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月刊「少年育成」より ⑯(最終)-「いろいろあるよね、人生だもん」/「最強最後の学習法」後藤武士 宝島社 2005年 ②【再掲載 2016.8】 [読書記録 教育]

今回は、6月23日に続いて、
キーワード「月刊『少年育成』」より16回目の紹介 最終です。

執筆者等詳細は分かりません。、
冨田富士也さんの連載『せめぎあっておりあっておたがいさま』
からと思われます。


-いくつになっても親の話は感動します

その通りですね。
いや、むしろ、年を重ねるにつれ感動は大きくなるようです。




もう一つ、再掲載となりますが、後藤武士さんの
「最強最後の学習法」②を載せます。
要約に記したことは大変大切だと、読み直して思います。
おすすめの本です。




<浜松のオリーブ園>

浜松にもオリーブ園ができました。
和Olieve 園のサイト





ふじのくに魅力ある個店
静岡県には、個性ある魅力ある個店がいくつもあります。
休みの日に、ここにあるお店を訪ねることを楽しみにしています。
機会があれば、ぜひお訪ねください。
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<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。






☆月刊「少年育成」より ⑯(最終)-「いろいろあるよね、人生だもん」

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 近隣のお寺の僧侶が互いに協力し合って法要するような岐阜県のある
山間部の「おせがき」に招かれた。


 盆供養を前にしての大事な年中行事で講演先の三か寺とも本堂は足腰
に手をあて撫でるお年寄りでいっぱいだった。


 その合間をぬって地域にある養護老人ホームに″慰問″講演で訪れた。


 入寮者、80名近くの平均年齢は84歳位だと付き添いの社会福祉協
議会会長さんが教えてくれた。


 喜寿を迎える会長さんも″手品″の慰問によくホームに行っているよ
うで事前のレクチャーを送迎車のなかでうけた。


 多くは一人暮らしのお年寄りであること。


 肉親の有無は関係なくそれぞれの″事情″のなかで入寮している。


 その事情は他人がとやかく語れるものではないので会長さんがさらっ
と話すひと言から勝手に私がイメージをふくらまして聞くしかない。


「人間関係が上手くいかなかったりね…」


「どんどん外に出て買物にいくお年寄りもいますねぇ…」       


「入寮しているお年寄りのほとんどはこの地域の方ですよ…」


 経済基盤の貧しい時代には老人ホームはなかった。


 たとえばどんなにしんどい人間関係を家族のなかで抱えても雨露をし
のぐためには「この家」にいるしかなかった。


 夫の理不尽な暴力から逃れ身をまもりたいと願ってもそんなに簡単に
「かけこみ寺」はなかった。


 また地縁・血縁の村社会から飛び出ていくには「他人を頼らない、自
分の力だけを信じて生きていく」力強さが必須だった。


 それはそのまま「他人に憎まれても恨まれても生きのびていく」たく
ましさでもあったはずである。


 その生死をかけた覚悟に一歩踏み出す機会を見失ってしがらみに苦し
みぬいて一生をおえた人もいたにちがいない。


 そう思うと福祉社会の到来で救われた人は数多いはずである。


 しかしその一方、福祉で今日の生活は保障されたものの、それまでの
人間関係を背負い切れなかった、とその悲しみを今も引きずっている人
はいるはずである。


 その葛藤が厳しく渦巻くのがまた福祉現場の実態でもある。


 私は会長さんの話をうかがいながら、「元気な体でこの地域に暮らし
ていても人間関係の悲哀からホームに入っているお年寄りがいる」事
を察して少し切ない気持ちになっていた。


 小さな村の集会所のような雰囲気のホーム内の会場には30名近く
のお年寄りが私の登壇を待っていてくれた。


 男性数名を除いて他はすべて七、八十歳代の女性であった。


 身綺麗で元気そうな「おばあちゃま」から、戦後の混乱を必死に生
きのびてきたような歴史を感じさせる顔立ちの「おばあちゃん」まで、
本当にさまざまな人がいてくれた。


 多少の話の組み立ては考えるが、基本的にはその場にいる人のお顔を
みて講演の内容を変えていく私である。


 最初は会長さんの送迎車のなかで聴いた演歌歌手の村田英雄さんの歌
を一緒に歌って山坂越えてきた人の一生を振り返ってみようと思ってい
た。


 ところが、登壇すると同時に、気のよさそうな小柄な男性の笑顔が私
の目に飛び込んできた。


 ステッキにジャージー姿が私の父親の晩年(享年83歳)に似ていた。


 私は父親と母親と三人で暮らしていた幼いころの「夫婦げんかの絶え
ない日々」を語りはじめていた。


 昭和30年代後半の話である。


 貧困と外面のいい父親の家庭内での横暴さ、そして母親が「気丈にな
るしか家をもりたてられなかった」日々の話は予想以上に聴衆の気をひ
いた。


 何度も別れ話のあった両親が結局は別れられず、私と同居するように
なってから、一人息子の私を″味方″につけ母親が圧倒的に父親をコン
トロールしていった話がとくに受けた。


