有志で相談
    して…集めてみたのです…」  



□アメリカ調査官が生存者に会う
  米側 8月27日 落合さんの話を直接聞く
      

  重要 1 空気の流れが無かった     
        = 急減圧は無かった

  2 「ヒュー」という音などの予兆がなかった 
        = 急減圧は無かった
        
     3 「バーン」という音が上から聞こえている  
= 隔壁のある後ろからではない

  ◎ サイドレン氏が筋書き通りの質問をするが、落合さんはサイドレン氏
   がほしい回答をせず


  9月17日 落合さん
小原医官に対して 「急減圧は無かった」

◎最も重要な証言を黙殺していた





◇あり得ない「隔壁破壊説」

□機内の空気は動いていない
  「垂直尾翼」の点検を指示
  8月15日 FAAウィハイム(?)氏 
           「隔壁をよく調査するように」
           ↓
      ◎ 筋書きがマスコミにのり日本中に流布      


□もし本当に急減圧が起こったら
※ 穴の空いた方向にいろいろな物が吹き飛んでいく
  ※ 気圧が急低下する


□本当に会話が少ないか
  会話しないときに2人が必死で操縦 
    × 低酸素症


□急減圧は計算上の産物  


□急減圧事故の本当の姿
パイロット  
    全員が「緩やかな減圧はあったが急減圧は無かった」と

  急減圧
   → ほぼ全員が
     「風が吹き抜けた。機内が真っ白になった。耳が痛くなった。凍え
      るように寒かった」

◎ パイロットがマスク着用していない


□事故調査報告書には急減圧の証拠がない


□疑問だらけのボイスレコーダーの解読記録
   「R5の窓」がなくなっていた 
    → 「何か当たった」?  


□写真が否定する事故調査委員会の説明


□車輪の異常を指摘したパイロットの声 
◎ どうして現役のパイロット等に解読の協力を依頼しないのだろう?


□ボディ・ギア


□海底調査は必要ない?
  ◎ 事故調は日米両国の誰一人として起訴される者がないように、わけの
   わからない「報告書」を作ったのかもしれない 






☆「子どもの本のカレンダー」鳥越信・生駒幸子 創元社 2009年 ②【再掲載 2014.2】

[出版社の案内]
「自分の誕生日が出てくるお話の本が読みたい」九州のとある公共図書館への
子どものリクエストに応えて、1年間366日毎日の日付の入った子どもの本を
紹介する。「○○ちゃんのお誕生日の本はどれかな?」「次はお父さんのお誕
生日の本を読んでみようか」会話が広がり、自然と本好きになる楽しい本。
本書は、1996年にゆまに書房で刊行されたもののリニューアル版。紹介する
本を、現在書店や図書館で入手可能な本に改めた。

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◇2月
1日 「チョコレート工場の秘密」ロアルド・ダール 評論社 1972年 イギリス


4日 「過去からとどいた手紙」 和田 岩崎書店 1995年


 7日 「大塩焼け」 乾谷敦子 教学研究社 1983年 大塩平八郎の乱


 8日 「ゆみ子の絵日記」 宮本ゆみ子 福武書店 1985年 脳性麻痺


 9日 「雪の写真家 ベントレー」 J・B・マーティン BL出版


10日 「あんちゃんが行く」 丘修三 岩崎書店 1992年


12日 「9日間の女王様」カーリン・ブフット・フォード すぐ書房 1991年


15日 「星の使者」 ピーター・シス 徳間書店 1997年 


16日 「ヤマネコと水牛の島」 椋鳩十 ポプラ社 1977年


17日 「シーボルト」 浜田泰三 さ・え・ら書房 1984年


21日 「ルビー色の旅」 堀内純子 講談社 1987年 受験ファンタジー


22日 「小さなかわいい遊園地」 北川平比呂 小峰書店 1991年 はなやしき


23日 「ケストナー」クラウス・コードン 偕成社 1999年 ドイツ児童文学賞


24日 「生ごみは大地を活かす」 鈴木喜代春 PHP研究所 1999年


26日 「イグアナくんのおじゃまな毎日」 佐藤多佳子 偕成社 2007年

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