 もちろんそこには老いていく父親が強がりつつも、過去をわびる自責
の念があればこそである。


「おじいさんが死んでも私は泣かないよ」と気丈に言っていた母親が葬
儀でいよいよ茶毘に付すときに取り乱して柩にすがりつくシーンの話に
なった。


 するとあの小柄な男性がもぞもぞし出した。

 私は″落ち″に近づいていた。


「そんな母に私は父の年忌や供養の日になると言うのです。『あのとき
 は驚いたよな。お袋は親父が本当は好きだったんだな』と。すると
 母は私たち夫婦や孫に向かって『エーそんなことがあったかねぇ』
 ととぼけ顔で言い返すのです」


 若干反応の遅いお年寄りのなかで、その男性がいちはやく「クスッ」
と私の″落ち″に笑ってくれた。


「旦那さんも、いろいろあったみたいですね」


 私の間髪を入れない問い掛けにその男性が目元に涙をいっぱいためて
照れ臭そうに黙って笑った。

 私は父親の自責の念の思いを想い出していた。
 

 約束の20分のお話が終わりホームを出て会長さんが感想を言ってく
れた。


「いくつになっても親の話は感動します」


 子のない人はいても親のない人はいない。


 私も今年の盆はしばらくぶりで母親と一緒に父親の墓参りに行くこと
にする。


 すでに母親も父親の年齢を越える身となった。


 投げ出す足を手で撫でる母親の姿を今日も旅先で思い出している。










☆「最強最後の学習法」後藤武士 宝島社 2005年 ②【再掲載 2016.8】

最強最後の学習法.gif


◇最強最後のノート活用法
□ノートは最高のデータバンク 
  まずは固定化 ← 分かりやすい字で


□ノートをこまめに見直すクセを付ける
  余白を十分に


□日付を付けろ


□見出しは必要 
  効率的な見出し


□アンダーラインは少ないほど目立つ


□実は一番のおまけ 
  間違いをそのまま消さずにとっておく



◇あなたの勘違い学習法を正す
□勉強部屋は不要


□ながら勉強のすすめ


□TVドラマはビデオで見よう


□ゲームの分類とその害悪度 
  ゲームは気晴らしとなり得ない



◇「5分間」暗記法
□暗記から逃げることはできない
◎必要性の自覚
  ◎繰り返しの回数     


□英単語
  ~ 25語を5分で覚える
◎暗記には必ず手と口を連動させる


□大切なのは効果測定 


□反復反復反復


□ICRで反復



◇本音の学校選び
□公立? 私立?
「地域」 
    ~ 将来において生活の基盤とするであろう地域
  地方在住 
    - その後も地元 → 公立 = 人脈がものをいう


□中学受験の是非
  都市部在住



◇最終兵器 ボールペン学習法
□最終兵器 「ボールペン」
  ◎成績の悪い子の共通点
     = プライドが高い ~ 答えを隠す
        ↓
  ◎鉛筆やシャープの代わりにボールペンを用いる <消せない>       
    「早く一本使い切ってしまいたい」
  
  ◎大切 ~ 間違いを見つめる 
     自分の弱点としっかり向き合う  



◇これなら実行できる「ぬりつぶし予定表」
□ぬりつぶしていく予定表


□課題をリストアップする



◇ズバリ答える相談室
× 「やればできる」 
    = 「やらなかったからできない」


□どんな状況であろうと,やる子はやるしやらない子はやらない


□3種類 
  ① 何らかの理由で,やってもできない子
② やらなくてもある程度できる子
③ やってないからできない子


□教材 
  薄いものがベスト・解答が厚いもの (別冊)



◇後藤武士
  1967年 岐阜県生  青山学院大学卒業
  日本全国授業ライブ(GTP)主宰 takeshigoto.com.

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